優しい方です。
私の婚約者は、優しい方です。
「パトリックが猫を怖がって、大騒ぎになって」
彼は新しくできた友人がうれしいのだろう、従兄弟の話が多くなった。そうなるように仕組まれているとはいえ、心底うれしそうな彼の話を聞くのは嫌ではなかった。
あれから、何度か私の食事に毒が盛られているが、優秀な部下により何事も起きていない。彼や彼女の周囲も優秀なものが固められている。
私の前に新しい紅茶が用意される。執事長によく似た面影の彼は、お茶を待たせるようなまねも食器の音を鳴らすようなまねもしない。
「卒業式が近いですね」
「ああ、少し寂しい気がするが。僕はこの学園生活で知識や技術よりも大切なものを得ることができたよ」
自分の腕となり足となる人物、背中を預けられる友人、心を支えてくれる特別な人、彼は時期国王として少しずつ力を付けている。
「それはようございました」
それらは確かに用意されたものであり環境であるが、すべては彼自身が選んだものだ。
彼が選ばなければ始まらない、彼に選ばれなければ始まらない。
ただ、私はその選択肢にすらなかった。
互いの親が決めた婚約者という筋書きをなぞるだけ。
「殿下!!」
了解もなしに部屋に飛び込んできたのは、従兄弟だった。
血相を変え、肩で息をしている従兄弟が告げたのは、彼女がさらわれたという内容だった。
「・・・どうやら彼女の秘密がばれてしまったようです」
その言葉に彼はぐっと拳を握りしめる。どうやら彼女の血のことを彼は知らされているようだ。ひどくつらそうな表情の彼を私は横でみていた。
「助け出す。アランとジェラルドを呼べ」
返事をして、再びかけだしていった従兄弟は私の顔を一度も見ることはなかった。まだ大人になりきれない従兄弟を心の中で苦笑する。
運命のような出会いに恋を知った貴方は、一線を越えることなくその思いを口にすることはしなかった。そして、私との対応は誠意ある婚約者であることはずっと変わらなかった。
「すまない、リリア嬢。学友の一人に危険が迫っている。僕は友として、未来の王として彼女を助け出したい」
「どうぞ、お心のままに」
私はもう、彼に伝えるべき言葉すらない。
私が一礼をすると、彼は従兄弟の元へ向かった。
しばらく屋敷があわただしかったが、馬車の出立する音とともにようやく平穏が訪れた。
そこへ、私の部屋に一人の侍女がやってきた。
「リリア様、今すぐ登城せよと王家から使いがきております」
見慣れない侍女が今日のこのときに、私付きになるのも決められたシナリオの一つだ。特に目立つような様子もなく、感情の見えない表情、凛とした佇まいは我が家になじんでいる。
「わかったわ。すぐに用意をなさい」
何の感情も抱かない私の元へプレゼントを持って、定期的に会いに来てくれた。中身のない話にも、笑顔でつきあってくれた。夜会で似合いもしないドレスを着て彼の隣に立っていても、彼は嫌な顔一つしなかった。
必死の捜索により彼女の居所をつかみ、敵のアジトを一掃し彼女を救った彼らに、ハミルトン家の兵が従兄弟の元へ駆け寄る。
「リリア様が・・・」
もし、私がこの家に生まれなければ、彼の笑顔をみることすらかなわなかっただろう。
でも、血しか持たない私は、ここまでのようです。
ウィリアム・ハミルトン公爵が第一子リリア・ハミルトン、
ターナー街道にて賊の襲撃にあい死亡。
私の婚約者は、優しい方です。