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小雀浮かれ模様  作者: 28号
鴉と雲雀と藤のはなし
11/23

04 夜鴉、藤と猫の夢を見る

『藤先生。今いいですか』

「お前、今が夜中の三時だって知ってるか?」

 

 雲雀から、夜中に突然電話がかかってくるようになったのは、彼女が弟子入りしてから三ヶ月ほどたったころのことだった。

 秋の終わりに彼女の祖父が亡くなったあと、俺は彼女に携帯電話の番号を教えた。以来こうして、時々彼女は電話をかけてくる。


『寝てましたか』

「いや、圓山師匠のDVDをみてたらこんな時間になってた」

『よく見れますね、顔が五月蠅いのに』

「お前は相変わらず失礼だな」


 圓山師匠に対する雲雀の物言いは相変わらずだが、何だかんだ稽古はちゃんとやっている。

 その熱心さを側で見るようになったからか、近頃ではあまり雲雀に対して腹が立つことも減っていた。


『まだ起きているなら、あの……』

「今、布団に入ってるのか?」

『凄いですね藤先生。電話ごしにエッチな会話がしたいって、どうしてわかったんですか!? エスパーですか!?』

「そういう意味じゃない。お前この前俺と電話しながらこたつで寝ただろう」


 それで風邪を引き、師匠に二人共々怒られたので、布団に入っているのか、暖かくしているのかと聞いただけだ。


「それに、お前が本当に聞きたいのは落語だろう」

『先生の喘ぎ声だって聞きたいです』

「切るぞ」

『いや、やっぱり猫の皿でもいい気がしてきました』

「じゃあ布団に入って、暖かくしろ」


 慌ててもぞもぞと動く気配がして、俺は雲雀に聞こえないようにそっと笑う。


 正直に言えばさっさと寝たい気持ちもあった。それかあともう少しだけ圓山師匠を見ていたかった。


 でもこうして電話をかけてくる夜は、雲雀にとって何か嫌なことがあった後なのだとわかってからは、彼女を無碍に出来なくなった。


 祖父が亡くなって以来、雲雀は良く夜に一人で泣いているらしい。でも師匠や奥さんが話しかけても笑うばかりで、弱音は決して吐かないらしい。

 だから俺は、何かあったら電話しろと番号を教えたのだ。


 正直最初は、かかってくるとは思わなかった。俺のことを好きと言いつつも、彼女は俺にもずっと甘えなかった。

 祖父がなくなった日も彼女は一人隠れて泣いていて、それを見つけたのも無理矢理抱き寄せ慰めたのも、俺が勝手にしたことだった。


 好きだと言いながら、肝心なところで彼女は俺を求めない。

 故に電話もかかってこない気がしていたが、彼女の中で何かが変わったのか、着信の回数は少しずつ増えている。

 そして悲しいとき、彼女は猫の皿を聞かせて欲しいとねだり、俺はそれを彼女のためだけに演じるのだ。


『やっぱり、藤先生の猫の皿……好きだなぁ』


 聞き終わると、幸せそうな声が電話の向こうから帰ってくる。


「だからって、深夜の三時にやらせるな」

『昼夜を問わず、好きな人の落語は聞きたくなるもんなんです』

「だとしても、せめてもう少し早く電話しろ。そうしたら、目の前でやってやれるだろう」


 言ってから、俺は失言に気がついた。


『藤先生、私は今、猛烈に愛を感じました』

「そんなものはない」

『いや、今のは愛ですよね! 俺の腕の中で聞かせてやるぜって意味ですよね』

「それだけは絶対にあり得ない。死んでもあり得ない」

『とかいって、頭の中では色々妄想してるく・せ・に』

「切るぞ」

『冗談ですよ、アメリカンジョークです。ボンジュール』

「噺家とは思えないギャグのセンスだな」

『じゃあ、先生が正しいギャグについて講義してください。寝るまでずっと』


 もう深夜だというのに、雲雀は全く口が減らない。

 それに呆れつつも、俺は携帯電話を持ったまま、布団の上で寝転がる。


「講義はしない」

『じゃあ、エッチな――』

「切るぞ」

『えっ、エッチはやめて、襟裳岬でも歌いましょうか。子守歌です子守歌』


 言うなり響いた歌は耳が壊れるかと思うほど下手だったが、あまりに必死に歌うので、俺は段々おかしくなってくる。

 結局、俺は雲雀のくだらない電話に朝までつきあわされ、翌日寝坊した。

 生まれて初めての、寝坊だった。


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