ナシュ村
鳥のさえずりが聞こえ、清々しい気分で目が、覚めなかった。
体中が筋肉痛で、一つ一つの動作に激しい痛みが出る。
昨日、魔法についての話を聞き終わった後、魔法の実践訓練が始まった。
思い出したくもない。あの恐怖の体験は心の奥底にしまっておきたい。
「おっはよーう!レゼル!ご飯だよー。早く起きないとご飯冷めちゃうよ。それとも、体が痛くて動けないとか?」
体が弱いと言ってくるが、あなたのせいで体が動かないんですよ。
魔力切れ起こして頭痛と倦怠感がすごいのに、高級なMPポーションを無理やり飲まして特訓を続行したの、あなたでしょうが。
どんな屈強な体をした人でも耐えられないわ。
「まあ、しょうがないわね。これから魔力制御の特訓を始めましょう!」
「……へっ?」
何でそうなる。馬鹿なのか。馬鹿ですよね。
「むっ!今、私のこと馬鹿だって思ったでしょ?」
「そ、そんなこと思ってませんよ~」
「ならいいけど。私は小さいころ神童って呼ばれてたんだから!馬鹿じゃないわよ」
俺が言いたいのはそういうところじゃありません。もっと根本的なところです。
「話を戻すけど、起き上がれないのなら魔力を使って口元にご飯を持ってくればいいのよ。ね?いい特訓でしょ?」
「昨日少ししか浮かばなかったんですよ?ご飯を口元に持ってくるなんて無理に決まってるじゃないですか」
「最初から諦めるなぁ!」
突如、アリアがアリアらしからぬ声量で叫んだ。
「……ふふっ。びっくりした?師匠になったら一回言ってみたかったんだよね。やっぱり師匠っぽいじゃん?ちょっと見直したりした?」
「止めてください。心臓に悪いです。まじで」
「なんだよ~。つれないなぁ。……あっ!話脱線してる?」
「はい」
話脱線しすぎでしょ。さっきから、全く本題にたどり着かない。
舌をペ〇ちゃんみたいにちょこっと出して、ドジっ子アピールをしてくる。
こんなアリアだが、年齢はだいぶ上だ。
「これも魔力制御の特訓だよ。嫌なら食べさせてあげようか?レゼルちゃんのこと介護してあげるわよー?」
アリアが気色悪い顔で指をグネグネさせながら近寄ってくる。
「や、やります!魔力制御!」
「私が食べさせてあげてもよかったのに…。まあいいわ。ご飯持ってくるから、ちょっと待っててね」
鬼教官だったり、物忘れが激しかったり、しまいには変態行動とったりする。何だか、アリアの性格がわからなくなってきた。
***
お昼になるころには、だいぶ体が動かせるようになった。
結局朝ご飯はうまく食べることが出来なく、アリアに食べさせてもらうことになった。
この年にもなって、誰かに食べさせてもらうのは屈辱的だ。
リビングに行くとアリアがいた。
「あら。起き上がれるようになったんだ。お昼も食べさせてあげたかったのに」
「だいぶ筋肉痛が和らぎました。今日の午後は何をするんですか?」
「魔力制御の特訓は夜にして、午後はこの村の見学に行こう。村のみんなにもレゼルのことを紹介しなきゃだからね。……それよりなんか話そらされた?」
「気のせいですよ。早く村のほうに行きましょう!」
やっぱり、アリアは馬鹿なのかもしれない。どちらかと言ったらアホなのかもしれない。
手早く身支度を済ませ、村の方へ行く。
ナシュ村はマスルール王国の北部に位置している。マスルール王国の北部は魔物の平均レベルが高いらしく、魔物による被害が絶えないらしい。
そんな危険地帯だというのに、村を取り囲んでいるのは木の柵である。しかも、この村が雇っている傭兵は二人だけである。
村の人々は魔物のことなど気にしていないかのように、のどかに暮らしている。
村の外の環境と、中の環境の違いに戸惑っていると後ろから声をかけられた。
「あらー!アリア様。今日はどうしたの?」
「おばさん。こんにちは。今日は村の様子を見に来たのと、私の弟子を紹介しに来たの」
「こんにちは。レゼル・アルバーンと言います。一昨日からアリアさんの弟子になりました。これからよろしくお願いします」
「あら。丁寧にどうも!私の名前はドナ。気軽にドナおばさんって呼んでもらっていいわよ。それにしてもとうとう、アリア様が男の子を連れてくるなんてねー。レゼル君のこと逃がしちゃだめよ?」
「何言ってんですか。私はまだハイ・エルフの中じゃ若い方ですよっ」
アリアは一体何歳なのだろうか。俺の予想だと百は確実に超えている。アリアに直接聞いてみたいところだが、聞いた瞬間に殺されそうな気がする。
「そんなこと言ってる時点で、危ないのよ。……ところで、レゼルちゃん。貴族の家の出なの?」
おばさんは、とても興味のある眼差しを向けてくる。
「なんでですか?」
「だってねぇ。レゼルちゃん、本名、レゼル・アルバーンでしょ?名字を持ってるのは、大体、貴族や王族ぐらいなのよ」
日本と同じ感覚で新しい名前をつけたから、名字もつけてしまった。でも、アリアは何も言ってなかったしな。今日まで、気にならなかった。
「違うの?」
「レゼルは遠い異国の没落した貴族なんですよ。旅をしてたとこを、私が偶然見つけたの」
アリア。ナイスフォロー!
でも、アリアがあの時言ってくれれば、こんなことにはならなかったんだけど。
まあ、今更言っても遅いけどさ。
「あら。そうだったの。ごめんなさい。辛いこと思い出させちゃったかしら?」
「いえ。大丈夫です」
「じゃあ、また今度ゆっくりお話しましょ。レゼルちゃん。アリア様のことをよろしくね」
愉快なドナおばさんと別れた後、少し村を見学していると村の人たちからレゼルと呼ばれた。
初対面の人からも声をかけられたのだ。
その人から話を聞くと、ドナおばさんから俺の名前を聞いたらしい。
「ドナおばさんは村一番の情報通で、おしゃべりだからね。もう、この村の人たち全員レゼルのことは知ってると思うよ」
村を見学していたと言っても、たった10分ほどだ。なのに村中に俺のことが知れ渡っているとは。
ドナおばさん恐ろしや。
「まあ、一人一人に紹介する手間が省けてよかったじゃない。最初にドナおばさんに会えてよかったわね」
「でもさっき、村の人がレゼルはアリア様の弟子兼婚約者だって言ってましたよ。違うって言っときましたけど」
「あんの!おばさんがぁっ!!私はまだピッチピチの521歳だぁー!!」
思わぬところでアリアの年齢が暴露された。100どころではなかった。だいぶ上だった。
この年齢でまだピチピチと言うことは、ハイ・エルフとはどんだけ長寿なのだろうか。
それよりも、500歳を超えているのにもかかわらず、結婚をしていないとは。ドナおばさんがアリアのことをいじるのも、分かる気がする。まあ、アリアに言いはしないけれど。
「レゼル。ちょっと待ってなさい。すぐに誤解を解いてくるから」
そう言ってアリアは村中を飛び回った。誤解が解けるまでの所要時間は20分ほど。
10分で噂を広げたドナおばさん。この村で一番恐ろしい人かもしれない。