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ヒカリが織りなす透明なキセキ  作者: 蒼りんご
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神の住む森 1

 空が青く澄みわたる中、遥か遠くに見える稜線の上で太陽が輝いていた。緩やかな風は草をなびかせ香りを運んでくる。

 リアはたった今織り終えた布を抱えて村の中を走っていた。リアが住む村は街から遠く離れほとんどが自給自足の生活だった。

 井戸や田や綿花、やぎや羊や鶏などの家畜は村で管理し村人全員で携わっている。野菜は各自で畑を耕し思い思いのものを作り、村の裏を流れる川で魚を取る。川には水車小屋が並んでいて、実を粉にしたり糸を紡いだり編んだり木材の加工をしたり水を組み上げたりと村には欠かせないものだった。

 川を渡ると栗林があり、木を切って木材にしたり枝を集めてマキにしたり秋には実を拾う。川を登った先には竹林があり、春は筍を掘り、硬く伸びた幹はマキにしたり日常で使う道具に加工していた。

 村を挟んだ川の反対側には街へと続く道があり、道の向こう側には神が住むと言われる森が広がっていた。


 リアの目指す先は結婚して住むことになる家だった。

 畑の先に目指す家が見えてきて、リアは思わず口元が緩んだ。脚立の上に腰掛け、窓枠に樹液を塗っている人の姿が見える。

「ユウー」

 リアは大声で呼んでいた。

 あと月が一巡りしたらリアはユウと一緒に暮らすことになっていた。

 遠くからでも分かる日焼けした凛々しい姿に幼い頃から憧れていた。その人と一緒に暮らせるようになるなんて、今でも夢みたいだと思う。


 村では春と秋にお祭りがあった。

 秋はそれぞれの村でお供えをし収穫を祝うものであったけれど、春は少し趣が違う。

 近くの村で持ち回りで開催し、他の村から年頃の者たちを集めた、いわゆる見合いのようなものだった。

 リアは十三歳の時に行われた春祭りで別の村の者に求婚された。その時の祭りはリアの住むこの村で行われたものでリアは対象者ではなかった。結婚は女は十五歳から男は十七歳からが通例だった。友達と遠くから眺めていたに過ぎない。なのに、声がかかったのだ。

 他の村の者からの求婚があればそれを優先させるのが常だ。それは、村の中での血を濃くしないためではあったのだが、既に決まった相手がいる場合のみは例外だった。

 リアは村をでたくなかった。何よりユウに思いを寄せていた。

(どうしよう)

 リアは思わず少し遠くにいたユウを見ると、ユウと目があった。助けてと心の中で思った。その思いが通じたのかはわからないが、「リアは俺の許婚だ」とその時はまだ十五歳だったユウが声をあげたのだ。

 その時だけの偽りでユウが自分を助けてくれただけだとリアは思った。なのに、相手が決まっているのなら早い方がいいと話は着々と進みリアの十五歳の誕生日に式をあげるとことになった。

 ユウには兄がいてその兄が家を継ぐから新しい家を用意しなければいけなかった。古屋を直すことになり、屋根を新しく葺き直し壁も新しく塗り直した。時間はかかったけれど、まるで新しい家のようになった。寝具に必要な干し草や羊毛は用意した。明日からはテーブルなどの家具を作らなければいけない。必要な木は加工してあってあとは木ネジでつなぐだけになっていた。


 リアに気がついたユウは振り向き笑顔になる。

「できたのか? 」

「うん、見て見て」

 リアは手に抱えていた布を広げた。こんなに大きなものを織ったのは初めてだった。

「俺もあと少しだ」

「うん。ベッドにシーツをかけてくるね」

 リアはユウに手を振ると、扉を開けて家の中に入った。しっとりした土の香りがまだ残っている。ユウと一緒に暮らし始めたら花をいっぱい飾って花の匂いがいつもするような家にしたいと思う。

 履物を脱ぎ囲炉裏がある居間を抜けて奥の部屋が寝室になっている。こちらは干した草の香りがした。

 リアは手に抱えていた布を開き、一枚を干し草の上からかけた。もう一枚は袋状になっていて、竹で編んだカゴの中に入っていたふかふかの羊毛を詰め始めた。

 ベッドができてテーブルができればこの家に住み始めることができる。少しづつ夢が現実になる。それを実感していた。

 突然後ろから目隠しするをする人がいた。

「きゃ」

 リアは一瞬びっくりして、でも、すぐにその手を掴んだ。

「もう、ユウったら」

 扉を開ける音にも足音にも気づかなかった。驚かすためにそっと忍び込んできたのだと思う。

「もう少しだね」

 ユウが抱き寄せてきて囁く。

「うん」

 すぐそこにとくんとくんと規則正しく動くユウの心臓の音が聞こえた。心配することなど何もないはずなのに急に不安な気持ちが起こる。この音が止まることのないようにとリアは願った。その時、バキューンと大きな音が遠くから聞こえてきた。


「何? 」

 リアは声がでた。

 聞きなれない音だった。

「何だろう。ちょっと見てくる」

 ユウが立ち上がる。

「私も行く」

 リアはユウの後に付いて行った。


 村の入り口には人だかりができていた。音を聞いて集まってきたのだと思った。

 ヒヒーンと馬の嘶きが聞こえガラガラと馬車の車輪が地をける音がする。遠巻きに人々が囲む中、ユウの父親で村の長であるシュウが走り去る馬車の方を見ていた。

「父さん」

 人垣を抜けユウがシュウに近寄った。

 「ああ、ユウか」

 シュウが落胆した顔を見せる。

「何があったんだ」

 それはたぶん、ここにいる人たちが聞きたかったことだと思った。

 シュウはあたりを見回し、「ああ、大丈夫だ。長老のところに相談に行くから、レンとソウは一緒に来てくれ」と言うと、歩き出す。ざわざわした声の中、レンとソウが顔を見合わせながらシュウの後に付いて行った。

 ユウがシュウに駆け寄り何かを言っていた。質問に答えてくれなかったのだから、納得できないところもあったのだと思う。シュウがユウに何かを言いユウがそこで止まった。そのユウに以前村の長だったカズが近づく、二、三言葉をかわし、カズは振り向くと皆の方を向いた。

「長は長老に相談に行った。その後で集会所で説明する。太鼓を3回鳴らすから聞きたいやつは集まってくれ」

 カズのあげる声にざわざわが消え、皆それぞれに顔を見合わせて思い思いに散っていく。状況を知りたい気持ちはお預けになった。

 とにかく良くない話だろうことだけは分かった。広場にユウとリアだけが取り残された。

 ユウがとぼとぼと向かってくる。戻ろうと視線で示すのでリアはユウの後に従った。


 太鼓の音が鳴ったのは夜の帳が降りてからだった。

「じゃあ、俺が行ってくるよ」

 リアの父が立ち上がる。リアも一緒に行きたいと思ったけれど、暗くなってからの外出はことに女はしないことがよしとされた。どれくらいの人が集まるのかは分からないが、昼間集まった人々が入れるほどの広さも集会所にはない。

 父が出て行った後「早く寝なさい」という母の言葉にリアはとりあえずベッドに入った。胸がざわざわしてなんだか落ち着かない。なかなか寝付けなくて、早く父が帰ってこないかなとリアは思った。

 

 青い空の下、リアは花畑で花を摘んでいた。

 どこからか扉の開らく音がする。どこに扉があるの? と思ってリアは自分が寝ていたことに気づいた。父が帰ってきた音だと思い飛び起きて寝室を出ると、父が驚いた顔をした。

「まだ起きてたのか? 」

「話が聞きたくて」

 もうすぐ親から離れて暮らすことになる。いつまでも子供のままじゃいけない。それだけじゃない。昼間聞こえたあの音は衝撃的だった。何か尋常ではないことが起こったように思えた。

 父がため息をつくと囲炉裏端に座った。

「俺も、誰かに話したかった。今日来たのは薬屋だ。去年のことは覚えてるか? 」

「うん」

 リアは返事しながら父と囲炉裏の角を挟むところに座った。

 年に一度薬を売りに来る人たちがいた。反物や農作物や加工品と薬を交換する。

 その薬は特別な解熱剤で幼い子供が高熱を出した時に用いるものだった。

 去年は出した品物に対してそれだけでは足りないと薬を一つも渡してくれなかった。ならば、物は返してくれとその時の長だったカズは言ったのに、かえってきたのは暴力だった。そのまま品物は持っていかれ、来年出した品物と合わせて薬を売ってやると言われたのだそうだ。その時、カズは大怪我をして長を降りた。代わりに長になったのがユウの父親のシュウだった。

 そもそもその薬というのは神の住む森に生えている花から作るものだった。

 以前は森に入り花を摘んできて乾燥させ粉にしていた。ある時、その薬のことをどこからか聞いたらしい人が来て、薬になる花のある場所を教えろと言ってきたという。神の住む森はこの村の者だけのためではない。皆で利用していた。けれど、その申し出に不穏なものを感じて教えはしなかったのだが、別の村の者たちが花を摘みに行く時に後をつけられ、咲いている花を全て摘まれたということだった。

 自然にある花は全てを採ってはいけない。これは掟だ。次の年には咲かなくなってしまう。

 それから、その売人たちは薬を売りにくるようになった。

 不本意でありながらも、全て採られてしまったものはもう戻せない。値はどんどん釣りあがっていったという。

 父の声に気がついたらしい、母と兄が起きてきて、向かいに座った。さすがに妹は夢の中のようだった。

 皆気になっていたのだとリアは思った。

「去年のことがあったので、今年は出す品物を極端に減らした。あらかじめ倉庫の中のものも少なくしておいた。今までの経緯から去年の分で薬が一回分も出せないのがそもそもおかしな話なんだ。そして、予想通りこれだけでは出せないと言われたということだ。今までは先にこちらで出すものを馬車に積ませていたけれど、今回は見せるだけにした。薬を出せないというのなら、そのままお取り引き願おうと思ったわけだ。ただ、向こうは銃を出してきて撃って脅した。大人しくしろとね。それで、出したものは全部持っていかれた。まるで、というか強盗そのものになったわけだ。そして、可能性として、もうあいつらは薬を持っていないんじゃないかと思えるということだ。全部摘んでしまったわけだ。新たに手に入れる手段がなければ、いつか底をつくだろう」

「じゃあ、これからどうするの? 」

 子供が高熱を出した時、特にスリーズと呼ばれる病では死に至ることも多い。

「神の森へ花を摘みに行こうということになった。全て摘まれた時から数年の間は残っているものがないか見には行ったのだが見つけられなかった。もうだめだと諦めたのだが、そうも言っていられない。もしかしたら、土の中で寝ていたものがあるかもしれない」

「でも、何年も行っていないのなら、どうやって行ったらいいか、もう分からないんじゃないの? 地図があるとは思えないし、道もきっとなくなっているでしょう? 」

 森の中をどうやって薬のある場所までたどり着くのだろうと思う。神の住むと言われる森に大きな道があるとは思えないし、人が常時往来するとも思えない。

「そうだ。風雨に晒されて人が歩いた痕跡を探すことも難しいだろう。ただ、イオニマスの木が目印になっているはずなんだ。森の中で迷ったら生きて出られるか分からない。だから、森の入り口から花のあるところまでイオニマスが3本づつその進路を示すように植えられているんだ」

(イオニマス? )

 イオニマスの木は村と道の境に植えられている木だった。常に緑の葉が茂っていて、薄い黄色で葉が縁取られている。

「それを伝っていくの?」

 イオニマスの木は強く日陰でも枯れないというから選ばれたのかもしれなかった。

「そうだ」

「いつ? 」

「早い方が良いだろうということで明日になった」

「誰が行くの? 」

「シュウとカズと俺だ」

「三人で? 」

 驚いた。人は多い方がいいのではないかと思う。

「森には危険がたくさんある。ふとした気の緩みが何を起こすか分からない。迷ったら最後だ」

(最後? )

 厳しい言葉にリアは言葉を失った。人数が少ないのは犠牲は少ない方が良いということなんだろうかと思った。

「取りに行くのは白く光る花だ。村で必要になった時、探しにいくといつもその花は輝いていた。たった一つの救いと神の花とも呼ばれていた。村で栽培もしてみたが根付くことも種を残すこともなかった。森の中に取りにいくことでしか得られないものなんだ。リア、そんな顔をするな。無理をするつもりはない。ただ、何年もの間、森の中へ入っていないから様子を見てくる意味もあるんだ。今すぐに必要ではないのが幸いだよ。何か問題があれば持ち帰って策を講じる。だから、心配はしなくていい」

 父がぽんと肩を叩いてくる。

「うん」

 幸いだと言った父の言葉にリアはほっと息をついた。持ち帰ってこなくてもいいのだ。

「そのうちユウとリアにも子供ができるだろ? その頃には何も心配がないように。まあ、ユウとリアに限った話ではないが」

 父は笑みをこぼした。

 子供が必ず病にかかるとは限らない。兄は薬に助けられたそうだが、リアはかからなかった。

 森の中に入ることは以前は普通にやってきていたことなのだと思う。

「でも、気をつけてね」

 リアの言葉に父は笑顔で頷いた。 

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