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小雀浮かれ模様  作者: 28号
恋と日常のはなし
22/23

口約実行

前回の続きです。

全く色気が無いですが、ゴニョゴニョに関する話ですので嫌な方はUターンを。


 丑三つ時――。

 私は他の人たちが寝静まったのを確認し、布団をかぶるとそっと耳にイヤホンを押しあてる。

 そして限りなく小さな声で、Siriちゃんに尋ねた。


「Siri、よ……ッ…ばぃのやり方を……教えて」

『すみません、わかりません』

「だからね、あのね、よっ……よ……ばいのやりかたを」

『何のお手伝いをしましょうか』

「だから夜這いの――!!」

「そういうのは、彼氏に聞きゃあいいじゃねぇか」


 聞こえてきた声に、私はうひゃぁと飛び上がりスマホを放り出す。


 それを拾い上げてくれたのは、師匠のようだった。


「な、なんでここに!?」

「小百合ちゃんと晩酌してて、まだ起きてたんだよ。そろそろ寝るかと思ってビール片付けに出たらお前がこそこそしながら部屋に入るのが見えたんで、こっそり覗いてた」

「そこは、普通スルーするところでしょ!!」

「いやだって、凄い挙動不審だったしよ。……そもそもお前さ、夜這いってなんだよ、現代っ子だろ、セックスって言えよ。俺だってセックスって言うぞ」

「い、いいいいいいいいえませんよ! そんな破廉恥な!」

「お前だけ何時代に生きてんだよ」


 呆れた声と共に、師匠が私の手にポンとスマホを載せてくれる。


「恥ずかしいのはわかるが、お前の情報収集能力は時々当てにならんから、素直に彼氏に聞け」

「……き、聞けたら、付き合い始めて一年以上も経つのに未だキスで止まったりしてません!」

「夜鴉のやつ、よく我慢してんなぁ」

「だからさすがに、そろそろ、進みたいとは思っているのですけれども……」


 思っているだけで進まず、気がつけば一年以上である。

 でもこの前うっかり、師匠のゲーム実況動画が20万再生を超えたらゴニョゴニョをすると、私は言ってしまったのだ。

 勢いから出た言葉だし死ぬほど後悔したが、これはある意味チャンスである。


「なんかもう、私が色々駄目なせいでカーくんこのままじゃ菩薩になっちゃいそうなんで、ほんと、そろそろどうにかしないとまずいんです」

「わかってるなら、変な事調べてないであいつの胸にドーンと飛び込めよ」

「で、でも……知識もなくするとか無理です! 私、妙なところで見栄っ張りで意地張っちゃうから、絶対落語の『茶の湯』みたいなオチになります! 抹茶の粉とむくの皮全身に振りかけて『私を抱いて♪』とかやっちゃいます!」

「良いネタになるじゃねぇか、やれよ」

「やりませんよ! 初体験くらいは、マクラのネタにできない素敵なものにしたいんです」

「……無理だろ」


 師匠がぼそっと言い、私は呻きながら布団の上に突っ伏した。


「だってカーくん、絶対経験豊富で昼ドラみたいな過激な夜這いしまくりですもん! なのにいきなり茶の湯的な展開がはじまったら、さすがに愛想尽かされます」

「大丈夫、あいつだって織り込み済みだと思うぞ」

「それはそれでもっと辛い!!」


 実際ありそうだから本当に辛いと、私は布団の上で身悶える。


「いいじゃねぇか、失敗するのがお前の魅力だって」

「女の魅力で勝負したいんです」

「あー、だいじょぶ。一応可愛げもある」

「一応って何ですか! もっと具体的に私の魅力を教えて下さい!」

「具体的にとか言えるわけねぇだろ普通! セクハラになる!」

「訴えないから言って下さい! 私自分の身体見えないし、おっぱいの形とかどうですか? いけますか?」

「あああああ、だから服を脱ごうとするんじゃねぇ!!」

「訴えませんから、だからちょっとだけ、ちょっとだけジャッジしてください」


 パジャマのボタンを外しながら師匠の方へと転がると、そこで何かが私の身体をひょいと抱き上げる。


「今のは、逆セクハラに当たると思うが?」


 淡々とした声に、私は思わずひいぃっと悲鳴を上げる。


「な、なぜカーくんがここに」

「あれだけ騒いで起きないとでも?」


 思っていたし、そもそもうるさくしている自覚がなかった。


「……鴉、後は頼んだぞ。もう今夜は何しても良いから! 俺も小百合ちゃんも酒飲んでるし一度寝たら起きねぇ。だからうるさくしても良いし、何しても良いからお前の前でしか裸にならないって小雀に約束させろ!」


 言うなり一目散に部屋を出て行く足音が響き、私は「卑怯者」と師匠をなじった。

 だがもちろん師匠が戻ってくる訳もなく、ただじっと藤さんが私を見つめる気配だけを感じる。


「せ、せめて何か言って下さい」


 あまりに居たたまれなくて、私はそっと藤さんに声をかける。


「呆れすぎて、何も言えない」

「そ、そうです……か……」

「とりあえず、ちょっとそこに座れ」


 言うなり布団の上に下ろされ、私は自然と正座をする。

 近頃藤さんは私にめっぽう甘いが、それでも何かやらかしたときはちゃんと叱られる。割とがっつり朝まで説教コースもある。

 そして今日もそのパターンだと思い、私はしゅんと肩を落とした。



「とりあえず、Siriに夜這いの方法を聞くのはもうやめろ」

「えっ、まさかそこから聞いてました!?」

「……俺の部屋は隣だってこと、忘れたのか?」


 正直一瞬忘れていた。


「だ、だって……藤さんも茶の湯はやでしょう」

「織り込み済みだ。雲雀が見栄を張って、大惨事になるパターンは色々想像してる」

「ひ、ひどいけどなにも言えない……」

「むしろ獅子猿兄さん辺りを巻き込んで、『手紙無筆』みたいな展開になるのだけはごめんだと思っていた」


 藤さんが口にしたのは、見栄っ張りの男が文字が読めないくせに知人の手紙を代読しようとして大失敗する落語である。


「さすがに、童貞に夜這いの方法聞いたりはしませんよ」

「童貞だからこそ聞きやすい……とか言い出しそうだろ」

「あっ、たしかに!」

「……確かにじゃない」


 呆れたような声が降ってくると、私の横に藤さんが腰を下ろす気配を感じる。

 いつもなら自分からその膝の上に乗っていくところだけれど、今日はさすがに行きにくい。

 だが藤さんが側にいるのに触れない距離にいるのももどかしくて、私は落ちつきなく毛布を撫でる。


「雲雀」


 でも藤さんに、優しく名前を呼ばれるとこらえきれなかった。


「……お、お説教が終わったら、くっついても良いですか?」

「別に説教をしているつもりはない」


 おいでと優しい声が響くと同時に、藤さんが私をそっと抱き寄せる。

 こうしてくっつくだけで悲鳴を上げて逃げ出した頃もあったが、最近はさすがに慣れてきた。

 とはいえくっついた勢いで全裸になる勇気まではまだない。


「いやでも、いっそ今こそ全裸になるべきか」

「……危ないひとりごとはやめろ」

「で、でも、全裸でちょめちょめするって約束しましたし」

「勢いでした約束だろ。別に期待はしてない」

「き、期待して下さいよ! この私の全裸ですよ!」

「そういわれてもだな……」

「あ、もしかして……やっぱり私……魅力ないです?」


 高校生の時には若さという魅力があったが、いまはそれもない。

 それに認めたくはないが、私の胸はきっと魅力に欠ける。

 小さくはないしどちらかと言えばある方だけれど、イケメン御曹司であった藤さんならきっと叶姉妹レベルの巨乳と戯れた事があるはずだし、物足りないに違いない。


「でもあの、太ももはムチムチですよ!」

「誇るな」

「……太もも派じゃ、なかったか……」


 ということは、やっぱり魅力が足りないのかとがっかりしていると、耳元で藤さんの大きなため息がこぼれる。


「魅力ならある。俺はお前が、可愛くて仕方がない」


 あまりに甘い一言に、私は尻尾を踏まれた猫のように飛び上がった。

 いつもならそのまま部屋から逃げ出すところだが、すぐさま捕獲されもう一度腕に捕らわれる。


「そうやってすぐ逃げ出すから、言わずにいただけだ。お前は魅力的だし、綺麗だし、可愛い」

「ひぃぃぃ」

「あと、ちゃんと抱きたいとも思ってる」

「あわわわわわわ」

「だが無理矢理したくないと思うくらい、雲雀が大事だ。だから、お前の準備が出来ないなら何年だって待つ」


 だから逃げるなと縋るように抱き締められ、私は慌てて悲鳴を呑み込んだ。


「一生準備が出来ないならそれでもいい。だから、他の男に肌を晒す事だけは辞めてくれ」


 切実な声に、私はようやく気がついた。


「……し、師匠の前で服脱ごうとした事、けっこう怒ってます?」

「怒るというか、かなり動揺した」

「だ、だって師匠ですし」

「師匠だって男だろ」

「もう骨と皮だけですよ」

「でも男だ」


 そこで藤さんが、私の髪に頬を寄せる気配がした。


「俺は菩薩じゃない。雲雀が思っているほど、心が広い男じゃない」


 拗ねたような声に、たいしてない胸が大きく跳ねる。


「聞いてるのか?」

「き、聞いてます」

「なら、もうするなよ」

「は、はい」

「なら、いい」


 そこでゆっくりと、藤さんは私から離れようとする。

 でもそれが嫌で、私は彼の体を自分からぎゅっと抱きしめる。


「雲雀……?」


 戸惑いに揺れる声に、私の胸がもう一度跳ねる。

 同時に、気がつけば私は藤さんを、えいっと布団の上に押し倒していた。


「おい、雲雀……」

「……その声、駄目そうです」

「ダメってなんだ……」

「なんかこう、ダメなんです!」


 あれほど恥じらっていた癖に、藤さんの声を聞いていると理性がバーンと破裂する。

 同時に、私はようやく覚悟を決めた。というか勝手に、決まっていた。今は戸惑いの欠片もなかった


「藤さん、なんか今もの凄く、ムラムラします!」

「おいっ!」

「どうしよう、なんか拗ねたり戸惑ったりしてる声聞いてたら、めっちゃ胸と腰に来ました」

「腰言うな……!」

「今ならいけます! 全裸、いけます!」


 むしろいってしまえと、私は藤さんの腰の上に座ると、パジャマを華麗に脱ぎ捨てる。

 藤さんが止める間もなくブラもポーンと脱ぎ飛ばす。


「よっしゃこい!!」

「お前、情緒って言葉しらないだろ……」

「そういうのは、男の人が演出してくれるんですよね!」

「無茶言うな」

「御曹司なら、ムード作りとか得意でしょ」

「得意なわけあるか……。それに、何年してないと思ってる」

「へ?」


 藤さんのぼやきに、私は間の抜けた声をこぼしてしまう。


「え、まさか童貞?」

「童貞ではないが、最後にしたのはお前と会う前だしな」

「……それは、再会する前って事ですか?」

「いや、高校生のお前と出会う前だが」

「えっ!? じゃあ、この10年間彼女なし!?」

「なんで驚く」

「だって、イケメンで御曹司で社長だったんでしょ?」

「イケメンで御曹司で社長で、無駄に一途だったんだよ……」


 そんな声と共に、突然私の身体がふわっと浮き、次の瞬間布団の上にぽすっと倒れた。


「え、あの、じゃあずっと……」

「お前に出会ってからは、誰も抱いてない。だからあまり期待はするな」


 苦笑と共にこぼれた言葉に、私は喜びを通り越して泣きそうになった。


「わ、私もずっと藤さんだけです……」

「知ってる」

「初恋は小遊三師匠だけど、藤さんに恋してからは本人を目の前にしてもムラムラしてません」

「それ聞いて、ちょっと安心した」


 身をかがめてくる気配に続き、優しいキスが私の唇を塞ぐ。

 キスはもう何回もしている。でもするたびに、私はいつもほんのちょっと泣きたくなる。


「泣くな、雲雀」

「だって、藤さんとキスしてる」

「ああ」

「このあと、もっと凄い事もする」

「そのつもりだから、覚悟しておけ」

「そしたら、責任取って結婚しろって脅迫できちゃう……」

「……脅迫はしなくていい、元々そのつもりだ」


 そんな事を言われたら、もう色んな物がこらえきれなくなってしまった。


「藤さん、大好きとムラムラが爆発しすぎてもう訳がわかりません……!」


 号泣しながら言うと、藤さんが困ったように笑う気配がする。


「そういうときは、俺の名前を呼ぶか愛してるって言っとけ」


 言われたとおりにしたけれど、鼻水を垂れ流しながら泣いてしまったせいで、声は震えてひどい有様だった。


「やっぱりムードがないな」

「ずぼばぜん」

「謝るな。それも織り込み済みだ」


 そして藤さんは私をなだめ、落ち着かせ、10年ご無沙汰だとは思えない手練手管で私を愛してくれた。


 茶の湯のような大惨事を招く事もなく、手紙無筆のような恥をかく事もなく、私は無事悲願を達成出来たのだった。

 

 ただ藤さんとの夜があまりに素敵すぎて、その後しばらくは彼の気配を感じただけで悲鳴を上げ、逃げ出す病気が再発したのは誤算だった。

 でも藤さんは、そんな私を見て呆れたり怒ったりする事もなく「折り込み済みだ」と笑い、「次はもう少しロマンチックなところでしよう」とまで言ってくれた。

 この心の広さ、やっぱり菩薩である。




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[良い点] 2人のお話を読むことができて幸せです! かーくんのこと大好きすぎるあまり、キスや名前で呼ばれて、いっぱいいっぱいになっちゃう雲雀ちゃんかわいい…! かーくんも雲雀ちゃんのことが大好きで愛お…
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