見えないカタチ 1
「ユウ? 」
リアは辺りを見回した。
風が草を撫でる草原にリアは一人佇んでいた。
「ユウ? どこに行ったの? 通りすがりの人は? 」
何が起こったのか分からなかった。夢を見ているのだろうかと思ってくる。
ユウが持ってきたホーと摘んできた花だけは今までと同じように存在した。
「ユウ」
危険をおかしてまで取ってくれた白い花をリアは手に取ろうとした。
「きゃ」
『うわっ』
ビリっとしびれるような衝撃が体を走った。
『いかん。いかん。触れちゃ。死ぬぞ』
頭の中にユウと通りすがりの人の声が響いた。
「え? どこにいるの? 」
辺りを見回しても存在は分からなかった。
『姿を表すのも声を出すのもひどく疲れるんでいつも通りにさせてもらった。人間には見えにくいだろうが、じっと目を凝らせば薄く見えるはずだ』
『俺はいったいどうなったんだ? 』
通りすがりの人とユウの声が頭の中に響く。
「ユウどこ? 」
リアはゆっくりと辺りを見回した。下に落ちていた白い花が突然消えた。そこに揺らいでいるような空気がある。それは、ゆっくりと起き上がるユウの姿に見えた。そして、先ほど見たらしい通りすがりの人のいたところもじっくりと見ると、空気が人型に揺らいでいるように見えた。
『分かったようだな。これが通常の姿だ。人間には見えないと言っていいだろう。直接触れれば強い痛みが走る。先ほど経験しただろう。傷はすっかり癒えたようだな』
「あ、ありがとうございます! 」
リアは通りすがりの人に頭を下げた。
ユウが透明な姿になってしまったことは、まだ信じきれていなかった。ただ、先ほど感じた痛みがある。夢ではない実感があった。
『私ができるのはここまでだ。人間に戻すことは人間にしかできない』
「どうすればいいんですか? 」
人間なら誰にでもできると言った。
『血だ。人間の新鮮な温かい血に触れれば人間の姿を取り戻す。ただ、違う属性が同じ体の中で接しているわけだから同じ痛みがある。体に十分な血が染み込み完全に人間に戻るまで痛みは止まらない。その痛みに耐えられずに命を落とすこともあるかもしれない』
「え? 」
リアは固まった。
確かに人間にしかできないことだ。でも、体にしみ込む十分な量とはどれくらいなのだろうと思う。それも、短時間で血を流し続けなければいけない。
『なんだよ、それ』
ユウの不満げな声が頭に響く。
「他にはないんですか? 」
教えてもらったのは、あまりに絶望的な方法だった。
『ない。というか、私は知らない。そう伝えれらている』
『じゃあ、他にもあるかもしれないってことだろ』
ユウの言葉は挑戦的だ。
『そうかもしれない。違うかもしれない』
『リア』
呼んできたユウが触れてこようとして、その手を止めた。触れたら痛みが走る。それはつい先ほど体験した。
「他にもあるかもしれない……」
リアはつぶやきながら、地面に落ちているホーに目がいった。あれで手首を切ったらきっと血が溢れ出す。そうしたら、ユウは人間に戻れるかもしれない。
『だめだ、リア! 』
ユウの声と共に、ホーが浮かび上がって遠くへ飛んで行った。
『ほう、もう力を使いこなせるのかさすがだな』
通りすがりの者が感心した声を出す。
『探せばいいんだろ。別の方法を』
『頼もしいな。ということは、しばらくは人間の姿には戻らないようだから、私たちの話をしておこう。分かる通り、人間には非常に見えにくい物質でできている。動物は別だ。見えるし触ることもできる。物にも触れることができる。ただ、人間のように触れて持ち上げようとするとエネルギーを半端なく使う。姿を見せようとしたり声を出そうとすることも一緒だ。エネルギーは太陽の光を浴びることで補う。あとは少量の水が必要だ。水は口から飲んでも構わないが皮膚から取れる。手を水に浸せば良い。雨や川の水で十分だ。人間のように食物を食べる必要はないが害もない。人間には知られない方が良いだろう。化け物と恐れられるだけだ。もし、人間の中で生きていくのが辛いようならこの森に来れば良い。仲間がいる』
『あんた以外にもってことか? 』
『そうだ。他に聞きたいことはあるか? 』
「あ、あなたに会いたい時はどうすればいいの? 」
リアは咄嗟に聞いていた。
『この森に来たら会えるかもしれん、会えないかもしれん。ここは好きでよく陽にあたりに来る。先ほども言ったが、もう私にできることは何もない。あとは君たちの問題だ。ではな』
揺らめいて空気が風のように流れていく。
「あ……」
もう一度感謝の言葉を言いたかったのに、その姿はもう近くにはいないように思えた。
「ありがとう、通りすがりさん」
リアは空に向かって言った。
ユウとリアはしばらく無言で草むらに座り込んでいた。現状をまだ信じきれていなかった。
『とりあえず、村に帰るか? 早く届けないといけないだろ』
ユウが手を開くと白い花の光は弱くなっているように見えた。
「うん」
リナが花を受け取ろうとすると、ユウが少し上から落とす。触れると激痛が走るからだ。ユウは人間の体に戻る時にはその痛みをまた感じなければいけない。それも、戻るまでずっと。
『行くぞ』
立ち上がるユウの姿がうっすらと見える。確かにユウはいるのだとリアは思った。
帰りは行きよりも楽だった。自分達が行きにつけてきた線が残っていたし、草も刈られていたから歩きやすかった。それでも、森を出た時には稜線が赤く染まっていた。そこから暗くなるのは直ぐだ。
『長老に花を渡しに行こう』
「ユウはって聞かれるわ。どう答えたらいいのだろう」
透明な体になったとは言えないし信じてもらえるわけもない。
『リアはどう思う? 』
「ユウはもう少し探してみると言っていた、くらいしか思いつかない」
『リア、きっとリアが思いつくことが最高の答えだよ。だから自分を信じればいい』
「分かった」
その時に相談もできなければ、ユウが話すこともできない。全部自分で考えなきゃいけない。
いくら答えを用意したところで全てがその中で収まるとも限らない。
長老の家の前で外で待っていると言ったユウに「絶対ここにいてね」と言うと、リアは扉を叩いた。
「ユウはどうした? 」
長老の一言目はそれだった。
それには答えず、リアは花を見せた。
「おお、見つかったのか」
長老が目を見開く。
「早く、ミウに」
「分かった。ちょっとここで待っていなさい」
長老はリアの肩を叩くと、家を出て行った。
(このまま帰っちゃおうか)
長老が出ていった扉を見ながら思ったけれど、リアは諦めて座り込んだ。ユウがいない状態なのはすぐにばれることだ。そして、すぐにユウを人間の姿に戻すことはできない。いや、できるかもしれない。起きている時のユウは許してくれないだろうけれど、寝ている時には止めることはできない。けれど、痛みですぐに目は覚めるだろう。その時ユウはどうするだろう。仕方ないと受け入れてくれるのだろうか。結局は自分の覚悟なのかもしれないとリアは思った。
長老はすぐに戻ってきた。
「ユウは? 」
席には座らず立ったままリアの目を見て聞いてくる。
(家の外にいます)
そう言えたらいいのにと思う。もしかしたら長老なら分かってくれるかもしれない。そして一緒に考えてくれるかもしれないとも思う。
でも、化け物だと思われると言われた。
「――ユウはもう少し探してみると言ってました」
口からでたのはそんな言葉だった。受け入れてもらえる自信がなかった。
「一人で置いてきたのか? 」
長老の問いにリアは答えられずに下を向いた。
「そうか――」
長老はため息をついた。
「今日はもう動けないだろう。明日戻って来なければ、探しに行くことも考えなければいかん」
「ユウは戻ってきます」
リアは下を向いたまま答えた。
「そうだといいのじゃが――」
長老の声は憂を帯びていた。
「ユウのことは私からシュウに言おう。リアはもう家に帰りなさい」
「――はい」
後ろめたい思いがありながらも素直に返事をした。
違うんです、そう心の中では呟いていた。けれど、それは声には出せなかった。リアは深く頭を下げると長老の家をあとにした。
『家まで送っていくよ』
ユウの声が頭の中に響く。
「ユウはどうするの? 」
家に帰ることはできないと思う。見えないといっても存在する。触れられることを考えたら人のいるところは不自由だ。
『新しい家に行くさ。ベッドの用意もできてるし丁度いい』
「じゃあ、送っていく」
『それじゃあ、逆だろ』
文句を言うユウの言葉を無視して、リアは新しい家の方へ歩いた。
『おい』
ユウが呼ぶ、それも無視した。
『ホントに、頑固だな』
ユウのため息まで頭に響く。
「だって、心配なんだもの。ただでさえ見えないのに。どこかへ行ってしまいそうで――」
胸がきゅっと痛くなる。ユウがどこかへ行ってしまったら嫌だと思った。見えないのだから探しにいくのも無理だ。
『分かったよ。じゃあ、新しい家まで来たら、本当に帰るんだな』
「うん」
それで安心なわけではないけれど、どこかで線を引かなければいけない。
ただ、歩く速度はどんどん遅くなった。
新しい家が見えたところでリアの足は止まった。ゆっくり歩いてきたせいか辺りは暗くなっていた。
『じゃあ、ここからちゃんと家に帰れよ』
「うん。扉を開けて中に入ったところを見たら」
家の中に入ったことを確認できたら少しは安心かもしれないと思う。
『仕方ないな』
不満そうなユウの声が聞こえた後しばらくして、家の扉が開き閉まった。
「嘘つき」
リアは言うと扉に近づいた。
「そこにいるのはばれてるんだから」
扉の脇にゆらっと揺れるユウの姿が分かる。すごく薄く。
『なんで分かるんだよ。長老は分からなかったのに』
「だから、ちゃんと家の中に入って。扉は私が開けてあげる」
やっぱり、人の姿もなく扉が開いたり閉まったりするのはおかしい。
「明日も私が来るまで勝手に扉を開けちゃだめだからね」
勝手に家から出ないように、ユウに釘をさした。
ユウに家の中へ入るように促し、自分も家の中に入ろうかと思ったけれど、それではユウとの約束を破ることになる。扉をなかなか閉められなかった。そこに小さな火を揺らしながら人が近づいてくるのが見えた。リアの母だった。
「リア、遅いじゃない。何をやっているの? 」
母がランプを持ちながら近づいてくる。
「あ、ちょうど良かった。火種が欲しかったの」
「まだ、何かやるの? 明日にしたら? 」
「あ、うん、それはそうなんだけど、ちょっと待ってて」
リアは家の中に入ると土間の奥の台所に行きローソク立てにローソクを立てて持ってきた。母のランプからローソクに火をつけると、土間の片隅に置いた。
(これで大丈夫)
家の中がうっすらと明るくなる。
「もう、できてるのね」
家の中に入ってきた母が言った。
「うん。明日から私はこっちに住むことにする」
それは、ほんの思いつきだった。
「何言ってるの。あともう少しじゃない。ユウは知ってるの? 」
「ううん。まだ言ってない」
今聞いてると思うけど、どんな顔をしているのかは分からない。
「あなた一人で決めていいことじゃないわ。お父さんとも相談しなきゃ。さっき長老とシュウが来て、神の花のことで相談があるってお父さんも出ていったのよ。今日はもうお父さんと話もできないだろうし、そもそもユウにも言ってないなら、尚更だめでしょ」
(長老が来たんだ)
そこが気になった。
それはきっとユウを探しにいく相談だ。
「とりあえず、もう暗いし帰りましょう」
母が催促する。
「……うん」
(ユウ、おやすみ)
心のなかで呟いて、リアは家の扉を閉めた。
家に帰って食事した後、すぐにベッドに入って寝たふりをしていたのに、帰ってきた父に起こされた。
「長老の話は本当か? 」
ベッドの脇に立ち、父は単刀直入に聞いてきた。
リアは頷くことしかできなかった。
「明後日森に行くことになった。その時は案内してもらうことになるけどいいな? 」
「……うん」
父の言葉に頷く。
「じゃあ、早く休んで、明日はゆっくり休め」
それだけ言うと父は部屋を出ていこうとしたが、扉に手をかけたところで振り返った。
「シュウがリアが無事で良かったと言っていた。森の中から一人で帰らせるようなやつですまないとも。森に入るのが明後日になったのも一日お前を休ませたいからだ。ユウのことがないとは言わないが、花の場所までの道程の確認ということもある。私たちが諦めたことをお前たちはやり遂げたのだから、それは誇らしいことだ。皆お前のことを心配している。じゃあ、おやすみ」
扉を開けて父が出て行く。
「おやすみ」
呟いた言葉が父に届いたかどうかはリアは分からなかった。
(ユウのお父さんが――)
リアは胸が痛くなった。シュウはユウのことを心配しているはずだ。
(ユウも戻ってきたのに)
それを言葉にだすことはできなかった。




