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ヒカリが織りなす透明なキセキ  作者: 蒼りんご
8/11

見えないカタチ 5

 ちょうどきっかり一週間後に母は返事を聞きに来た。お土産に栗のクッキーと干した魚も持ってきてくれた。

「一人じゃこういう物を作ろうとは思わないでしょ」

「そうだね」

 どうせユウは食べられないのだと思うと、食べることは単なる栄養補給になってしまう。手間をかけて美味しいものを作ろうとは思わなかった。どうせ食べるのは自分だけだ。


「話を進めていい? 」

 そう聞いてきた母はそれしか答えを認めてくれないつもりなのだろうと思った。ユウとは相談していない。母の話は聞いていたみたいなのに何も言わないから聞くのが怖かった。教えてもらった方法以外で人間の体に戻る方法なんて皆目見当がつかない。

 リアは首を振った。

「街に行って一人で生活するなんて無理よ」

 母が即座に否定する。

「春祭りに出て、選ばれなければいいのでしょ」

「向こうはそのつもりなんだから、それも無理よ」

 一つ、ユウと離れなくてもいい方法がある。

「お母さんごめんね。今の私には他の人に嫁ぐなんてことは考えられない」

「それは、ここにこもっているからそう思うのよ。ここでユウとの思い出に浸ってばかりいるのでしょ。そうじゃなくて、もっと外に出て人と触れ合えば見えてくるものもあるわよ」

「どうしても選ばなければいけないなら、春祭りにでるわ」

 それが一番期限を遅くできる。

 母は驚いた顔をした。

「よその村にいくと大変だとも聞くわ」

「でも、それも必要なことなんでしょう」

 だから優先されるのだと思う。

「でも、お母さんの言うことも分かった。もっと外にでるようにする。その中で考えも変わってくるかもしれない」

 リアが言うと、母の顔色が少し変わった。

「それ以上は譲れないというのね」

 リアは頷いた。

「分かったわ」

 母は仕方ないという表情をした。

「うちに帰ってこない? 」

 まだ諦めてはいないように言う。

「今は、まだ」

 それが返せる答えだった。


 風がそよぐ。空は黒いバックを背景にそれぞれの輝きを引き立たせる。この半年は昼も夜も外の風景を見ていることが多くなった気がした。家の中にはいるのに不思議なものだと思う。

『リョウのところに行ったら楽できるぞ。大切にしてもらえる』

 屋根裏部屋の窓の外の定位置に揺らめきながらユウが言う。

「もう遅いわ。断っちゃったもん」

『だから言えるんだよ』

 ユウの笑い声も響く。

「良かった」

 リアも笑った。ユウの返事はなくてしばらく沈黙が流れた。

『呆れないのか? 此の期に及んで自分のことしか考えられないやつなんだぞ』

「うん。ユウの側にいていいってことだもの」

 一番不安なのはそれだ。

『たぶん、まだ断ったことにはなってないと思うよ。今はまだ考えられないけど、これから考えてみるって言う程の前向きに伝えられるんじゃないか』

「そうかもしれないね」

 母はこの村に残って欲しそうだ。

『もし、俺がこのまま消えたらどうする? 』

「もう消えてるじゃない」

 やっと微かに感じる程度。それでも、いないよりずっといい。

『冗談じゃなくてさ。 どうする? 』

「教えない」

『教えてくれないなら消えるよ』

「ユウがそうしたいなら……」

 止める権利はない。ユウがしたいようにするなら、自分もしたいようにするだけだと思う。

『そんな顔するなよ』

「ユウがさせるんじゃない」

『色々試してはみたさ。目につく液体なら全部手を突っ込んでみた』

「そんなの危険だわ」

 もし当たりだったら激痛に襲われることになる。一度経験した。できればあんな痛みは受けたくない。でも、ユウが人間に戻るためには必要なら、できるだけ最小限にと思う。

『試してみなきゃ分からないだろ』

「良かった。大変なことにならなくて」

 自然界にあるもので容易に触れるものではないとは思う。そうでなければ、自由に動き回ることができない。

『良かったんだか悪かったんだか』

「まだ望みはあるよ」

『本当にそう思ってるのか? 』

「うん」

 最後の望みはある。それはいつ決心するかだけだった。

(ユウ、気がついてる? ユウが人間に戻らなくてもいいんだよ)

 心の中で問いかける。声に出してユウの反応を知るのは怖かった。


 冬が来る前にやることはたくさんあった。畑の作物が限られてくるから、冬の分も収穫して野菜や果物を干す。栗も拾ってきて半分は粉にする。家の中で作業ができるように木や竹を取ってきておいたり、燃やすマキも他の季節より多く必要だ。秋祭りが終わると、家の中に閉じこもることが多くなる。


『今日はどこへ行くんだ? 』

 最近は外に出るようにしていた。

「フリンのところでクッキーを焼いてくる。焼いてる時間に綿を紡ごうかなと思ってる」

 家にばかりこもっていないというのは、母との約束でもあった。

「昼過ぎには戻ってくる。柿も皮を剥いて干したいし」

 ユウを一人にするのは気持ちが重いけれど、約束した以上は守らないといけないとも思う。それがユウとの生活を守ることでもある。

 冬の日差しは弱くてあまりエネルギーにもならないのか。ユウは外に行こうとせず、屋根裏部屋の窓の外で日向ぼっこをしていることが多かった。

 穏やかな日が過ぎていくこの冬が終わらなければいいのにと思った。けれど、太陽は段々高く昇るようになり寒さも緩んでいった。



 いつか聞いた銃声がまた轟いた時、リアとユウは畑で種を撒いているところだった。目を見合わせると音のした方へ走った。

 視界に映ったのはシュウが羽交い締めにされて銃を頭に向けられている姿だった。そして、クロが近くで怯えるようにしゃがみながら「ヴゥー」と低い声で唸っていた。

「ほら、誰でもいいよ。花のところまで案内しろよ」

 いつもの薬屋が周りを見回す。

 いつもはもっと暖かくなってから来ていた。売るものがない商売はあまり儲けられなかったということなのだろうかと思う。

「だから言ってるだろ。花はもうない。探しに行ってもないんだ」

 シュウが顔を歪めながら言う。花を見つけたと、どこかで聞いてきたらしい。

「脅しは最初だけだぞ。弾はいっぱいあるんだ。教えてくれるまで撃つだけだ」

 薬屋の指が引き金にかかる。どうすればいいのかわからなかった。花はもうない。でも、たとえ花があったとしても、無くなればまた同じ事が繰り返されるのだろう。

「うっ」

 薬屋が小さなうめき声をあげ、銃をシュウから離す。そして、その銃を自分の頭に当てた。シュウを捕まえていた手が緩んだ瞬間、シュウは身をかがめて逃げ出すとクロを抱き上げ、しゃがみこんだ。

「なんなんだ、これは」

 薬屋の声が震えていた。

「やめろ」

 今度は鳴き声になっている。

 ユウだ、とリアは思った。周りの人々はシュウも薬屋の手下も含め、微動だにせずに見守っていた。きっと訳も分からずに。

「ひっ」

 怯えたような声を出すと、薬屋はその場でしゃがみこんでしまった。

「や、やめてくれ」

 絞り出すような声をだすと、体をひねり四つん這いで馬車の方へ向かっていく。

「お、おまえら何してるんだ。か、帰るぞ」

 声を限りに叫ぶと馬車に乗り、馬車はすぐに走り去って行った。薬屋がいたところには、銃がひとつ残されていた。

 馬車が走り出して少ししてから、人々は動き出した。がやがやとした声は口々に「何が起こったんだ」と言っていた。

『リア、帰ろう』

 ユウの声が頭に響いて、リアは頷くと後ろを向いて歩き出した。

「ユウ、すごいわ」

 囁くように言った。

『さあ、どうかな』

 ユウの声はどこか寂しげだった。

「もう薬屋も怖くないね」

『あいつらが簡単に引き下がるとは思えない。もっと汚い手段を使うかもしれない。それに』

 ユウは途中で言葉を止めると黙り込んでしまった。

 それからしばらくして、ユウの予想は現実のものになった。


 昼下がり、リアのところに訪ねてきた人がいた。

 一緒に来て欲しいと言ったその人は村の人ではなかった。

「どういう要件なんですか? 」

 他の村に知り合いはいない。

「春祭りのことで相談があって……」

 視線をそらして言う。それは後ろ暗いことに感じた。だいたい直接相談されるいわれはない。

「長に聞かないと」

 他の村に関することを一存では決められない。そんなことができるなら、春祭りにはでない。

「いや、それは……」

 ばつが悪そうな顔をする。明らかにおかしいと思った。

「長のところに行きます」

 きっぱり言って、家の扉を閉めると脇を抜けて行こうとした。

「待ってくれ」

 その人に腕を掴まれた。

「何をするの? 」

 恐怖を感じた。

「うっ」

 苦しげな声を出すと、弾んだようにリアから離れる。

「頼む。花の場所を教えてくれ」

 その人は拝むようにリアに手を合わせた。

 何が起こっているのかは分かった気がした。

 きっとあの花を使った商売がよほど旨味があったのだろう。あの手の輩はどんどん新しいものに手を染めていくと言う。

「花はもうない。それは知ってるはず。行き方も知ってるでしょ」

 それは、この村と付き合いがある村の共通認識だ。

「そう言っても聞きはしない。あそこは全部取り尽くしたからあったのなら違うところのはずだとの一点張りだ。家族が人質に取られてるんだ。花を持っていくか、ある場所に連れていかないと離さないと言いやがる」

 その人は悔しげに唇を噛んだ。

「ちょっと待ってください」

 助ける方法はある。リアは家の中に入った。

「ユウ? 」

 小さい声で呼ぶ。きっと近くにいてくれるはずだ。

『言った通りだろ』

「そうだね」

 悪い奴は弱いところを狙ってくる。

『今助けても、もっとえげつない手段を考えてくるだろ』

「そうかも」

『でも、放っておけないか』

「ん」

 困っている人を見過ごすのは勇気がいる。他人事ではない。いつか自分も同じ目にあうかもしれない。

『でも、この間のはちょっとやりすぎたな。人に分からないようにやらないとな』

「ん」

『リア、あいつを誘いだせるか』

「やってみる」

 それはユウが守ってくれると思うからだ。

 外に出るとその人はすがるような目をして見てきた。


「行きましょうか。案内して下さい」

 リアが言うと目を見開き驚いた顔をした。自分で言ってきたのに、本当に来るとは思わなかったようだ。

 村から出ることはほとんどなかった。生きていくためだけなら村の中でことは足りる。豊かな土壌に加え横に流れる川とその奥の栗林や竹林のおかげだ。

 案内された先は隣村だった。

「長には相談してないんですか? 」

 聞いたリアにその人は首を横に振った。村によってルールは違う。リアの村では何かあると長や長老に話に行くことが常だった。


 ドアをノックすると、「誰だ」と言う声が聞こえた。

「言われた通りに連れて来た」

 その言葉の少し後に、ドアを開けて出てきたのはにやけた顔の薬屋だった。

「ほう、あんたか」

 薬屋はリアを上から下まで舐めるように見た。

 そのまま扉を閉め「さあ、案内してもらおう」と言う。

「話がちがうだろ」

 リアを連れて来た人が苦々しく言う。

「本当に見つけたら離してやるさ」

 薬屋はへへへと笑いながら短剣を振る。

(そんなこと分かってたわ)

 リアは心の中で呟いた。

 花が見つからなかった時はどうするのか。人質を売るのかもしれない。そして、その中に自分も入っているのだろうとリアは思った。

「さあ、行け」

 薬屋がリアの腕を掴む。こんなやつに触れられるのは悔しいけれど仕方ない。人気がないところまで連れていかなきゃいけない。ユウはきっと今も近くで守ってくれてる。

 森の中には入りたくなかった。あの清浄な空気を汚したくない。かと言って、どこがいいのだろうと思う。道を戻って村も越えるとそこは岩場になっている。そこまで行けば人の目には触れないだろうかと思った。

 薬屋に連れられて隣村を出て少し歩いたところで、意外な群衆に出くわした。皆手に竹の杭や太い枝や石を持っていた。そして、それは見慣れた人たちだった。

「リア、しゃがめ!」

 大きな声がして、思わず体をかがめた。

「この……!」

 薬屋の声の後、ガツんと言う何かが当たった音が上から聞こえた。

「いっ」

 薬屋が感高い声をあげる。

(え? )

 訳が分からずにいると薬屋の手が離れて、自由になった体は自分の意思とは関係なくしなやかに舞うようにその場から離れていった。体の重さを感じた時道端の草むらに手をついて座り込んでいた。そして、薬屋は額から血を流しリアの村の人たちに囲まれていた。

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