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ヒカリが織りなす透明なキセキ  作者: 蒼りんご
5/11

見えないカタチ 2

 新しい家の中でリアは土間に置かれたテーブルの椅子に座り、ぼーっと考えごとをしていた。家で大人しくしていなさいと言う母の言葉をふりきって出てきた。

 向かいに座るユウもまた考え事をしているのか何も言わない。昨日の父の話は全部ユウに話した。その後『悪いのは全部俺だ』とユウは言った。それから沈黙は続いている。


『本当にこっちに住むつもりなのか? 』

 突然ユウが聞いてきた。

「うん。そうする」

 それは決めた。

『親元にいた方が楽なんじゃないの? 』

「どうかな」

 体は確かに楽かもしれない。人数がいる分手分けできる。けれど、こちらに来たら全部一人でやらなきゃいけない。

『絶対そうだって』

 ユウが勧めてくる。

「私がいると邪魔? 」

 リアは不安になってきた。

 ユウが今の体でいる限り食事をする必要はない。せいぜい掃除をするくらいだ。そもそも家がいるのかっていう疑問もある。

『いや、そういうことじゃなくて』

「じゃ、何? 」

 しばらく沈黙があった。

『――そもそもさ。俺たちが一緒に住むことになったのは、春祭りのいきさつからであって……俺がいなくなったってことになったら、リアは自由になれるんじゃないか』

「え? 」

『だからさ。もう俺に付き合う必要はないんだよ』

「だから、それは私が邪魔ってこと? 」

 好きだと言ってくれたのはつい昨日のことだった。

『いや、だからさ』

 ユウの体が揺らめく。小さな仕草や表情なんて分からない。だからか目の前で話をしているのに何を考えているのかが分からない。今ユウはどんな顔をしているのだろうと思う。

『もう、俺への義理は果たさなくていいってことだよ』

(え? )

「義理って何? 」

 思い当たるものがない。

『だからさあ……』

 ユウは言いづらそうだった。

『春祭りで突然指名されて逆らえなかったんだろ? 』

(え? )

 どうしてそんな話になるんだろうと思いながら、自分もつい昨日まで同じようなことを思っていたことに気が付いた。

『俺のために、自分の血を分けてくれることまで考えてくれたろ。それが命を落とすことにもなりかねないのに。もうそれで十分だよ。俺はさ、気長にどうやったら戻れるか考えるさ。だから、リア、お前は自分のことを考えろよ』

 まるで今しか言えないみたいな感じでユウは捲し立てた。

 ユウの言葉が胸にしみてくる。婚礼へと進む話は自分にとって望むものだったから、壊したくなくて何も言わなかった。お互いの気持ちを確かめたことなんてなかった。

「じゃあ、私、好きな人のところに行っていい? ユウは文句言わない? 」

 ユウに聞いた。それがユウの望みのようだから。

「……当たり前だろ」

 返事はぼそっとぶっきらぼうに聞こえた。

「じゃあ、これから告白しに行く。ねえ、ユウならどう言ってもらえたら嬉しい? 」

『そんなの……何でもいいんじゃないの』

 今度は投げやりな感じだ。

「そっか」 

(昨日の言葉を信じてもいいの? )

 正直それもまだ信じきれていない。ユウの責任感から、どう言ったら村に戻る気持ちになるのか考えて言わせた言葉なのかななんて思ってしまう。

『好きだって言ってぎゅっと抱きしめてやればいいんじゃないの? 』

 今度は優しく聞こえた。

「うん」

 ユウの言葉が胸にすとんと落ちてくる。言葉だけじゃやっぱ物足りない。嘘をつくのは簡単だ。

『今日行くのか? 森から帰ってきてからにした方がいいんじゃないの? 』

「そうかな」

 もう心は決めた。決めたら早い方がいいと思う。

「ちょっと思いついたことがあるんだ。ユウはそこで待ってて。絶対、動かないでね」

 リアは席を立つと居間の奥の寝室に入った。昨晩ここでユウは寝たのかなと思う。竹のカゴから掛け布を一枚手に取った。ユウに直接触れることはできない。

 寝室から戻るとユウは言われた通り動いてはいないみたいだった。

『どうするんだ、それ』

 手に持つ布には気づいたみたいだった。

「こうするの」

 ばさっと広げてユウの頭からすっぽりとかけた。

『おいっ』

「好き……」

 布の上からユウをぎゅっと抱きしめた。見えないけれど、直接は触れないけれど確かにここにいる。

 ユウの返事はなかった。

 何の反応もないのでしばらくそのままでいた。ユウを捕まえていたかった。

 突然、家の扉がノックされた。

「誰だろ」

 なんでこんな時に来るのだろうと思ったけれど、誰もいないと思って勝手に開けて入って来られたらまずい。

 ユウにかけた布をばさっと取り手に持つと、「はーい」と返事して扉を開けた。

「まあ、何してたの? 」

 訪ねてきたのは母だった。手に持つ布をじろじろ見てくる。

「あ、なんでもない」

 リアはくるくると布を丸めた。

「お父さんに様子を見てこいって言われたのよ。ついでに、昼ごはんを持ってきたわ」

「あ、ありがとう」

 もう昼なのかと思った。時間が経つのが早く感じた。

「中に入ってもいい? 」

「え、あ、どうぞ」

 ユウは大丈夫かなと思ったけれど、拒否するのも変だと思う。

「昨日は暗かったから。もう本当に住めるくらいに整っているのかと思って。それに、少し話していい? 」

「いいよ。どうしたの? よそよそしいよ」

 母の様子がいつもと違うように見えた。

「そんなつもりはないけど」

 母は家に入ってくると、手に持っていた包みをテーブルの上に置いた。そのまま、寝室の方に向かう。ユウはと見ると、ゆっくりと椅子から立ち上がったようだった。空いていると思ってもし座ったら大変なことになる。母は寝室の扉を開けて一通り見回したあと、中に入りベッドを叩いて様子を確認していた。そのまま、竹のタンスの引き出しまで開けて見ていく。まるで何か隠しているものを探しているようにも見えた。首を傾げ寝室から出てくると、囲炉裏しかない居間を抜け土間の奥の台所に行き、桶や瓶をひとつづつ丁寧に見ていく。カマドの中まで覗いていた。

「ね、もう住めるくらいに整ってるでしょ? 」

 それを確かめに来たのだと母は言った。

「そうねえ」

 何か不審げに寝室とは反対側の部屋を扉を開け見にいく。子供用にと用意した部屋には何もない。土間から上がる階段で屋根裏部屋まで見に行ったけれど、藁や綿花や竹の節が竹のカゴに入れて置いてあるだけだ。

「他に部屋はないの? 」

 辺りを見回す。本当に何かを探しているようだ。

「ないわ。父さんも知ってる」

「そう」

 納得できないという感じで言うと、母はさっきまでユウが座っていた椅子に座った。


「みんなあなたの事を心配してるわ」

 それは、昨晩父にも言われた。

「ごめんなさい」

 結果的に良いことばかりではなかった。

「明日は十人もの人が参加してくれるのよ。ユウとリアには感謝してるって、しばらくは薬の心配がなくなったわ。ミウも熱が下がったって」

「良かった! 」

 リアは母に向かい合うように椅子に座った。話があるとも言っていた。

「だからね。明日見つけられないようなら、ユウが戻ってくる可能性はすごく小さくなるのよ。でね、この時期にそれだけの人を集めたのは、リアが責任感から一人で森に入ることがないように納得させる意味もあるのよ」

 春先は色々忙しい。撒ける種の数も増えるし、冬の間はなかなかできない家の補修やら田植えの準備もある。

「ユウは戻ってくるわ」

 そう、そこにいるじゃないと思う。

「長老がね、リアがユウを一人にするとは思えないって言うのよ。リアは何か隠しているんじゃないかって、急にこちらに住むって言う辺り、ここにユウを隠しているのかもしれないって」

 言い当てられてどきっとした。

「何の為に? 」

 わかるはずがない。

「そうなのよ。だけど、念の為にと思って全部見せてもらったけど、ユウがいるような気配はなかったわ。そうなると、もし、明日見つからなければ、ユウとの話はなかったことにした方がいいんじゃないかって」

「どうして? ここまで準備したのに」

 それは納得できなかった。

「だって、肝心のユウがいないんじゃしょうがないじゃない。シュウがね、神の配剤かもしれないって言うのよ。村の保身やユウを守るためにリアの気持ちを一切考えてなかったって。リアは何も文句を言わずに従ってたけど、それで良かったのかと思うことはあったみたい。リアの気持ちを聞く事が怖かったって言ってたわ。賢い子だから全てを分かって受け止めたんだろうって。だから、あと少しって時にこんな事に……」

 母は下を向くと黙ってしまった。

 その母の言う事が間違っているのはリアが一番知っていた。

「お母さんも私は不本意だけど仕方ないって思ってユウのところに行くのだと思ってたの? 」

「正直分からない。大人しくてわがままも言わずに本当に世話のかからなかった子だもの。ユウはいい子だと思うしリアが望んでいたとしたら言うことはないんだけど、いきさつがいきさつだから。私もリアの気持ちを聞くのが怖かった一人だわ。一番味方になってあげなきゃいけなかったのにね。他の村に行くことになるならユウのところが良いって思った」

「今なら、一番の味方になってくれるの? 」

 それはちょっとした疑問だった。

「そうね、そうしたいとは思うけど全てじゃない。もし、リアが一人で森に行くっていうなら見過ごせない。その後でもしユウが戻ってきたら責められるのはユウよ。あなたがユウに責任を感じるなら大人しくしていることが一番ユウのためよ」

「じゃあ、一人で森に入ったりはしないなら、この家に住むことにして良い? 」

 一番の問題はそれみたいだった。

「実際一人じゃ無理でしょ。水運びはどうするの? 」

「一人分だもの。そんなに多くいらないし、のんびりやるわ」

「どうしてここにこだわるの? 」

「ここでユウを待ちたいの。戻ってきたらいつでもすぐに一緒に暮らせるように。みんな間違ってるわ。ユウが声をあげてくれて一番嬉しかったのは私だもん。文句なんかあるわけないじゃない」

 なんでみんな気がつかなかったのって思う。毎日嬉しくてしかたなかったのに。

「じゃあ、なんでユウを一人にしたの? それが危険だという認識はあったんでしょう」

(あ、そうか)

 大切だと思うなら一人にしないはずだと思うんだ。一人で置いてきたということは、それほど大切だと思っていないと結論づけたのだ。

 ユウを一人にはしてないとは言えない。だから、ずっとそんな疑問を持ち続けるのだろうと思った。春祭りの時のことのようにみんなそれぞれ自分の都合にあった答えを思い続けるんだ。

「神の花を見つけて嬉しくて何も考えられなくなったのかも。これでミウが助かる。早く持っていかなきゃって」

 それもきっと嘘じゃない。

「一人で森の中を歩くのは怖くなかったの? 」

「うん。守ってもらえてるような気がしてた。だって、神の住む森だよ。だから、きっとユウも戻ってくる」

 ユウがどうしたら戻ってこれるかは分かっていた。

 母は納得していない顔をしていながらも反論はしてこなかった。

「……そうだといいけど」

 少しして、しぶしぶ聞き入れてくれたような声をだす。

「もしかしたら、音をあげてお母さんのところに戻りたいって言うかもしれない。でも、それまでは好きにさせて欲しい。自分を納得させたいの」

「納得できることが、森の中を探すことではなくて、この家で待つことなの? 」

「うん。そう」

「ユウを信じてるの? 」

「当たり前じゃない」

 リアの言葉に母は呆れたような顔をして、それでもほっとしたように見えた。父に相談すると言って母は家を出て行った。

 置いていった包みの中にはおにぎりとクッキーが入っていた。


「クッキー食べる? 」

 リアは辺りを見回した。どこにいると見当がつけられないとユウを探すことは難しい。食べることに害はないと聞いた。

『いいね』

 ユウの声が頭に響いてリアはほっとした。


 手で物を持つことは酷くエネルギーを使うようだから、食べるという事もやはり難しいのだろうと思う。クッキーなら噛まなくても口の中で蕩けてくれる。

 パリンと割れたクッキーが空中を飛ぶ。それはほどなく姿を消した。

「おいしい? 」

 昨日から食事は取っていないはずだ。

 直ぐ返ってくると思った返事がなかった。

「ユウ? 」

 不安になる。昨日は聞いてないのに美味しいと言ってくれた。

『……味がしない』

「え? 」

『必要ないってことなんだろうな。昨日は美味しいと思ったのに、今は砂を口に入れたみたいだ』

「そんな……」

 体が違うのだから仕方がないことではあるけれど、共有できないことはショックでもある。

「あ、っていうことは陽を浴びると感じることがあるの? 」

 人間が食べ物に味を感じるのと同じことがあってもいいはずだ。

『昨日は、気持ち良いって思ったよ。あ、そうだね、日差しがすごく気持ち良かったんだ』

「そうか、ユウは家の中にいるよりは外に居た方がいいんだ」

 リアは開いた包みをまた包んで、席を立った。

「外に行こう」

 ユウを促す。

 扉を開けて「出たら声をかけてね」とリアは言った。ちゃんと見えている自信はない。

『いいよ』

 ユウの声が聞こえて扉を閉じた。昨日よりは少し空の色が薄いけれど、風が心地よかった。畑の端に休む時の為に短い丸太を2本置いてある。そこに座って包みを開こうと思っていた。

「どう? 」

『ああ、外はいいね。空気が美味しい』

(あ! )

 良い事を思いついたとリアは思った。

「午後から一仕事だわ」

 今日は大人しくしてろと言われたけど思い立ったらじっとなんてしてられない。

『楽しそうだね』

「うん。あ、帰りに芋と野菜も少し取って行こう」

 母は許してくれそうだから、今日から新しい家の方に泊まれるだろうと思う。

『リア、お前、俺が怖くないの? 』

 ユウが不思議そうに言う。

「だってユウだもん。どんな姿になっても怖いわけないじゃない」

『……さっき言ってたのは本当のことか? 』

 それは布をかぶせた時か母と話していた時のことか区別はつきかねた。

 けれど。

「本当だよ。ずーっと前から思ってた」

『そんな素振り見せなかっただろ? 』

 それがどんな素振りか分からない。

「そんな素振りって? 」

『見つけたらすぐ近寄ってくるとか、他の女の子と話してたら邪魔してくるとか』

 それは、そういうことをされたということなんだろうと思う。

「だめ? 」

『いや、そういうことじゃなくて』

「姿を見てるだけで良かった。声を聞けるだけで良かった。そう思ってた、その時は」

『今は違うのか? 』

「うん。一番そばにいて独り占めしたい」

 今はまさにその状態なんだと思う。ただ、どんな顔をしているか分からない。触ることもできないのは寂しかった。



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