すていほーむとゆーちゅーばー
引きこもり中の冬風亭一門のお話。
(某有名ホラーゲームのネタバレが若干入りますのでご注意下さい)
「なあ夜鴉、ゆーちゅーばーってのになりてぇから、ちょっくら手伝ってくれよ」
師匠からの唐突なお願いに、俺は「は?」と言いそうになるのをぎりぎりのところでこらえた。
普段は雲雀の事を破天荒だなんだとこき下ろしているが、突飛な事を言い出すのは圓山師匠も同じである。
「YouTuberですか?」
「コロナのせいで寄席にも出れなくて暇だし、ナウいことでもいっちょやってみようと思ってな」
ナウいと言ってしまう時点で色々不安になったが、確かにYouTubeなどで動画を配信する噺家は珍しくない。
獅子猿兄さんなんかも自分のチャンネルを持っているし、配信の手はずを整えたのは他ならぬ俺である。
「手伝うのは問題ありません」
余ってる部屋もあるし、獅子猿兄さんの動画編集を手伝わされているので機材の問題もない。
ただ問題があるとすれば……と俺が視線を向けたのは、縁側で絶賛爆睡中の雲雀である。
「寝てる間に話しかけたと言う事は、小雀姉さんには……」
「秘密に決まってんだろ。あいつに知られたら、からかわれるのが落ちだ」
いい年してYouTuberとかちゃんちゃらおかしい、と言われるの嫌だと言う師匠に頭が痛くなる。
「師匠、さすがに師匠ほどの人がYouTuberを始めたら普通にニュースになるしバレますよ」
なにせ人間国宝である。
このご時世だし、あっという間に話題になるのは間違いない。
「とにかく、姉さんに隠れてやるのはやめてください」
「でも絶対馬鹿にされるだろ」
「むしろ見直すんじゃないですか。何だかんだ師匠の落語好きですし、たぶん配信見ますよ」
「いや、落語はやらねぇよ」
さも当然という顔をされ、俺は嫌な予感を覚える。
「師匠が落語やらずに何やるんですか……」
「ゲーム実況」
「……それは馬鹿にされますね」
正直、俺もちょっとどうかと思ってしまった。
「でもその方が若い子に人気出るだろ! それにほら、俺のゲームテクを世に知らしめる良い機会だろ!」
確かに、師匠はこう見えて実はゲーマーだ。
世界初のアーケードゲームと呼ばれるPONGをリアルタイムで遊び、インベーダーを経てファミコンに手を出し、最先端のゲーム機を全て所持し、最近では可愛いどうぶつがすむ島で毎日虫取りに励むガチオタである。
ちなみに虫取りは好きだが建設センスと浪費癖がひどすぎて、師匠の島の雑草を抜き、果樹園を作り、レンガの路を敷き、橋や坂の工事費を稼いだのは俺である。
「ちなみに、何の実況がしたいんですか?」
「バイオハザード」
「……」
「おい、なんで黙るんだよ! 俺はセガサターン時代からゾンビを殺してきたプロだぞ!」
「師匠、TPS苦手すぎて最近の奴やってないじゃないですか」
「でもホラーゲームの方が再生数稼げるってネットに書いてあったし、リメイク前のはクリアしたから余裕余裕」
ヘッドショットなんて簡単だと胸を張っているが、大惨事になる予感しかない。
いやむしろ、大惨事になった方が人気は出るかもしれないが。
「まあ用意はしましょう……」
「ほんとか!」
「ただし、姉さんには事前に話しておいて下さい。秘密にしてるって分かったら滅茶苦茶拗ねますよ」
「確かにまあ、拗ねるかもしれねぇが……」
「わかっているならやめてください。それに自分は、彼女に秘密を作るのはもう嫌なので」
良い意味でのサプライズならまだしも、この手の嘘は絶対拗ねるしこっそり悲しむに決まっている。その手伝いをするのはごめんだと考えていると、師匠も渋々頷いた。
「じゃあ、俺が馬鹿にされないようお前が上手く話してくれ」
「師匠に嘘をつくのも嫌なので正直に言います。絶対無理です」
師匠は頭を抱えたが、無理な物は無理なのである。
◆◆◆ ◆◆◆
そしてその数日後、動画の撮影がさっそく行われる事になった。
「カーくん、私のカメラ写りどうですか! バッチリですか!!」
「っておい!! なんでお前まで出る気満々なんだよ!」
案の定、既にえらい騒ぎである。
「だって師匠一人で実況とか無理ですよ。ゲームしてるとき、ぜんっぜん喋らないじゃないですか」
「そもそもお前はゲーム画面みえねぇだろ!」
「そう思って、カーくんに高いヘッドフォン買って貰いました! 音聞けば、大体わかる!」
「わかるか!」
「それに、カーくんに実況つけてもらうし」
俺に向かって「ねー?」と今は明るく笑っているが、そこに至るまでは大変だった。師匠がゲーム実況をやると知ると、「それ、目が見えないと全然楽しめないじゃないですか……」といつになく拗ねたのだ。
「それに師匠、絶対私に秘密でやるつもりだったでしょう」と見抜かれ、言葉に困ったのは言うまでもない。
その後俺が側で解説役を務めると約束し、何なら雲雀用に実況をつけた別の動画も作ると言ったところで、ようやく機嫌を直してくれた。
むしろ上機嫌になりすぎて「だったら私も参加したい」と言った時は驚いたが、これはこれで良いかもしれないと思い止めなかった。
「もうそれ、実質三人でやることになってんだろ! 俺はな、お前らから若いファンを奪う為にYouTuberやりたかったんだよ!」
「小さい男ですね。そんなんじゃすぐゾンビに殺されますよ」
「プロのゲーマーをなめるんじゃねぇ!」
もう既にギスギスしているが、このやりとりも実はこっそり録画している。
使える素材は、多いに越したことはない。
「ともかくほら、小雀ちゃんが手取り足取りアシストして上げますから」
「いらねぇよ、むしろ邪魔すんな!」
その言葉はフラグなのでは、と思ったが俺は黙っていた。
そしてそのフラグは、開始早々回収された。
「師匠、今ゾンビが起き上がった音がしました」
「馬鹿言うな、ゾンビは俺が全弾つかって撃ち殺したろ!」
その僅か五秒後、師匠を操るイケメン警察官は殺し損ねていたゾンビにやられて無事死亡した。
もちろん師匠の受難は、これだけでは終わらなかった。
「師匠師匠! 右斜め後ろの方から足音がします!」
「そっちは壁だ、いるわけがねぇ」
死角になっていた通路からゾンビが現れ、師匠は無事死亡した。
「くそっ、この金庫開かねぇな!」
「そこ、どんな部屋ですか?」
「……なんか、オフィスっぽい?」
「じゃあ右9→左15→右7ですね!」
「なんでわかるんだよ!」
「だってさっきカーくんが読み上げてくれた資料に書いてありましたもん」
「ありえねぇよ! こういうのはあれだ、音で空けるんだよ!」
などと言って無駄に15分も格闘し、その後こっそり近づいてきたゾンビに噛まれて師匠は無事死亡した。
ちなみに金庫は、雲雀の覚えていた数字で開いた。
俺も見ていて驚いたが、その後も雲雀はサポートとしてもの凄く有能だった。
敵のうめき声や足音を直ぐさま察知し、BGMの変化から距離を推測し、俺が口にした資料の内容を片っ端から暗記しているので謎解きも一発である。
「うわあああああああああああああ!」
「なんか怖い音したあああああああ!」
その上二人は驚くタイミングも戦く顔もそっくりなので、取れ高も完璧である。
そして約一時間ほどプレイした頃には、師匠も雲雀の情報にすっかり頼り切っていた。
「あ、今狙い外しましたね」
「外してねぇ!」
「でも当たった音しなかった! ぜったい外した!」
実際外れていたし、そういう指摘に師匠はイライラしていたが、下手くそ故にいち早くゾンビを見つける雲雀の存在は命綱なのだ。
文句を言いつつも、結局二人は何だかんだ仲良くやっていた。
◆◆◆ ◆◆◆
こうして無事終了した一回目の動画は、編集するまでもなく完璧だった。
正直、これはバズる気もする。
欲を言えば、落語でバズって欲しかったところだが、そのうち真面目に落語をする動画も撮ろう。そうすれば、コロナが収まった頃には若いお客も増えるかもしれない。
などと思いながら片付けをしていると「ああもう、次は俺一人でやる!」と師匠がふてくされていた。
でも楽しくはあったのだろう。部屋を出て行く足取りは、ふてくされている割にはとても軽い。
そして俺と共に部屋に残っていた雲雀も機嫌が良さそうだ。
「でも藤さん困っちゃいますね」
一人機材の片付けをしていると、不意に雲雀がニコニコしながらすり寄ってくる。
「困る?」
「私がYouTuberとして大人気になって、イベントとか呼ばれるようになって、いっぱいファンができたら彼氏として困るでしょ? 嫉妬するでしょ? 絶対するでしょ?」
やたらとグイグイ来る雲雀に苦笑しつつ、「まあな」と俺は答える。
「えー、なんでそんな連れないんですか……。嫉妬してくれないんですか?」
「雲雀に人気があるのは今に始まった事じゃない」
「そ、それってもしや、いつも嫉妬してる……的な!?」
「当たり前だろ」
何言ってるんだと言う顔で雲雀を見ると、彼女も「なにいってんだこいつ」と言う顔で固まっている。
「ときどきくる、この彼氏レベルMAXな発言……不意打ちゾンビより心臓に来る……!」
「ゾンビと一緒にするな」
心外だと思いつつ、俺は片付けの手を止め雲雀の身体に腕を回した。
ゾンビと一緒にするなとは言ったけれど、ビクッと身を竦ませる雲雀を見ているとその首筋に食らいつきたい気持ちが芽生える。
「い、今、エッチな事考えましたね!」
「雲雀は、ゲームでも現実でも察しが良いな」
「だって、さっきから頬とか首筋めっちゃ触ってくるし!」
「嫌か?」
「い、嫌じゃないし……私だって……触られるの好きです……」
「最近、ちょっとは頑張れるようになってきたな」
昔は甘い視線を向けるだけで逃げ出していたのにと、妙な感動を覚える。
「ほ、ほんのちょっとですけど」
「ほんのか」
「だって藤さん容赦ないし」
「これでも、かなり我慢しているんだが」
「いやもう、それは薄々……」
いいながら、雲雀がぎゅっと俺に抱きついてくる。
「だからあの、今年こそは……色々頑張りますので!」
「まあ、期待せずに待っておく」
「期待して下さい! 小雀ちゃん今年はガツガツですよ! キスだって、この前頑張ったでしょ?」
「じゃあ本気で期待するぞ?」
「……」
「いや、そこで黙るな」
「じゃああの、さっきの動画が一万再生いったらエッチな下着で迫ります!」
「……いいのか?」
多分あっという間に行くぞ、と言ってやる優しさが、今の俺には欠けていた。
「小雀ちゃんに二言はありません! その上更に十万再生いったら、裸で迫ります!」
「ほう」
「そして二十万再生では、あの、ゴニョゴニョします!」
「そうか」
まあ二十万は無理だろう。今時、人気のYouTuberでもなければ無理な数字である。
「ちなみに、下着は俺が選ぶぞ」
「え……?」
「雲雀に選ばせると、ふんどしとかに走りそうだしな」
「そ、そんな事は……たぶん……ないかなぁ」
たぶんとつく辺り、候補の一つだったに違いない。雲雀は、度を超えて恥ずかしくなると芸人スイッチが入るタイプだ。
「でもあの、か、可愛い下着にしてくださいね……」
「むしろ可愛くない下着を着せるとでも?」
「わ、私が見えないからって変なの着せるかも知れないじゃないですか!」
「安心しろ。際どいのは着せても変なのは着せない」
「き、際どい!?!?」
「冗談だ」
「絶対嘘だ! 冗談の声じゃなかった!」
ポカポカ胸を殴られたが、恥ずかしがる雲雀は可愛いのでそのまま眺める。
「でも、うん、師匠のへっぽこプレイ動画だし一万なんて行く訳ない。ないない」
「そうだな」
「エッチな下着も、絶対ないですからね!」
「……そうだな」
とりあえず形だけ、同意しておく。
「楽しみにしておく」
正直師匠の手伝いは面倒だと思っていたが、雲雀が報酬をくれるというのなら悪くない。
そんな事を思いながら、俺は謎の自信に満ちあふれた雲雀の頭を優しく撫でた。
その後一週間で20万再生を無事突破した。
予想外の方向で、小雀ちゃんはエッチな下着を回避した。




