表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

打上花火 〜横から見ると、下から見れば〜

作者: Sora

甘酸っぱいい青春の味。どうか、お楽しみください。

下手糞な授業。低俗な級友たち。代わり映えのない毎日。なんて退屈な日々だろうかと考えていると、今日も終業のチャイムが鳴り、周りが騒音に包まれる。

 「来週の花火大会楽しみだな」「お前は誰と行くんだよ」

周りはその一つの話題にあふれている。だが、他人のことなど気にしている暇はない。僕はくだらないと聞き流しながら教室を後にした。

『今の努力がお前の未来を左右する』父の口癖だ。敷かれたレールの上を走りながら来た15年間、僕は別に何の疑問もなく過ごしてきた。おそらく、これからもそうなのであろう。今まで通りに勉強して、いい高校、大学へ進学し、一流企業に就職することこそが幸せなことであって、受験を控えたこの時期に花火大会などでうつつを抜かしている場合ではない。幸いなことに家は都内有数の高層マンションで、勉強しながらでも横から素晴らしい花火を見ることができる。今年もおそらくそうするだろう。祭り事の時期こそ彼らと差をつける時なのだ。そんなことを考えながら歩いていると、僕が最も嫌いな、いかにも頭の悪そうな女子がたむろっている。僕の人生のためには全く関わりたくないタイプだ。

「キャハハ、来週の花火大会めっちゃ楽しみだね!!!」「友達と花火を見るなんて、最高!!」ここでもその話か・・。聞こえてくる声がなぜかいつもより激しく頭を叩いてくる。横目でその集団をにらみながら通り過ぎると一人の女子と目があった僕は慌てて目線をそらして塾へ向かった。

翌日、太陽も眠りにつく頃、いつも通りの退屈な日々を終えた僕は塾から帰っていると、公園のベンチに昨日の頭の悪そうな女子が一人で座っているのが見えた。嫌なことがあったらしい、何やら暗い顔つきだ。『絶対に関わりたくない。』そう思って矢継ぎ早に公園を通り過ぎようとした頃には遅かった。向こうも僕に気づいたらしく、またもや目があってしまった。しかし、何も見なかったふりをしてすぐに家に帰った。あの子の暗い顔は僕の脳裏にいささかのしこりを残したが、生憎そんなものを気にする前に僕は眠りについた。

また、退屈な1日を過ごした。本当に学校というものはつまらない。だが、今日はいつもとは一味違うようだ。いつもと同じ帰路の中に非日常を見つけてしまった。一昨日見た女子の集団。その中に彼女の姿がなかったのだ。僕の脳裏には先日の彼女の暗い顔が浮かんだ。だが、何回も言うように僕にはそんなものを気にしている暇はない。自分に言い訳をしながらまた塾へと向かった。

そして、塾からの帰り道。僕はいつも通る例の公園に目を向けたが人気はない。「今日はいないか・・」そう呟いたその瞬間、「誰の話?」僕に問いかける明るい声が聞こえた。振り返ると、そこには先日の彼女の姿があった。「君には関係ないだろ。」そう言うと彼女は、「君、面白くない人生を送ってそうな顔してるね、友達とかいないの?」と何か見透かしたような目で突然僕に迫ってきた。僕は急な質問に少し戸惑い、返答に遅れてしまった。すると、彼女は少し苦笑いをしながら、「ごめんね、急に。八つ当たりしちゃった。」とすぐに弁解をした。僕の頭には、また彼女の暗い顔が浮かぶ。今日は少し時間に余裕がある、彼女の話を少し聞いてやることにした。『春樹華緋』と彼女は名乗った。話を聞いていると、どうやら彼女はグループのリーダー格の女子と喧嘩して、グループに嫌われ、追い出されたとかたった。僕にはよくわからない話だったが、女子にはよくある話らしい。「あんなに花火大会楽しみにしてたのに・・」と言う彼女に僕は尋ねた。「そんなに花火大会というものはいいのか?」彼女は驚いたような表情で、「当たり前じゃん!!」と言う。僕は、今まで花火というものを横からしか見たことがないし、もちろん友達と見たことなどあるはずがない。そう話すと彼女は今度は悲しそうな表情で「友達いないんだね・・」とため息交じりに放った。「そんなものはいない。いらない。」そういうと、「そんな悲しいこと言わないでよ、今日からは私が友達ね!」とほざく。(なんでそうなる。。)僕はそう思ったが、言葉にするととめんどくさそうなので、わかったよと嫌々返事をした。彼女はなぜか嬉しそうにした。その時、僕はふとだいぶ時間が経っていることに気がついた。「今日は、もう遅い、もう帰ろう。」そうすると、彼女は素直にそして少し寂しそうにそうだねと返事だけした。別れた後、少し経った後に急いで彼女が後ろから追いかけてきて、「名前!名前まだ教えられてない!不公平!」と叫ぶ。全く、何が不公平なのか・・。

「松本。松本花火だ」

その日から、僕の日常は少し狂った。いつもの退屈、下校風景。その隣には何故か華緋がいた。どうやら気に入られたらしい。彼女は名前がどっちも『ハナビ』なんて運命だねなんていう軽口を言いながら僕と話してくる。塾からの帰り道だってそうだ。彼女はいつもの公園で必ず僕を待っている。そして、彼女と毎日30分ほど話してから帰るのだ。非日常というものは悪くない。僕は彼女の明るさに居心地の良さを感じ始めていた。

そうして数日経った花火大会の前日に、彼女から花火大会を一緒に見ないかという誘いがあった。僕は断った。親のレールの上に障害を作らせまいと思ったのだ。しかし、彼女はしつこく誘ってきた。「絶対に楽しいから」と僕を誘うのだ。僕は何故こんなにも誘ってくるのか単純に疑問に思い、彼女に尋ねた。すると、彼女は「友達と見る花火は何倍も綺麗だからだよ」とだけ答えてまた寂しそうな顔をした。僕は、その顔を見て、’思わず「いいよ。」と答えてしまった。すると彼女はいつもの明るく、嬉しそうな顔に戻った。

当日が来た。僕は集合時間より少し早くに来て彼女を待っていた。どこか落ちつかなく、少し早く来てしまったのだ。だが、集合時間になっても彼女が来ない。僕は、彼女の身に何か危険が起こったのではないかと心配になった。だか、彼女にその心配は無用だったようだ。「ごめん!まった?」全く悪いと思っていないようなトーンで謝りながら来た彼女は、浴衣に包まれており、いつもよりも数倍可愛く見えた。その後は、花火がよく見えそうな位置に腰をかけ、いつものように話をしながら花火が上がるのを待った。「絶対綺麗だから。後悔なんてしないからね。」花火が上がる寸前に彼女は言った。すると時間になって、花火が上がった。僕は初めて打ち上げ花火を下から見た。想像以上のものだった。だが、それと同時に、横で楽しそうに花火を見る彼女にも目を奪われていた。花火が終わるまでの1時間は秋の日のように短い時間であった。

花火が終わると、歩きながら、「綺麗だったでしょ?」と僕に尋ねる。僕は、「全然。」と答えると、今度は嬉しそうに、「素直じゃないなぁ」と笑った。その顔を見ると僕まで嬉しくなるようだった。花火はやっぱり下から見る方が綺麗だったと僕には素直に伝えることができなかった。

いつもの公園に帰ってきた。僕らの思い出の場所だ。「不思議な出会い方をしたよね」「あぁ。」「初めて会ってからまだ一週間くらいなんだよね」「そうだな。。」いつものように、そんな会話をしながら、僕は純粋に二人の時間を楽しんでいた・・。「そろそろ帰ろっか」彼女は切り出した。その時、僕は長年忘れていた『寂しさ』というものが自分の中に浮かんできたのがわかった。それとともに気づかないふりをしていた気持ちをやっと自覚したのだ。別れ際になって僕は彼女に伝えた。「華緋と出会えてよかった、僕は華緋が好きだ。」

次の日の朝、今まで感じたことのない憂鬱が僕を襲った。そして、僕が想いを伝えたあの日から、彼女と会わなくなった。それが、偶然なのか故意なのか僕にはわからない。だが、僕は不思議なことに、想いを伝えたことへの後悔はなかった。彼女は僕にたくさんのことを教えてくれた。人と繋がる楽しさ。花火の綺麗さ。そして、人を好きになる素晴らしさ。「来年からも打ち上げ花火を下から見よう」そう呟いて、僕の非日常は日常に戻った。


楽しんでいただけたでしょうか。

よろしければ、アドバイスや感想などを是非教えて欲しいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ