不穏な空気
まだ日が出てから間もない頃、アリアは身支度を済ませ、家の外に出ていた。
「じゃあ、そろそろ行ってくるね」
今日はアリアがデルート皇国に行く日だ。
なので、いつも起きるのが遅いアリアが、珍しく早起きして出発しようとしている。
「はい。村のことは任せてください」
「できるだけすぐに帰ってくるから。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
アリアは無詠唱で風を発生させて、空へ飛び立った。
俺も空飛びたいな。
「ああっ!」
アリアは急停止し、慌てているように戻ってきた。
「忘れてた。忘れてた。レゼル、君に渡すものがあったんだった。ちょっと待ってて」
そう言って、アリアは家の中から一本の剣を持ってきた。
「これは私からのプレゼントだよ」
渡された剣は、黒色で刀身に赤い十字架が彫ってある。
「どうだいどうだい?かっこいいでしょう」
「はい。かっこいいです」
「レゼルが剣を習ってるときに買いに行ったの。私がいない間、ちゃんとこの村を守ってね」
「はい。約束します」
「うん!いい心がけだ!じゃあ、行ってくるよ!」
アリアは風を操り飛び立ち、途中こっちを振り返り、笑顔でこっちに手を振ってきた。
俺も手を振る。
あっ!鳥に当たった。
危ないから前向いて行ってください。
***
ー二日後
(上段切り。と見せかけて、突きっ!)
レゼルは間一髪のところで身を捻って、突きを避ける。
その反動を使って横に一閃。しかし、その一閃は軽く止められ、逆にレゼルは吹っ飛ばされた。
段々と、ローリーが仕掛けてくるフェイントも見分けられるようになり反撃し始めているが、あと一歩のっところで届かない。
「だいぶ、駆け引きもできるようになってきたな。俺のフェイントにも対応できるようになったし、いい調子だな。じゃあ、次のステップに行こう。魔法も使っていいぞ」
「えっ?当たったら危ないですよ?」
魔法は人間ができる攻撃の中で、最も強い攻撃と言ってもいい。火系統、雷系統の魔法は勿論、風や水系統の魔法だって殺傷力は高い。
もしも人体に当たったら、一溜りもない。
「ほう?俺に魔法を当てられるとでも?いいからかかってこい!」
こうなったら、二か月前、ボコボコにされた借りを返そう。
一旦距離を取り、魔力を練り上げる。
「『炎之矢』」
空中に炎の矢が出現しまっすぐと飛んでいく。矢がローリーに当たるのを見届ける前にレゼルは走り出す。
ローリーが矢を避けた先に待ち構え、横に一閃。
ローリーは間一髪受け止めるが、体勢が整っておらず、吹っ飛ばされる。
地面に打ち付けられそうになる所を、ローリーは受け身を取って回避する。
(流石にこれだけじゃ、倒せないか)
今の攻撃は、ローリーの不意を突いた一撃だった。しかしローリーは、瞬時の判断が早く、対応してきた。
「やるじゃねぇか」
ローリーの褒め言葉に、少し嬉しく思いつつ、炎之矢を撃ちまくる。
ローリーのステータスと戦闘センスが高く上手く当たらない。
このままでは、魔力が尽きてしまう。なら、
「【我が身に纏いし鎧は全てを燃やす】」
レゼルの体の周りに炎が渦巻き始める。
ローリーは聞いたこのない詠唱に戸惑いつつも、発動させると危険なことを察知し、レゼルの方へ走り出す。
「【我が身に纏いし鎧は全てを跳ねのける】」
炎は鎧へと形を変えレゼルに纏いつく。
ローリーとの距離は僅か。ローリーは剣を振り下ろす。
「『赤炎鎧』」
ローリーの剣がレゼルに届くよりも前に魔法は完成した。
レゼルの体には炎の鎧が顕現し、周囲に熱を発する。ローリーの剣は炎によって焼失した。
この魔法は世界でたった一人にしか使えない、レゼルのオリジナル魔法である。
「チッ!」
ローリーはそのまま攻撃することなく、バックステップで遠ざかろうとする。
逃がさない。剣のなくなったローリーに追い打ちをかける。初日に俺がやられたように、滅多打ちにする。ガードされても止めず、一心不乱に剣を振る。
「ギブギブ!降参だ!」
ローリーはそう言って両手を挙げた。
「いてて…。よくもまあ、滅多打ちにしてくれたな。全身打撲だよ」
ローリーの体のいたるところに青いアザが見える。
でも、俺も一日目はローリーにアザだらけにされたんだから、お相子だ。
「こっちは魔法使ってないんだぞ」
確かに、ローリーはハンデとして魔法を使っていなかった。
「ローリーさんって魔法なにか使えるんですか?」
「ん?俺が使える魔法は『身体強化』ってやつだよ。文字通り、身体を魔力で強化すんだよ。身体能力向上に、ステータスのSTR、AGI、DEXを1.5倍にしてくれるんだよ」
やっぱりこの世界には、異世界系小説や漫画によく出てくる『身体強化』の魔法があった。
ローリーがもしこの魔法を使っていたら、魔法は完成することなく先にやられていただろう。
「その魔法って<固有魔法>なんですか?」
「いいや違うぜ。これは無属性魔法って言われるやつだ。魔力さえあればほぼ誰にでも使えるような魔法だよ。だけど、特殊な方法でしか習得出来ないけどな」
「特殊な方法?」
「ああ。『身体強化』の場合はあるじいさんのとこに行って修行するしかない。あまり行かない方がいいぞ。時間がかかるし、気に入られた奴にしか教えねぇからな。あの爺さんは」
ローリーはそんなことを言いながらブルりと震えた。
辛かったのだろうか。『身体強化』には興味があったが、ローリーを見ていると行く気が失せていく。
「もうこんな時間か。そろそろお開きにするか」
「そうですね。ありがとうございました」
訓練のお礼を言ってローリーと別れた後、アリアからもらった剣を持って、村の北側にある森に向かった。ナシュ村周辺は魔物の平均レベルがほかの地域よりも高い。また、魔素(魔力の素となるもの)が濃いため、高レベルの魔物、新種の魔物が出てくることもある。なので、時々見回りをしなければ、村に被害が出てしまうのだ。
ナシュ村の北の森はいつもよりも禍々しい雰囲気に包まれていた。重く暗い空気。いつもなら魔物に出会ってもおかしくないくらい、森の中を歩いているのに、魔物が見当たらない。
<魔力探知>を発動しても魔物が見当たらない。
魔物がいなくなったのならば、魔物を狩る必要はなくなるが、あまりにもこの雰囲気はおかしい。
異変の原因を探るためにしばらく歩いていると、さっきまでの禍々しい空気は消え去っていた。
「なんだったんだろ。あの空気」
「GUOOOO!!」
さっきまでの空気が消えると共に、いつも通り魔物がでてきた。
この魔物には申し訳ないが、村の人達と俺のご飯になってもらおう。
剣で首を切断し、絶命させた。
アリアからもらった剣はとてもいい切れ味だ。前までの剣だと、首の骨を断ち切るのが困難だったが、今回はすんなりと切れた。もしも、間違って自分の腕に当たってしまったらと思うと、恐ろしい。
《レベルが上がりました》
頭の中にアナウンスが流れる。アリアに聞くとこれは、レベルアップ時やスキル取得時などに流れるらしい。
ある人はこれを「神の声」と呼び、またある人はこれを「世界の声」とも呼ぶ。決まった呼び方はないそうだ。
「ステータスオープン」
レゼル・アルバーン
Lv:42
HP:4921/5200
MP:11000/13140
STR:3220
VIT:2480
INT:3810
MND:2216
DEX:2060
AGI:3421
SP:126
<魔法>
火炎属性Lv.7 風属性Lv.5 雷属性Lv.5 水属性Lv.2
土属性Lv.3 光属性Lv.3 闇属性Lv.3
<スキル>
言語理解Lv.MAX 片手剣Lv.5 魔導Lv.6 鑑定Lv.5 魔力探知Lv.4
暗視Lv.3 気配探知Lv.4
<称号>
巻き込まれし者 大賢者の弟子
ステータスはレベルが上がるまでにしていた事が反映される。
魔物を倒すだけが経験値を得る唯一の方法ではない。勿論、魔物を倒すことでレベルをあげることが出来るが、ランニングなどをすることによってAGIが、何か物を作ることなどでDEXのステータス値をあげる経験値を貯めるが出来る。
そして、レベルアップの時に初めてそれが反映されるという仕組みだ。
毎朝ランニングをして、毎日森の中を駆け回っている俺の場合、AGIの値が高くなっている。
このまま、AGI最強型を作るのもいいかもしれない。俺は魔法の方が才能があるらしいが、AGI型はあこがれるものがある。
しかし、スキルの<魔導>と今でも続けている、鬼畜な特訓のおかげでMPの上昇率もとても高い。
「そうだっ!魔法剣士ってのでもいいかもっ」
『『 ドガァンッ!! 』』
変な考えをしていると村の方で大きな爆発音が聞こえた。それと同時に、さっきまでと同じ息苦しい嫌な空気がまとわりついてきた。
急いで木の上まで登り、村の方を眺める。村の家々から火が立ち上っている。煙でよく見えないが、何かが暴れているようだ。
村が危ない。重く禍々しい空気を払い除け、村に走る。
この回から『炎の矢』を『炎之矢』に変更しました。
レゼルが貰った剣の名前は【黒ノ十字架】という名前です。本文中で、出すことはないと思うので、「そんな名前だったなぁ」くらいの気持ちで覚えてもらえれば幸いです。