お茶の味がわかる人です。
私の婚約者は、お茶の味がわかる人です。
パーティーの翌日、私のもとにワインが届いた。
それから、卒業前で多忙で会いに行けないとかかれた手紙が届き、その手紙から十日後、彼は私の元にやってきた。
「のんでしまったのかい?」
「ええ」
なぜワインなのだろう、と思いはしたもののその日のうちにあけた。
「そうか」
珍しく気の抜けた顔をしている彼。そこでようやく気づく。
「あぁ、失礼をいたしました。程良く濃い色調で、香りは柑橘系の引き締まった・・・」
「いや、そういう訳じゃないんだけど。君が満足してくれたのなら良いよ」
私たちが話している中、私の隣で年の若い執事が紅茶を入れている。カチャリ、陶器の音とともに紅茶の香りが部屋に充満する。
「・・・執事長を呼んできて」
彼は静かに一礼をすると、すぐに年輩の男性を呼んできた。
「今日は紅茶の気分じゃないの。ほら、裏の温室で育ててるハーブを使ったお茶が良いわ」
急な命令にすべてを悟ったように執事長である彼は頷いた。
「かしこまりました」
執事長の指示に従い、若い執事は新しく用意したお茶を入れ直す。
「この家に温室があるのは知らなかったな」
「えぇ、母が南部から持ち帰った花の為に」
先ほどの紅茶の香りを強く華やかな香りが包んでいく。
「これはカミールの花を使っているの?」
「さすが殿下、よくご存じで」
「あぁ、一度商人が持ってきてくれたからね。この香りは忘れられない。・・・そういえば、この花には解毒作用もあるんだって」
「それは存じ上げませんでした」
珍しいお茶に彼も満足そうだ。
「そうだ、リリア嬢。せっかくの天気だ。二人で・・・」
「お久しぶりでございます、殿下」
私と殿下のお茶の席に入り込める人間は数少ない。
「殿下の貴重なお時間を裂いてしまい大変申し訳ありません」
従兄弟のパトリックが彼の前でひざをつく。
「いや、かまわないが」
悲痛な面もちの従兄弟。
「先日の実習で愚かな私のために、その身を呈して私の命を救ってくださった殿下に、忠誠を誓いに参りました」
学園の実技実習で、野犬におそわれていた従兄弟を彼は自身の危険をいとわず助けだしたそうだ。もちろん、私には関係のない話で、知るところはないが。
「殿下に救われた命。殿下のために使わせてください!!」
懸命な言葉に、せっぱ詰まったかのような瞳を向けられて、彼は少し困ったように笑った。
「パトリック、君の忠誠は受け取ろう。僕や我が国のためにつとめてくれ。だが、君の命は君のものだ。命を使うなんてことをいってはいけない」
彼はゆっくりと従兄弟に近づき、ぽんと肩をたたいた。
「君に期待している」
従兄弟はその言葉を目を見開いて聞いていた。しばらく動けなくなっている従兄弟をみて私はいった。
「そうですわ、殿下。このすばらしい日和に、遠乗りはいかがです」
「え」
急な申し出に、彼に戸惑いの色が浮かぶ。
「パトリックも馬が好きなのです。きっと親睦を深めるのによいでしょう」
ちらりと従兄弟をみれば、うれしそうな笑みを浮かばせた。
「それでは殿下、僕がご案内いたします」
そういって、彼と二人で部屋から出ていった。
私は二人を見送ると、部屋の窓を開ける。部屋にこもっていた香りが風に流されていく。
「パトリックには悪いことをしたわ。予定よりずいぶん早くなってしまった」
いつの間にか側に控えていた執事長が答える。
「パトリック様も準備は整っておりました。なにも問題ございません」
「そうね」
従兄弟はその役割故に、私よりも多くのことを詰め込まれてきた。
「一応、私の孫も同行させております故、ご安心ください」
そういいながら、私にハンカチを手渡す。そのハンカチを開くと、中には紅茶の茶葉が入っていた。そっと鼻を寄せると、なじみのある香りに混じってつんとした刺激臭がする。
「申し訳ございません。泳がせすぎたようです。この処分はいかようにも」
「いいえ、感謝しているところよ。貴方の孫は優秀ね」
「貴方が気づいてくださらなければ、あれは命を落とすしか方法がなかった」
彼に紅茶を自然に飲ませないためには、紅茶をこぼす、食器を壊すなど粗相をしなければならない。王族の前でそんなことをしてしまえばどうなるかは明白だ。だからといって、あの場でお茶に毒がはいっています、なんていえるはずがない。
「殿下の御身になにもなくてよかった」
「はい」
「それに、ようやく動き出してくれた。計画は順調よ」
「・・・はい」