ちよこれいと怖い その2
そうそうたる面々から事情を聞けば、「恐怖のバレンタイン」が始まったのは今から五年前のことらしい。
「最初は、割とマシな味だったんだ……。でも『新鮮さが足りないですよねぇ』とか言い出しはじめて、年々チョコの味が……やばくなって……」
青白い顔で語っていたのは、最初のチョコ被害者『柳亭獅子猿』兄さんである。
真打ちでありながら、俺のような前座にも「兄さんって気軽に呼んでくれ」と笑い、勉強会などにも呼んでくれる彼は気さくで後輩にも優しい。そんな彼に、雲雀もとても懐いている。
それ故彼女は、獅子猿兄さんに毎年チョコをあげていたそうだ。
「最初は売り物だったんだが、あるときついうっかり『俺は手作りチョコを貰ったことがない』と言っちまってな。そうしたら『この小雀ちゃんに任せて下さいよ!』って張り切りだして……、まあ、止められず……」
それでも一応、その年はまだ食べられるチョコだったらしい。
だから他の噺家たちも「ゴリラにやるなら俺にもくれよ」とわいわい騒いでしまい、翌年被害は拡大した。
「誰か、素直にまずいと言わなかったんですか」
「「あいつが一生懸命作ってるもんを、まずいとか言えるわけないだろう!」」
重なった声に、正直少しほっとする。
「自由すぎる」と称され呆れられることの多い雲雀だが、何だかんだ言って周りからは好かれている。特に年上には、異様なほど人気がある。
失礼なことばかり言って嫌われやしないかと最初は心配になったが、よくみれば誰に対しても失礼というわけではないのだ。
むしろ素のままの自分を好いてくれそうな相手を、無意識に嗅ぎ分けているらしい。
なので逆に、自分とは相容れない存在には基本近づかない。それどころか、普段はあれだけ自信満々な雲雀が、怯えた猫のように小さくなったりもするのだ。
俺も一度だけ見たことがあるが、この怯えた顔は……色々な意味で破壊的であった。
長いまつげを不安げに震わせ、必要以上のことを言わないようにと形の良い唇をキュッと引き締めながら、杖や扇子をそわそわと握りしめるのである。
普段の破天荒さがなりを潜め、「どうしよう」「この人怖い」などと怯えているのが透けて見える弱々しい様は、守ってやりたいと思わずにはいられない。
そしてその顔が逆に、「懐かせたい」という気持ちを抱かせるらしく、雲雀から『怖い』認定された気難しい性格の噺家が、雲雀を手懐けようと必死になっている様をよく見る。
そして雲雀も単純だから、餌付けなどされているうちに「あっ、この人優しい!!好き!!」となって大喜びで懐くのだ。
そしてそのギャップに、皆やられていく。
男女問わずころっとおち、噺家だけでなく寄席に出入りする芸人さんたちも同じパターンでころっと落とされる。
あまりの人誑しっぷりに、正直彼氏として不安になるときがある。
あまり可愛い顔を見せるなとも言いたくなる。もちろん、言えないが。
「いいか、あの子を傷つけないように、それとなくやめさせろ」
「カラスならできるだろう!」
「いけっ、カーくん! バレンタインの興行は、お前にかかっている!」
などと、四方八方から言葉が飛んでくる。
そして俺は薄いビールを一杯と引き換えに、重すぎる使命を背負わされたのだった。