63,洞窟内探検⑧(嫌悪)
服を着ていない幼い少女は、眠っているかのように目を瞑り直立している。地面につくほどの長い真っ白な髪と同じく真っ白な肌をしていて、少し気味が悪い。
(さあ、これでいい。再開しようかね。)
目を閉じたまま、幼女がパーンクァフルの背に乗る。
【王種】にあんな気軽に……あの子は何者なんだ。
思った時だった、幼女が目を見開く。
紅い……充血したかのような真っ赤な瞳は虚ろで、亡霊を思わせた。
─あの人間は?─
わからない
操られているのかもしくは……
─危なくなったら気にする余裕はないから─
剣をもう一度強く握る。
もし、あの子を斬ることになるなら……
覚悟を決める。
(今度はこっちからいくよ。)
太い柱のような白い触手が、僕らに尋常ではない速度で向かってくる。
正体が掴めない以上、相殺しようとするのは危険か。
─わかってる─
ルビアスが紙一重で躱し、パーンクァフルに少しずつ近づいていく。
ここだ!
『光よ、敵を射抜け!』
触手に阻まれないように最速の光の魔法で攻撃する。今度こそ。
〘 闇よ、光を喰らえ 〙
知覚できないはずの光を、より強い闇が飲み込んでいく。
これも塞がれたか、でも!
ルビアスが特大の火球を吐く。
さあ、これはどうだ!
触手はもうないし、魔法も片方で手一杯のはずだ。流石に……
─うそ─
当たる寸前、幼女が火球の着地点に移動し、体と同じぐらいの大きさの火球を……竜の吐いた火球を砕いた。しかも、素手で。
ぅゎょぅι ゙ょっょぃ。
どうなってるんだ? 素手って……え?
惚けていると、幼女の姿がパーンクァフルの上から消える。
─危ない!─
「うわっ!?」
ルビアスが突然屈んだことで転げ落ちそうになる。
ルビアス、どうしt……
聞く前にぶおん、という風を切る音で察した。
(避けたか。竜という存在はやはり凄いな。)
そう、幼女が一瞬で移動して蹴りを放っていた。
振り切った足の位置は、さっきまで僕の頭があったところだ。
わぁお、あれ食らってたらもしや首飛んでた?
不老不死って首飛んでもいけるよね?
ルイフの言葉を思い出す。
やっぱやばいかも。
─これは加減できないかもしれない─
そうだね。もしかしたら殺られる覚悟を決めた方が良かったかも!
彼女がパーンクァフルから離れるなら僕もルビアスから離れた方がいい、か。
─アレン、離れないで!─
いや、ルビアスはパーンクァフルを頼む
僕はこの子を相手にするよ
─だめ!─
ルビアスは僕を乗せている分、思ったように動けない。逆に、向こうは幼女が単体で飛び回り、パーンクァフルも動き放題、しかも触手もある。
手数を減らすには僕が幼女の相手をする必要がある。ルビアスだけなら、触手を避けることも簡単だし魔法と物理を両方使いパーンクァフルに攻撃ができる。
問題があるとすれば、僕があの子の動きを捉えれなかったこと、か。
うむ、致命的だな!
だけど、このままでいるよりかは幾分かマシだろう。それに、僕もルビアスに選ばれた太陽の申し子だ。こんな幼い少女に遅れをとられたままでいられるはずがない!
ルビアスの忠告を無視して地面へ降り立つ。
幼女も僕に合わせて正面に立った。
さあ、どう来る……いや
(……五月雨斬り!)
先に攻撃する余裕をなくす!
攻撃は最大の防御だ!
あ、しまった。
幼女が素手で剣をガードしようと構えたため、手首に刃が触れてしまい、
ガキン
金属がぶつかるような音で受け止められました。
杞憂だったね……
というか、この距離!! マズイ!!!
慌てて離れようとするが、既に見失っている。
かくなる上は!
(……旋風刃!)
回転しながら剣で空を斬っていく。
攻撃と防御を兼ね備えた技だが、どちらも中途半端な未完成な技だが、魔法でカバーすると格段に変わる。どんな魔法か? お馴染みの風魔法だよ。無詠唱で威力は落ちるものの、この場合はそれが逆に項を為している。
加速に加速を重ね、小さな竜巻を作り上げる。
かかった時間はものの数秒だが、戦いの場においてこの数秒は大きい。
それを承知で行ったが、何もしてこないのは想定外だったな。有難いけど。
これで、この竜巻の中に入ればどんなものでさえ切り裂け……る?
目の前に幼女が現れた!
アレンはどうする?
1.戦う
▷ 2.逃げる
3.惚れる
逃げられなかった!
斬撃の間をすり抜けてきた幼女が僕の腹に掌底を叩き込む。
「かはっ」
痛い……とても痛い!
内蔵がいくつかやられたか?
聖気をつかい急いで治療する。
なんとか立ったままでいられたが、あれを何発も食らうとなると……きついな。
でもどうすればいい?
動きが全く見えない。
見えない相手と戦うなんて。
あ。
一つだけ、見えるかもしれない方法があった。
ただ、出来るか? 僕の実力で。それに相手もじっとしているとは思えない。
いや、やるんだ。どのみちあとがない!
成功させてみせる!
目を瞑り、集中する。
風の流れ、光の僅かなゆらぎを敏感に察知していく。魔蟲達の精神体を見つける。膜で防御しているが、パーンクァフルの精神体も見えた! そして問題の彼女は……ない? どうして。見当たら……
「ごふっ」
横腹に鋭い痛みが走る。
まるで上半身と下半身が千切れたみたいだ!
え、本当に?
目を開けて確認し、ちゃんとくっついていたことに安堵する。
いや、安心してちゃだめだな。打つ手無しなんだから。
しかし、なんで精神体が。
受身をとりながら考える。
(ん? ああ、その子の精神は私が食っちまってるからねぇ。あるはずがないんだよ。)
ルビアスと戦っているはずのパーンクァフルが、余裕だと言わんばかりに説明をくれた。
……ああ、そうか分かったよ。
もしかしたら。もしかしたらこの【王種】もルイフのように、友好的な面もあるのかと思ってた。
でも、そんなわけないのか。
【王種】は、僕ら人間とは生きる世界が違う。
だから相容れないんだ。
よそう、こいつと分かり合えるなんて甘い考えは。
そして、これが同じ世界を生きる者になった僕だからこそできる役目だ。
─アレン! いけない!─
ルビアスがなにか言っているが僕には聞こえない。
いや、聞こえているけれどもう……いい。
『翳』




