ダンスが好きです。
私の婚約者は、ダンスが好きです。
パーティーの最初と最後の曲は私と踊ります。
彼にエスコートされながら、会場の中央で王家の方々と一緒に踊るのです。紳士的にリードする彼の姿に会場中の女性が見とれています。その中に一人、夜の帳でもひときわ輝く美しい髪を持つ少女がいました。
普段ならば、最初のダンスが終われば二人で挨拶に回り、それぞれ数名の方と踊ったり話をして過ごす。そして、最後の曲が流れ始めれば、彼はご丁寧にも私の手を取り、ダンスの申し込みをする。
今日は、最初の曲が終わると彼の友人の一人がそっと彼に耳打ちする。
彼はひどく驚いた顔をして、戸惑うように私をみる。
「私のことでしたらお気になさらずに」
「・・・しかし、」
「ご安心を、今夜は従兄弟のパトリックもおります。殿下はやるべきことをなさってください」
「そうか・・・」
「私は殿下を信頼しております」
未だに躊躇している彼を友人がせかす。
「すまない」
そういって、彼は私に背を向けて走り出す。
謝る必要なんてない。
私は、彼を信頼している。
この国を担うものとして、正しい選択ができると。
「リリア姉さん」
「あら」
振り返れば従兄弟が不敵な笑みを浮かべて後ろに立っていた。
「早いわね」
少し嫌みを込めていうと、彼はゆっくりと私の隣にきた。
「姉さんが飲み過ぎて踊れなくなってないか確認さ」
もっていたグラスをみれば、いつの間にか空になっていた。幾分か酔いが回っているのを感じるが、何の支障もない。
「無様な姿を見せた方が、おもしろい劇になるかしら」
婚約者がパーティの途中で抜け出してしまったのだ。表だって口にするものはいないが、視線を感じずにはいられない。
「おもしろい劇?必要なのは英雄譚。後生まで伝えられる美しい劇さ」
「そうね・・・」
従兄弟は私のからになったグラスを受け取ろうと、顔を寄せる。
「おわったようだ」
その言葉に目線だけ、窓辺に向けると、闇夜の中を男女が走ってくるのが見えた。彼女のドレスは泥で汚れており、いくつか引き裂かれているようだ。そして、彼女の肩には、王家の紋の入った上着がかけられている。
「やはり僕は子供だね。劇は見ている方が楽しい」
「私もそう思っていたけど、やってみれば刺激的で嫌ではないわよ」
ぼろぼろのドレスでは、パーティー会場に戻れないのだろう。
躊躇する二人にかまわず、曲が始まる。
「せっかくの舞台じゃない。練習だと思えばいいわ」
私が手を差し出すと、従兄弟は恭しい礼をしてその手を取る。
きらきらと輝く会場をしばらく二人はみていた。
いくつか言葉を交わすと、ゆっくりと手を取り、つたないながらも楽しそうに踊り始めた。
私のやるべきことは土台の一端だろう。この土台ができあがった後は、彼やこの従兄弟が土台の上に作り上げていくのだろう。
だが、私はなにを作り上げようとしているのか知らない。知る必要がないのだ。
「次は貴方たちの舞台よ」
励ましたつもりでいったはずなのに、なぜか従兄弟はつらそうに顔を下げた。