真夏の花見酒
久々の小雀ちゃん視点。(なのでちょっとタイトルと構成のパターン変えてます)
「花見がしたい」
猛烈にしたい。今したい。
そう思ってつぶやいたのに、聞こえてきたのはカーくんの戸惑うような声である。
「……姉さん、もう8月も終わりますけど」
「でも花見がしたいんです」
「それは、ひまわり畑に行きたいとかそういう……」
「桜の木の下でお酒が飲みたいんです」
「本物の花見ですね」
「本物の花見です」
「しかし何故今……」
「季節柄じゃないこと、突然したくなるタイプで」
春にクリスマスをしたくなったり、冬にプールに行きたくなったり、そういう突発的な衝動に私はよくかられる。
理由は特にないけれど、突然そういうモードになるのだ。
そして一度そのモードに入ると、やらねばすまないのが小雀ちゃんなのである。
「したいって言うなら行ってこいよ」
私のそういうモードを知っている師匠は、投げやりに言う。
「今日は猛暑日だって言うし、上野の公園も代々木公園もきっと空いてるぞ」
「どっちにしよう、迷うな」
「本気で行く気ですか」
「本気です」
「熱中症で倒れますよ」
「大丈夫です、暑さには強いんで」
「40度ですよ」
「きっとビールが美味い!」
「夕方、ビアガーデンに行くんじゃ駄目なんですか」
「花見が良いんです! 桜吹雪の下でビールが飲みたいんです!」
「……桜、今もの凄く青々としてますけど」
「そこは妄想でどうとでもなる!」
とにもかくにも花見がしたい。桜の木の下で酒が飲みたい。
そんな気持ちに突き動かされ、気がつけばビールを握りしめ、私は家を飛び出していた。
【真夏の花見酒】
「カーくん」
「はい」
「夏に花見、するもんじゃないね」
「……」
もの凄く呆れた気配を感じながら、私はぬるくなったビールをチビチビと飲んでいた。
花見の名所、上野公園でのことである。
慌てて追いかけてきたカーくんと共に公園に来たものの、正直夏の暑さを嘗めていた。
もう8月31日のくせに、夏の終わりはまったく見えなかった。
「ビールも、すぐぬるくなっちゃいました」
「……そもそも、何故出先で買うという選択肢がない」
二人きりのせいか、はたまた呆れすぎて地が出ているのか、カーくんではなく藤さんの口調になっている。だから私もちゃっかりデートモードに切り替えた。
「藤さん、頭良い」
「雲雀が短絡的すぎる」
言いながら、藤さんが冷たい何かを私の首筋に押し当てる。
「まさか、ビール!?」
「ちがう、そこで買ったサイダーだ」
「小雀ちゃんは、お酒が飲みたいです」
「後で居酒屋につれてってやるから、今はそれを飲め」
有無を言わせぬ声に、渋々サイダーを飲んだ。
「あ、おいしい!! なんか、身体がめっちゃ欲してた気がします!!」
「だろうな」
「さすが彼氏、彼女のことは何でもお見通しですね!」
そんな会話をしながら、私はごくごくとサイダーを飲む。
しかし冷たい飲み物を飲んだところで、涼しくなれないのが東京の夏だ。
40度を嘗めていた。嘗めきっていた。まったくもって、花見の気分にはなれない。
「藤さん、ちょっと『長屋の花見』か『花見酒』あたりやってくださいよ」
「この熱い中で、落語なんて出来るか」
「噺家でしょう。プロでしょう。それくらいやってくださいよ」
「じゃあ雲雀は出来るのか」
「出来るわけないでしょう、こんな熱い中で」
無茶言わないでくださいと笑ったら、そこでコツンと頭を小突かれた。
「お前は本当にむちゃくちゃだな」
「よく言われます」
「前にも、こうして夏に花見をしたくなったことはあるのか?」
「花見は初めてですけど、餅つきがしたくなって庭でやったことはあります」
「真夏にか」
「あれも後悔しました。あと、目が見えないと餅つきめっちゃ難しい」
「だろうな」
あのときも確か暑かった。だから夏に外で季節外イベントはやめようと心に決めたのだが、そのことをすっかり忘れていた。
「自分でも何でか分からないんですけど、燃え上がるパッションが抑えきれなくなっちゃうんですよね」
「普段は色々と面倒くさがり屋なのにな」
「出さないやる気が、突然バーンって爆発しちゃうのかも」
「じゃあ爆発する前に普段から出せ」
「出そうと思っても出ないんだなぁこれが」
そして突然爆発するのである。
「難儀だなお前は」
「めんどくさい女だなぁとか、思いました?」
「初めて会ったときから、わりと思ってる」
「えっ!?」
「俺を追いかけて師匠の家まで乗り込んでくる女だぞ。めんどくさいのに絡まれたと思うのが普通だろ」
「でも、可愛かったでしょ?」
「いや」
「ええー、そこはいつもの甘いモードになって『そうだよ』っていうところでしょう」
「甘いモードになると逃げ出すのはどこの誰だ」
「さ、最近は慣れましたよ! そろそろ小雀ちゃんも甘々なかーくんには慣れてきましたよ! ここからはむしろ、形勢逆転の勢いですよ!」
「とかいって、花火大会の日に失神したのは誰だ?」
甘いモードにならないとか言いつつ、藤さんの雰囲気がどことなく妖しくかわりはじめる。
同時に、隅田川花火大会での甘いキスが頭をよぎり、私は藤さんからちょっとだけ距離を取った。
「ともかく、あのときの小雀ちゃんとは違いますから」
「そうか」
「何だったら、今からでも抱きつけますよ! キスとかしちゃいますよ! 押せ押せ小雀ちゃんですよ!」
「いや、暑いから今はいい」
そう言われるとほっとする反面、何だかちょっと寂しい気持ちにもなる。
こっちが身構えていないときはグイグイ来る癖に、こういうときはノッてこないのが藤さんだ。
拗ねた気持ちになり、空になったサイダーの缶で足下の土をガリガリと掘る。
「そんな顔をされると、我慢が出来なくなるだろう」
そうしていると、突然藤さんの指に頬をつつかれた。
「我慢って、何をですか?」
「これだ」
先ほどより声が近いことに驚いた直後、戸惑い事ごと唇を奪われる。
途端に、ただでさえ熱かった身体の熱が更に高まり、私はクラリとよろめいた。
「やばい……死ぬ……。クラクラしすぎて、死ぬ……」
「こうなるから、我慢してたんだろ」
「だってそんな、不意打ちで……するから……」
「不意打ちしないよう自分を律していたのに、雲雀が可愛い顔をするのがいけない」
「うう、モードも……変わってきてる……」
「当たり前だろう。二人きりで花見デートをしてるんだ、弟弟子のままじゃいられない」
そこでもう一度キスをされてしまえば、完敗だった。
「全然慣れてないじゃないか」
「だって、桜の木の下でキスとか……初めてだし!」
「そういえば、この春は興行が忙しくて出来なかったしな」
「出来たらやる気だったんですか?」
「当たり前だろう」
恐ろしい男である。
「来年の花見は春にしよう。そのときは、長屋の花見でも花見酒でもなんでもやってやる」
「落語は、聞きたい……!」
「キスもするからな。今年以上に」
「今年以上……!?」
「来年の春には、もう少し俺に慣れてるだろ?」
「すみません、ちょっと自信なくなってきました。押せ押せ小雀ちゃん、どっかにいっちゃったきがしました」
「だとしてもするからな」
「鬼……!」
「鬼じゃなくて、彼氏だろ」
どこまでも冷静な藤さんが、更に恐ろしい。
でも「彼氏」だと言い切ってくれたことは、嬉しくもあった。
もう付き合い始めてずいぶんになるけれど、やっぱり時々こんな素敵な人が本当に自分の彼氏なんだろうかと不安になることはある。
真夏に花見をするような自分がモテ系女子でないことは薄々察している。
衝動が抑えきれないのだから仕方がない……と割り切ってはいるものの、こんなことに付き合わせているうちに愛想を尽かされたらどうしようという乙女チックな悩みもあるのだ。
「雲雀」
がらにもない乙女な一面が顔に出ていたのか、そこで藤さんが私の頭を優しく撫でる。
その瞬間、夏の暑さが消え、舞い散る桜の花びらが目の前に見えた気がした。
「あ、花見できた」
「は?」
「いま、来ました! 花弁満開でした」
「……暑さで、幻覚でも見たのか?」
幻覚を見せたのは暑さではなく藤さんの優しさですと言ったが、彼にはいまいち伝わっていないらしい。
「涼しいところに行くぞ。これ以上雲雀の頭がおかしくなったら困る」
「おかしくなったら捨てられますか?」
「捨てられないから、悪化されると困るんだろう」
私を立たせ、藤さんが力強く腕を引く。
「あの、藤さん」
「なんだ」
「私多分、秋に七夕したくなったり、冬に海水浴行きたくなったり、年に三回くらい突然木更津に行ってやっさいもっさい踊りたくなったりするんですけど、それでも捨てないでくれますか?」
「捨てないが、冬に泳ぐなら暖かい海にしてほしい」
寒いのは苦手だとこぼす声を聞いていると、何だか胸の奥が熱くなる。
今思えば、私の突飛な行動に付き合ってくれる人は今まで誰もいなかった。そしてそれが、本当はずっと寂しかったのかもしれない。
でも藤さんだけは、当たり前のように私についてきてくれる。多分今後も、呆れたり文句を言ったりしながら私に付き合ってくれるのだろう。
「どうしましょう。私、藤さんのことめっちゃ好きです」
「わかってる」
「いや、分かってませんよ。この底なしの愛情、全然伝えられてる気がしません!」
「安心しろ、お前は自分で思ってる以上に気持ちがダダ漏れだ」
指を絡め、先ほどより強い力で手を握りしめながら、藤さんが言った。
「だから不安にならずに好きなように生きろ」
「捨てませんか」
「捨てない。ただ、呆れるし心配はすると思うが」
「私、藤さんに呆れられたり心配されるの好きです」
「そうか」
短い返事の中には藤さんの優しさと私への愛情がぎゅっとつまっていて、私はうっかりその場に倒れそうになる。
でも今や小雀ちゃんマスターとなっている藤さんは、ふらつく私を素早く引き寄せ抱き支えた。
「さすがのお前も、暑さには勝てないか」
いえ、ふらふらの原因は藤さんです。
そう言いたかったけれど、言えば腰に回された腕が離れてしまいそうだったので、私は言葉を飲み込んだ。
代わりに私は藤さんの胸にそっと頬をよせる。
「冷たいビール飲みたいです」
「室内でな」
「出来たら、長屋の花見を聞きながら」
「注文多いな」
文句を言われたが、藤さんはきっと私だけのために落語をやってくれる気がする。
長屋の花見だけでなく、夏の噺もつけてくれるかもしれない。
何せ私の彼氏は、べらぼうに優しくて甘々なのだ。
夏のお話はこれにておしまいです。
読んで頂きありがとうございました!