夏と水着の噺
私たちの夏はこれからだ! ということで夏をテーマにした短編です。(もう9月だけど)
割としょうもないネタです。
「おい鴉、お前水着だったらビキニとハイレグどっちが好きだ」
「その質問、小雀姉さんにしろって言われたんですか?」
「分かってるならさっさと答えろ。こちとら小百合ちゃんの手作りクッキー人質にとられてんだ」
「そんなもので脅迫されないでください。言ってくれれば自分が取り戻しますから」
俺の言葉に、その手があったかと師匠が膝を打つ。
その様子を部屋の外からうかがっている気配を感じた俺は稽古部屋と廊下とを繋ぐ襖を素早く開けた。
「な、なぜ居場所がバレた……」
「逆に、何故バレないと思ったんですか?」
呆れながら、俺は身を潜めていた雲雀の首根っこを掴む。
自分が間違った事をしている自覚があるのか、彼女は心なしかいつもより身体を小さくし、されるがままになっている。
その様子をしばし観察した後、俺は不自然に膨らんでいる懐からクッキーの袋を素早く引き抜いた。
その途端「昼間から胸を触るなんてかーくん大胆!!」とかなんとか言い出したが、胸には触っていない。本当に触っていたら、むしろ彼女は真っ赤な顔でガチガチに固まっているところだ。
「師匠、どうぞ」
「さすが俺の一番弟子、仕事が早い」
「ちょっと! 一番弟子はこの小雀ちゃんでしょう!」
「彼氏の水着の趣味を師匠に聞き出させようとする弟子が一番なわけあるか!」
「だって、普通に聞いても答えてくれないんですもん!」
「だからって俺を脅迫するんじゃねぇ!」
奪ったクッキーの袋で自称一番弟子の頭をコツンの殴った後、師匠は「あとは任せた」と言いおいて部屋を出て行く。
その足音に耳を傾けつつ、怒られた当人は自分がしたことを棚に上げてむくれている。
「まったく、役に立たない師匠です……」
「本気で役立つと思ってたんですか?」
「だって藤さん、師匠の言葉は無視しないじゃないですか」
「時と場合によりますし、姉さんの言葉もできるだけ無視しないようにしてるでしょう」
「してます! 今だって、現在進行形でしてます!」
先ほどより険しさを増した声と表情を怪訝に思っていると、彼女は俺の羽織の裾をぎゅっと掴んだ。
「二人きりの時は、敬語と姉さん呼びはなしって約束したのに……」
拗ねた声で言われ、俺は彼女の不満の理由にようやく気づく。
「私がカーくんって間違って呼んだときはお仕置きするくせに……」
「すまん、さっきまで稽古だったからつい」
「悪いと思ってるなら、ビキニとハイレグどっちが良いか教えてください」
「そもそも、ハイレグって死語じゃなかったか?」
「誤魔化さない!!」
別に誤魔化したわけではないが、ここで明言しないと雲雀はもっとへそを曲げそうだ。
「さあ素直に白状してください! 藤さんはどんな水着がすきですか!」
「スク水」
答えた途端、雲雀が明らかに動揺する。
「じょ、冗談で誤魔化さないでください!」
「いや、冗談じゃない」
「冗談でしょう!」
「いや、本気の答えだ」
「……」
「……」
「……え、マジです?」
「マジだが?」
俺の言葉に、雲雀がついに黙り込む。
それから一分ほど沈黙が続いた後、雲雀は「しょ、処理する時間を下さい……」と言いつつ、部屋を這い出ていく。
「お前、結構趣味が悪いな」
そんな雲雀と入れ違いに、部屋に戻ってきたのは師匠だった。
明らかに引いていると分かる声と表情に、俺は苦笑を浮かべる。
「冗談に決まっているでしょう」
「でもさっきの、本気に聞こえたぞ?」
「そう信じ込ませるためですよ。ああでも言わないと、あいつ本気で水着買いに行きそうな気がしたんで」
「水着って、あいつ泳げないだろ」
「俺に見せるため着たいみたいです。ほら、この前の演芸会で女性の漫才師が水着で出てたでしょう?」
「あれは凄かったな……」
言いながら、師匠の顔がだらしなくにやける。
「あれを俺が凝視してたって獅子猿兄さんが嘘ついたせいで、最近『私の方が水着が似合います』ってしつこくて……」
むしろその日は雲雀が珍しく艶やかな浴衣を着ていたのでそればかり見ていたのだが、そう説明しても信じてもらえず困っていたのだ。
「さすがにスク水は着ないでしょうし、ああ言えば諦めるかなと」
「でもいいのか? せっかくなら彼女の水着姿見たいとかあるだろ」
「なくはないですが、下手に見たいと言ったら夏中ずっと水着のままですよ」
「やりかねんな……」
「師匠はともかく、うっかり他の兄さんたちの目に入ったら絶対に嫌ですし、調子づかせない方が良いかなと」
俺の言葉に、師匠はふっと苦笑を浮かべる。
「お前、意外と独占欲強いよな」
「普段はさほど物事に執着しないたちなんですけどね」
「そういうヤツほど一度何かにハマると重いんだよ。まあ小雀はその方が嬉しいだろうが」
「それはどうでしょう。最近の姉さんは、俺の愛情から逃げがちですし」
「そりゃあお前に色気がありすぎるからだろう。俺だってドキドキしてるよたまに」
「色気なんて出してないです」
「自覚ないのがまたタチ悪いんだよ。お前のふとした微笑みに、じじい連中でさえ胸キュンしてるときあるぞ。楽屋が一瞬にして少女漫画の世界になってるぞ」
さすがにそれは言い過ぎだろうと思って苦笑すると、そこで師匠が「その顔だよなぁ」となにやらブツブツ言い始める。
そんなとき、何やら慌ただしい足音が部屋へと近づいてくる。雲雀かと思ったが、戸惑った顔で現れたのは師匠の奥さんである。
「ねえあなた、小雀ちゃんの様子が変だったけど大丈夫かしら」
「そりゃいつものことじゃねぇか」
「でもすっごい真剣な顔で『スクール水着はどこで買えますか?』って聞かれたのよ」
奥さんの言葉に、俺は慌てて立ち上がる。
「小雀姉さんは今どこですか?」
「出て行っちゃったわ。近くのスポーツ用品店に行ってみるとか何とか言って」
奥さんの戸惑う様子を見て、俺と師匠は思わず頭を抱えた。
どうやら俺は、雲雀を少々見くびっていたらしい。
近頃は俺に押されてばかりだったので忘れていたが、雲雀はこちらの想定の斜め上を行くタイプだし、一度走り出すと止められない暴走列車なのだ。
このままでは本気でスクール水着を買って帰ってきかねない。
「おい鴉、あいつが本気で水着買う前に止めろ」
言われなくてもそうするつもりだが、本気で騙してしまった手前誤解を解くのは大変かもしれない。
そして誤解は解けても、『だったら結局どっちが好きなんですか!』などと迫られる未来が見える。
それどころか一緒に水着売り場に連れて行かれる可能性まで浮かんだが、今から不安を抱いていても仕方がない。
とにかく今は雲雀を止めよう。スクール水着はさすがに色々と問題なのでやめさせよう。
そんなことを考えながら、俺は雲雀を追うために炎天下の中を全力疾走することになったのだった。
ちなみに師匠はビキニ派です。