昔のお話
ー2ヶ月後
目の前にいるのは、血に濡れたような赤い毛をもつ熊の魔物、ブラッディ・ベアー。
2ヶ月前、ナシュ村に来る途中であった魔物だ。
「『炎の矢』」
俺もとうとう無詠唱で、中級魔法を使うことが出来るようになった。
魔法名と共に、空中に炎で出来た矢が出現した。詠唱が始まってからすぐのことで、ブラッディ・ベアーは反応することが出来ず、心臓に突き刺さる。
前は逃げ回っていた魔物も、一撃で倒せるようになった。
「ただいま戻りました。アリアさん、熊を狩ってきましたよ」
「おかえり。大きな熊だね。2人じゃ食べきれないから、解体した後、村に持ってこうか」
「はい」
魔物とかの、解体もアリアに教えこまれ、難なくこなせるようになった。解体を進めていくと、熊の胸あたりから綺麗な青い石がでてきた。
魔物には、魔石と呼ばれるものが体内にある。魔物は、普通の動物と同じ臓器などがあるが、もっとも魔物の、生命を維持しているものは魔石なのだ。
魔物を手っ取り早く倒すのは、魔石を壊すのが一番いい。
もちろん、首を切り飛ばせば絶命するし、大量出血でも死ぬ。魔物は、弱点がひとつ増えている状態なのだ。
その代わり、体毛が固く攻撃が通らないこともあるので、実際倒すとなったら魔石の弱点など在って無いようなものだ。
「レゼル。私はお腹がすいてしまった…」
ご飯を作るのは完全に俺の仕事になった。最近では、アリアが幼児のようにご飯の催促をしてくる。
今日のメニューは、熊肉で肉野菜炒めと、スープ、パン、森で採れた果物だ。熊肉は少し臭みが強いので、森で採れるスパイスを使い、臭みを取っていく。あとは、炒めて味付けをすれば完了だ。
「いい匂いね。お酒が進みそうだわぁ」
机の上には、空の容器でいっぱいになっている。そして、アリアはべろんべろんに酔っ払っている。
「きょえで、レゼルがきてから。…ひっくっ。2ヶ月にゃのよ〜?……知っれたー?」
「覚えてます。それより、もう飲むのやめた方が…」
顔は真っ赤になっている。この前も飲みすぎて二日酔いになってたのに…。
「うるゅさいっ!あんたもにょみにゃさいよっ!まったく。でも…ん…いまでも、おもいだせるゅわ。
…ひくっ…。ここに、来るゅまでにょ道で…レゼルに会ったにょを。………うれぇしかったわー。
また、……あにゃたに会えて!でも。…けっきょく、似てただけだったにょよね。それでも、うれぇしかった」
「…俺の事知ってたんですか?」
「いいお肉に……ひくっ!いいおしゃけ…さいこうだわ~」
話聞こえてないな…。気持ちよさそうに寝てしまった。
聞きたいこといっぱいあったのに…。
アリアを寝室に運んで、俺も寝るとしよう。
***
アリアよりも早めに起きて、朝食を作る。ご飯の時間になってもアリアが現れない。
きっと、二日酔いで苦しんでいるのだろう。
アリアの部屋に入ってみると、案の定、悶え苦しむアリアの姿があった。
「うがぁっぁ。頭痛いよー。助けてー。レゼル!」
「はいはい。ちょっと待っててください」
リビングの棚から持ってきといた、毒消しのポーションを渡す。ちなみに、この毒消しのポーションは3ゴールド以上する。超がつくほどの高級品だ。
アリアはその高級品をぐびっと一気に飲み干した。3ゴールドを二日酔いのために使うこの人が怖い。
「あー!生き返るわー!ありがとう、レゼル」
「昨日飲み過ぎなんですよ。朝食の時間です。早く身支度してくださいね」
「はーい」
身支度をし終わった、アリアは早々にご飯を食べ始めた。俺も一緒にご飯を食べる。
ご飯を作るのは俺の役目をなので、和食を中心としたものが多いが、アリアはとても美味しそうに食べている。
「今日も美味しかったわ。ご馳走様」
「具合はもう大丈夫なんですか?」
「ええ。お陰様で。そんなに昨日飲んでた?」
「はい。浴びるように飲んでましたよ」
昨日はすごかった。止めても、目を離した隙にどんどん飲んでた。お酒はあまり得意じゃないって言ってたのに、なんであんなに飲むんだろ。そのうち死んじゃいそうだな。
「昨日、なにか変な事言ってなかった?」
「んっと、俺が誰かに似てたからあの時助けた…とか言ってましたよ。俺に似てる人って誰なんですか?」
「気になる?」
「はいっ!」
昨日からずっと気になってたことだ。2ヶ月一緒にいるが、アリアのことはあまり知らない。この際、色々と知りたい。何か隠してることもあったし。
「だよね。気になるよね。じゃあ、私の昔話を聞いてくれる?」
***
私は幻夢大陸にある、エルフの里で産まれた。私の家は結構裕福だったの。だから私には名字があるの。
父と母と妹と一緒に毎日楽しく過ごしてたわ。
エルフは長命種で、魔法が得意なの。特に私はハイ・エルフだから里で一番の魔法の使い手だった。だから、私はよく狩りに行ってたの。
エルフは容姿が良くて、高値で売れるから奴隷にされやすいのよね。
ある日、私が狩りに行っている間に里は消滅していたわ。自分がいつも見ていた光景はまさに地獄のようだった。
体を切り裂かれ、臓物が飛び出ている里の男達。女子供の姿はなく、道には車輪の跡。すぐに人間によるエルフ狩りだとわかったわ。
人間を恨んだ。それはもう皆殺しにしようとした。
深い深い闇に襲われた。暗くて暗くて何も見えない闇に落ちてった。
目が覚めると私は傷だらけ、周りには里の面影はなく荒野とかしてたわ。あたりは風魔法で切り裂かれた跡があった。一瞬で私がやったのだとわかった。
暴れまくったのね。だけど、それだけじゃ気持ちは収まらなかった。家族のことを思い出す度、里のみんなを思い出す度に、涙と怒りが溢れ出す。
必ず、私から家族を奪い去った奴を見つけ出して、殺してやると誓った。それからは、大陸を渡ったりして、地道に探したわ。その時は復讐のためだけに生きてたわ。
そして、見つけ出した。私から家族を奪い去った奴らを。理性なんて吹っ飛んで、襲いかかった。呆気なく奴らは死んだ。里のみんなも、奴隷になった後、死んでしまったと聞いた。
結局、私に残ったものは何も無かった。家族は消え、友人もいない。人間への復讐心も消えてしまった。今思えば、復讐心が私の心の支えになってたんだろうね。その心の支えが消えてしまったら、私には生きている意味なんて見いだせなかった。
私は直ぐに死のうと思った。生きている意味なんてないからね。自分の首にナイフを当てた時、誰かが私を止めてくれた。
あの人は、返り血を浴びて、泥まみれで薄汚い格好の私を抱いてくれた。普通なら跳ね除けるんだけど、どうしてもそれは出来なかった。
それはしばらくの間、私に無かった温もりを感じたから。なんの事情も知らない彼が、
「辛かったね。もう大丈夫」
と言ってくれた。ただその言葉が私の心の中に響いた。それからは泣いて泣いて泣きまくったわ。
それからは、彼とずっと一緒にいた。彼は今では勇者と呼ばれている。かれこれ500年は前の話ね。
彼が死んでしまった後に、バルクスト王国に無理を言って推薦で風の大賢者となったの。この地位があったら、私が見つけ出せなかった里の子達の情報が入ってくるかもしれないからね。それで今に至るってわけ。
アリアは、少ししんみりとした顔で話していた。
それも当然。
この話は、かれこれ500年ほど前の話。アリアを助けた勇者と呼ばれる人は死んでしまっているだろう。
「レゼル。君は彼に似てる。顔にも面影があるようにも感じるし、雰囲気も似てる。君が、血濡れの熊に襲われてた時に、助けたのはきっと彼に似ていたから。まあ、強さで言ったらレゼルはまだまだだけど」
「そんなに似てるんですか?もしかしたら、生まれ変わりだったりして…。……なんちゃっ…」
「そうね。そうなのかもしれない」
「ええっ!?」
完全に冗談で言ったつもりだったんだけどな。だけど、アリアは真剣に考えてしまっている。
「転生。この世界のどこかに、あるのかもしれない。彼は何でもかんでも規格外だったし…。でも、転生してたら記憶は、どこに行ってる?何かしらの失敗をしてしまったのかしら…」
そんなに真剣に考えないでください。冗談ですから。
とは、言えない雰囲気だ。完璧にハマっている。
「まあ、考えても彼にしか分からないことだしね。
あぁ、そうそう。明日から1週間、家空けるからお留守番よろしくね」
「どこか行くんですか?」
「言ってなかったっけ?」
言ってないですね。はい。
アリアは話を聞く限り、500歳以上なのだが、天然というか、抜けているところが多い。
しかもタチが悪いことに、大事な事をすっかりと忘れてしまうのだ。
村長のことを外で待たせていることを忘れて、そのまま昼寝をしたこともある。あの時の村長はかわいそうだった。
「デルート皇国で、大賢者達の集会があるからそれに出席しなきゃなのよ」
「大賢者の集会ですか?」
「そう。面倒くさいんだけどね、行かなきゃ怒られちゃうのよ。だから1週間の間、この村の事よろしくね」
「分かりました」
1週間の間、何も無ければいいけど。アリアがいないってことは、この村で魔物と戦うことの出来る人は、俺と村が雇っている傭兵の人だけだろう。
「ある程度のことは、今のレゼルなら、どうにかなるわ。自信持ちなさい」
心の中を読まれてドキッとした。顔に出ていたのだろうか。
でも、アリアの言う通りだ。昔の俺とは違う。今では魔物も倒すことが出来る。
少しは、自信をもっていいだろう。