見えないカタチ 3
太陽の日差しが気持ち良いというユウのために、屋根裏部屋の窓から外に出られる様に段を作りたかった。窓の外に少し平なスペースがあるからその先に柵を作れば安心だ。
『今日は休みなよ。明日森へ行くんだろ? 』
「でも」
今日作っておけば明日から使える。
『明日俺が作るよ。こんなところ誰も見えないだろうし。窓開けとけば自由に出入りできるな』
「ここ二階だよ」
出るのは飛び降りるとしても、入るのはどうするんだと思う。
『物を浮かす要領で自分も浮かすことができるよ。ほら』
ほら、と言われても残念ながら見えない。
『あ、だから階段もいらないよ』
ユウの体が浮いて窓から出て行った気がした。
「あ、でも大丈夫? 柵くらいは必要じゃない」
『落ちたとしても大丈夫だよ。修復できるから』
(そういう問題? )
どこにどんな致命傷があるかあるかは分からない。そういえば、弱いところを聞いていなかったと思った。
『気持ちいいね』
ユウは気に入ったようだった。
「わかった。じゃあ、ユウと並べるように高い椅子を作る」
さすがに二人でいるスペースは窓の外にはない。というか、危険だ。
『あ、それ、明日俺がやっとくよ。リアがいないと暇だからさ』
「え、いいの? 」
でも、できるのかなと思う。手に道具を持つのは酷くエネルギーを使うのだと思う。
『力を使う練習になるだろ。水やりだってただ手を添えればいいだけなら楽だろ』
「それはそうだと思うけど」
『今日はとりあえず明日のために体力温存しておけよ。そうだ、晩飯も俺が作るよ』
「えー、いいよ」
『やらせろよ。なんでも練習だよ』
突然ユウがやる気を出したみたいだった。
「楽しそうだね」
『リアが楽しそうだからさ。なんか楽しくなってきたよ』
「じゃあ、お母さんに今日からこっちに泊まるから晩御飯もいらないって言ってこなきゃ」
『でも、本当にいいのか? 』
「私がそうしたかったんだもの」
リアは指でピースサインを作った。
まだ少し不満がありそうな母を説得してというか宣言して、その日から新しい生活は始まった。
次の日の朝早く、ユウは村の入り口まで付いて来てくれた。シュウもカズも父もいた。
そして、ユウの家で飼っている小型の猟犬のクロもいた。
「わん! 」
クロは吠えると尻尾を振りながら向かってきた。
『まずいかな』
つぶやく様な小さいユウの声を拾った。
クロは尻尾を振りながらリアの周りを回る。たぶん、周りの人にはそう見えるのだろうけど、その実リアの周りを回るユウの後を追ってるのだろうと思う。
『リア、しゃがんでクロを撫でる振りして』
ささやく様な声が響くのでリアがしゃがむとクロもおすわりをした。そして、尻尾をおもいきり振って喜びモード全開のクロの頭にそっと触れた。リアの家で犬は飼っていない。触れたのは初めてだった。
『クロ、後で遊んであげるから、仕事してきてくれ』
ユウの囁きにクロの耳がピンと伸びる。
「わわん」
クロが元気に吠える。
まるで約束だよ、と言ったみたいにクロはすくっと立ってシュウの元に走って戻った。早く行こうと言いたげにシュウの服を噛み促そうとする。
『付いていこうかっていう気もあったんだけど無理みたいだな』
「だって、椅子を作るって」
そう言ってたはずだ。
「リア、行くぞ」
父から声をかけられた。
『気をつけろよ』
「ユウもね」
たぶん、ユウは手を振ってくれたのだろう。空気が揺らいでいる気がした。
(早く行って早く帰ってこよう)
リアは父の元へ走った。
森の中はこの間のようにしっとりとして清々しかった。もしかするとこういう空気がユウにとっては良いのかもしれないと思ったりもした。
雨は降らなかったのでおとといつけた線がうっすらと残っていたこともあり行程はスムーズだった。クロはユウの捜索にために連れてきたとのことだったけれど、確かにちゃんとユウを探しあてた。でも、それは他の人には分からない。
神の花を見つけた草むらに出ると歓声があがった。
「ユウの匂いが分かるか? 」
シュウがクロに聞く。
「わん! 」
クロは元気に鳴くと今来た道を戻っていき「クロ、戻ってこい! 」と呼び戻されていた。
あそこで何かが光ってるぞという声が上がり、神の花じゃないかと皆で集まったが、それはユウが持ってきたホーだった。そういえば、ユウが放り投げてそのままにしてきてしまった。
リアはホーを取り上げた。貴重な道具だ。
「それはユウのか? 」
シュウに聞かれ頷いた。
「なんでこんな所に落ちているんだ」
その問いには分からないと言う意味で首を横に振った。
神の花はどこに咲いていたのかと聞かれてそびえ立つ崖を示した。ユウが登った痕跡が残っていた。
「ユウはどこを探そうと思ったんだと思う? 」
そんな質問をカズから受けた。
「この草むらを見た時、これ全部探すのにどれくらいの時間がかかるんだろうって思ったんです。それでも、端から見てた時に崖に光るものを見つけてそれが当たりだったので、これを持って早く戻れって、すぐ後から追うからって、だからもう少しだけこの草むらを探してみようかと思ったのかなって」
それが一番無理のない言い訳だと思った。
すぐ自分も後を追うつもりだった。一人で帰らせる気はなかったのだと思って欲しかった。
太陽が頂点から少し降りた頃戻ることになった。
草むらとその周り特に崖の周辺を歩き回り探したけれど、ユウの痕跡も神の花も見つからなかった。それはある意味当然のことだった。
まだ太陽が稜線の上にある時村に着いた。
村に入るとクロが駆け寄ってきた。尻尾を振りながらくるくるとリアの周りを回る。
「クロ」とシュウが呼んでも御構い無しだ。
理由は分かっていた。ユウが後で遊んでやると言ったからだ。ユウのところに連れていけとねだっているに違いない。
「わわん! 」
弾むような声で吠え尻尾はこれでもかというほどぶんぶん振り回す。
「クロ、帰るぞ」
シュウは言うことを聞かないクロを抱き上げようとしたけど、「きゃん」と悲鳴のような声をあげ暴れた。
「一晩お借りしていいですか? 」
リアはしゃがみこむとクロの頭を撫でた。よっぽどユウに懐いているのだと思う。
「いや、しかし、おいクロ、飯はいらないのか」
シュウが脅すように言ってもリアに向かって尻尾を振る。
「ユウが帰ってこなくてしょげていたんだが、まるでリアをユウだと思ってるみたいだな」
シュウがため息をこぼす。クロはこのまま大人しく家に帰りそうになかった。
「ご飯って何をあげたらいいんですか? 」
犬は飼ったことがないから分からない。
「茹でた野菜でもごはんにスープもかけたものでも特に面倒なことはないんだが」
「あ、じゃあ、大丈夫です。明日の朝返しに行きます」
ユウがちゃんと言い聞かせないとダメだと思う。
「リア、本当に一人で大丈夫か? 」
聞いてきたのは父だった。
「うん。大丈夫」
「母さんが心配してるぞ」
「分かった。明日、クッキーもらいに行く」
そこまでは手が回らない。
「お前は――」
父は呆れたような顔をしたけれど、「ありがとうございました」と言いながら周りの人に頭を下げ、リアはその場を後にした。ユウはちゃんと待っていてくれるだろうか、何か不自由なことがないだろうか心配だった。
扉を開け「ユウ? 」と呼んでみた。家の中は暗くて静かだった。「わん! 」とクロは吠えると勝手に中に入っていって、屋根裏部屋への階段を登ろうとする。上から『おかえり』という声が響いた。
ランプの揺れる灯を頼りにユウが作ってくれた食事を取ることにした。ほかほかのご飯と芋や野菜を煮込んだものだ。
『どうだった? 』
「ホーが見つかっただけで後は何もなし。神の花もなかった」
『そうか』
ユウが見つかるわけがない。
『こっちはリアの母さんとうちの母さんが来て、そこら中見ていったぞ』
「え? 昨日もあれだけ見て行ったのに? 」
『納得できなかったんだろ。上に居てこっちに来る姿が窓から見えたからまずいと思って作ってた椅子をそのままにして音立てないようにしてたけど、隅から隅までって感じだったよ』
「で、納得したのかな」
『絶対おかしいってさ。で、実は神の花は二つ見つかって、一つは村に持ってきたけど、もう一つを俺が街に売りに行ったんじゃないかって言ってたよ。リアがなんだか嬉しそうだって、俺がリアの欲しいものを買って帰ってくるのを楽しみにしてるんじゃないかって』
「えー、そんなことしないのに」
二つあったのなら一つは残す。そうしなければ無くなってしまう。だいたいユウが一緒に戻って来なければ心配をかけるのは分かっている。
『そう思われてるならそれでもいいやと思ったさ。森の中で行方が分からないよりは安心だろ』
「でも、いつまでもそうは思っていないよね」
『早く別の方法を見つけないとな。言っとくぞ。別の方法だからな。隙を狙ってなんか仕掛けてくるなよ。俺は受け入れないからな』
「うん。だって、ユウを悪者にしちゃうもんね。お母さんにも昨日言われたし。違う方法探さなきゃとは思う」
ただ、痛みを伴うから試してみるということはできない。血に変わるもの。それはいったい何だろうと思う。そもそもあるのかさえ分からない。
「わん! 」
二人で話をしていてずるいぞとばかりにクロが声をあげる。『よしよし』とユウが頭を撫ぜてやると満足げだ。
(ちょっと待って)
姿を見かけたら駆け寄ってきて、女の子話していたら邪魔をするっていうのはどっかで聞いたフレーズだとリアは思った。
翌朝、仕事が終わった後なら遊びに来てもいいぞとユウがクロに言い聞かせ、ユウと二人クロをユウの親元まで届けに行った。クロに手を振ると、尻尾をたれ悲しそうな顔をするクロがかわいそうにも思えたけど、それも躾だとユウは言った。
『今日は椅子作りの続きと、何をしよう』
「水汲みもしなきゃ。あと、行商に出すのに器かカゴか作ろうかな、何にしても家でできるものがいい」
家の中が一番安心する。やはり、外だと話をするにも気を使う。ユウの声がどれほどの範囲で聞こえるのか分からない。
「日向ぼっこもしようね」
付け加えた。ユウには大切なエネルギー補給だ。
『ああ、やっぱり外は気持ちいいな』
声がのびのびとしている。確かに日差しが溢れ風がそよぐのは気持ち良い。けれど、ユウにはそれ以上のものがあるのではないかとリアは思った。
平穏な日々は穏やかな風のように流れていった。
予定されていた結婚式は行われなかった。当たり前だ。相手が見えなくなってしまったのだから。
世帯を離れたことでリアも村の集まりに参加しなければいけなかった。村で管理している田や家畜や街からの行商の対応などその手順や問題を話し合う。そろそろ田植えの時期になってきていた。
「星が綺麗だねー」
屋根裏部屋の窓から外を眺める。ユウは窓枠にもたれて座っていた。二人の間に距離は少しある。誤って触ってしまわないようにだ。
『ああ』
夜風も気持ちいい。
「でも、天気良すぎだわ」
それはユウにとっては良いことなのだけれど、田植えができない。いざとなれば川の水を引いてくるけれどできれば雨に降って欲しい。畑も水を欲しがっている。風が吹けば砂埃が舞い上がる。
『そういえば、雨降らないな』
いつ頃からだろうと思う。ユウにとっては良いことと思うけれど、埃っぽいのにちょっと閉口する。
「夜に降ってくれると嬉しいんだけどね」
そうすれば昼の日差しは妨げられない。
『雨か』
呟いた後しばらくして『ちょっと行ってくる』と言ってユウは飛んで行った。
「どこに? 」
リアは窓から体を出して空を見上げたけれど、見えるのは真ん丸なお月様と無数に散りばめられた星だけだった。
日々練習と言って色々なことをやってくれるユウは力を自分のものにしているみたいだった。水汲みもリアはただ手を添えてるだけ。畑を耕すのも何かを運ぶのも。家の中では色んなものが飛び交う。台所で作った食事を器に入れて、テーブルまでこぼさずに飛ばす。最初はそっとゆっくり自分の手から少し離して運んでいる程度だったものが、見えないところまで目算で飛ばしてくる。リアも抱かれるようにベッドまで運ばれたりする。自分を飛ばすのはおてのものらしく、屋根の上に立っていたりする。その姿をちゃんと見たいのに、見えるのはせいぜい揺らぐ空気だった。
どれほど経った頃か遠くから稲妻の音が聞こえてきた。
「え? 」
まさかと思っていると雨がぽつぽつ降り出してくる。
『後は自然に任せようか』
頭に声が響く。
ユウが戻ってきたみたいだった。
「まさか雨雲連れてきたの? 」
『探すのに手間かかったし、自分がどっちから来たんだ状態になったわ』
はははとユウが笑う。
どこまでも続く空で迷子とか笑えない。
『ただ、ちょっと疲れた。今日はここで寝るわ』
「うん。じゃあ私も」
リアは下まで降りるとまくらと掛け布を持ってまた上に戻った。
『リアはベッドで寝ろよ。ここじゃ休めないだろ』
ユウが不満そうに言う。
「ユウがいない方が休めない。おやすみ」
問答無用で窓枠に枕を置くと布にくるまった。ユウはこのまま窓枠に寄っかかったまま眠るつもりだろうと思う。暑さ寒さは体温で調節するらしく、寝る時にも体に何かをかける必要はないみたいだった。
知るたびにユウの体は自分達とは違うのだと思う。それでも、一緒にいられることが嬉しかった。




