無題
彼女の葬儀は粛々と進められた。通常の儀式を経て、丁重に弔われた。
彼女を乗せた馬車は賊に襲われた後、火をつけられそのまま崖に落とされた。周囲の血痕などの被害状況、なによりも捕らえた実行犯の証言により生存の可能性は否定された。
周囲の人間は何もいわなかった。
パトリックも彼女の父親も、王である僕の父親も、何もいわなかった。
そして、僕も何もいわなかった。
それでも時間は止まることなく、学園の試験・課題や少しずつ与えられた職務で当たり前の生活に戻り、いつの間にか卒業式を迎えていた。
卒業式はつつがなく終わり、ずいぶんと居心地の良かった学園を離れることに寂しさは覚えたが、これから先の将来にその夜は父により盛大なパーティーが開かれた。
学園での実績を認めてくれたのだろうか、この場で正式な後継者として公表するそうだ。
「こわいの?」
僕の差し出した手に触れる手はかすかに震えているのに、この子の瞳はいつだってまっすぐに真実を見ている。
「少しね。でも、僕を支えてくれる人や信じてくれている人の期待に応えたい。その気持ちの方が大きいよ」
「・・・そう、それなら安心ね。この先には貴方とともに歩いてくれる人たちがいるものね」
この子は頷きながらも、いつも心から笑うはずなのにただ口元だけを上げた。
「君は・・・僕の手を取ってもいいのか?」
これは聞いてはいけないことなのかもしれない。
「父や母が貴方のお父様によって退けられたのは知っているわ」
表情も変えずにこの子は答える。誰も口にすることのない言葉をこの子は僕に伝えてくれる。
「つらくないっていったら嘘になる、でも、貴方のお父様はこの国を平和にしてくれた。私の悲しみでそれを奪ってはいけないの。それに貴方はあなたのお父様じゃない」
「貴方だから、この手を取った」
この子の手を引いて会場に入る。
拍手とともに、感嘆の声が漏れる。
前王家の象徴でもあった美しい桃色の髪は、歩くたびにふわりと揺れる。
趣向を凝らしたフロアは、夢の世界のように光に満ちていた。
その中を二人で歩く。
西部にある古くから続く貴族から後ろ盾を得たこの子に以前のような戸惑う様子はない。。
この場には、僕を認めないものだっている。
だがこの子の姿を見てしまえば、言葉を失うことしかできないのだ。
まるでこの国求められているものがそろったようだった。
僕らを見つめる大勢の中に見知った顔を見つける。
いつものようにガバガバと飲んだのだろうかワインを片手に、人懐っこい笑顔を浮かべている。
僕がこの子と一緒にいることを薦めたのはパトリックだ。
貴方じゃないと守れない、そういっていた彼の眼は真剣なものだった。
確かに後ろ盾を得たとしてもこの子の立場は不安定なままだ。この子を排そうとする者もいるだろう、利用しようとする者もいるだろう。パトリックの言っていることは間違っていない。
・・・守れなかった人がいるのに、彼女はお前にとっても大切な人だったろう?
貴方じゃないと守れない、
僕を責めもせず、なぜそういいきれる?
問いかけても、きっと笑顔が返ってくるだけだ。
挨拶周りをしていると、一人の男性が夜景を眺めながらワインを傾けている。空気を吸うようにワインを飲んでいる男性は、あまり彼女に似ていない。傍らには誰もおらず、旅行好きで有名な男性の奥方は、いまだ喪に服しているようだ。
あの子のことが気になって、目線で探してみると、パトリックと一緒にいた。周囲の貴族が彼女に話しかけようと近づいてくるのをうまく遮っている。
なんだかほっとしていると、パトリックが振り返り、気の抜けた笑顔をにへらと浮かべる。
持っているワイングラスにはなみなみとつがれ、少し顔も赤いのに、パトリックはやけに聡い。
僕が男性の方に向かっていると、声をかけるよりも早く目を合わせ、柔和な笑みを浮かべた。
「ウィリ・・・」
「殿下、この度はおめでとうございます」
「いや・・・ありがとう」
僕は何をしに彼の元にきたのだろう、僕は言葉をかける権利すら持っていないはずなのに。固まってしまった僕に、ゆっくりと語りかける。
「そんな顔をしないでください」
「す、すまない」
「今日の主役は殿下でございます。堂々と笑っていてよろしいのですよ」
そういっても難しいかもしれませんね、と続ける彼の表情は優しかった。あぁ、この人も僕を責めないのだ。
「リリアのことは忘れてもらってもいいのです」
その表情のまま告げられた言葉に、胸がえぐられるかのように感じた。
「アレは失敗したのです。貴方の側にいられたことを誇りに思い、幸せをかんじていたのです。・・・もし、想って下さるのであれば、娘は貴方に王になってほしいと願っておりました。私も僭越ながら殿下はよき王になると信じております。そして、どうか殿下も幸せになってほしい」
「さあ、おゆきなさい」
彼の目線は壇上にいる王だった。
王から次期国王として僕の名が呼ばれる。
たくさんの拍手喝采、それに会場にいた全員からの笑顔に迎えられる。
この場に立つことへの重圧がなかったわけではない。不安がないわけでもない。だが、僕一人ではなく、友人や心を預けられる存在がいる。
僕は行かなくてはいけないのだ。
壇上に立ち、いつもより幾分か表情のやわらかい父と頷きあうと、簡単なスピーチを行った。
ありきたりではあるが、僕の誠意を込めた言葉に、会場中の人々が拍手と喝采を送ってくれた。
緊張をしていたのだろう、この様子にうれしさよりも安心が先にきた。
拍手の中、何気なく隣をのぞいて、初めてはっとした。
僕の瞳には誰も映らなかった。
分かっていたはずなのに、
彼女との未来はなくなったのだと、
僕は彼女のために泣くことはないのだと、
もう、彼女はいないのだと