夢と希望と現実と
「失礼します」
そう挨拶して、俺は兵士のいる詰め所の部屋へと入っていった。
用件は、先日起きた、森でのモンスターとの遭遇についての事情聴取だ。
「よ、まあそこら辺に適当に座ってくれや」
俺にそう言って着席を促したのは、20代後半くらいの兵士だった。
一応未成年への聴取、という事になる。
なので、ギルドのお姉さんが付き添いとして一緒に来てくれている。
「名前はコレナガシン・・レベル1か。お前よく死ななかったなあ」
兵士は俺の冒険者カードをみながら、半ば呆れるように話しだす。
まあ、あれは確かに無謀だったからなあ。
今考えると、すげえ怖いことしてたと思う。
「まあでも、可愛い女の子のピンチに駆けつけるのが男ってもんだよな!」
「ですよね!」
だよなあああ!こいつわかってんじゃん!
で、助けた女の子と仲良くなって、ムフフな関係になるまでがテンプレだ!
あ、今のはエロゲの話な。
「しかし、若いっていいよなあ。もう俺くらいの歳だと、あんな無茶はできんわ」
「そうよね、そこは同意するわ」
兵士と受付のお姉さんがしんみりと話しだす。
すんません、俺本当は40歳なんです。
「そういえばあのエルフの子も必死で君を助けてたみたいだしな。やっぱ若いっていいわ」
すんません、彼女は15ですが僕は40なんです。
趣味はエロゲとアニメなリストラサラリーマンです。
ちょっと色々と恥ずかしくなってきたぞこれ。
40過ぎて、青春やっちゃった奴が目の前にいるんだよ!
早いとこ、本題に入らないと俺がダメージ受けそうだ。
「あの、所で今日は何を話せばいいんでしょうか?」
俺が話題そらしの為にそう切り出すと、兵士は「あ、そうだった」などと言い出す。
こいつ完全に今日の目的忘れてたんじゃねーか。
大丈夫かよ・・・・。
「まあ、軽い話題で君も緊張がほぐれたろう?」
うるせえよ!
若いっていいよね攻撃で余計なダメージ食らっちゃったよ!
「じゃあ、お互い打ち解けた所で聴取に入ろうと思う」
そういって、この若い兵士は紙とペンを手にとった。
「さてと、じゃあ全部吐いて楽になっちゃおうか?」
は?
俺は意味がわからず、思わず受付のお姉さんの方を見た。
「マルセル、いい加減にしなさいよ。早く聴取を始めなさい」
そう言ってお姉さんははぁと溜息をつく。
この若造がなめやがってえええええええ!
こっちが大人しくしてりゃあ調子こきやがって!
よーっし!お前がその気ならこっちにも考えがあるからな!
「よしじゃあ、こっちの質問には正直に答えてくれよ」
「はい、わかりました「おじさん」」
マルセルと呼ばれた若い兵士が「ピシッ」と固まったのがわかったね!
俺は20代後半がおじさんだとは全く思っちゃいない。
けど、気にはなり始めてると思うんだ。
そして実際、こいつはかなり気にしてたんだと思う。
ちょっと顔が引きつってるもん。
今後全部おじさんで受け答えするからな俺は!
「じゃ、じゃあ最初の質問。君はなぜあの森にいたんだ?」
森のGランクハンターを目指していたからです。
と、答えるわけにはいかなかった。
なので正直に生活の為です、と答えたよ。
「では、ユーディ・ビッケンバーグが助けを求めてきたのは、森のどちらがわからだった?」
ユーディ・ビッケンバーグってのは、あのエルフの女の子だ。
「川方面からです「おじさん」」
ちゃんとおじさんを強調して答えてやったぜ。
おーおー、マルセルの野郎、超引きつった顔してやがる。
隣のお姉さんを見ると、口に手をあてながら笑いを堪えていた。
そしてマルセルの奴、顔を真赤にしてる。
ははーん、あれだ。
マルセルは、受付のお姉さんのことが好きなんだなこれは。
わかるぜ。お姉さん美人だもんな。性格もいいし。
俺にマウントして、往復ビンタするような女だけどな。
まあ、同じ男として、これ以上好きな女の前で恥をかかせるのは止めとこう。
「じゃ、じゃあ次の質問。君は、川のそばで2人と出会ったが、その時の状況を教えて欲しい」
「え?」と俺は質問を聞き返してしまった。
二人じゃくて3人だぞ。ちゃんと調書とってんのかよこいつ。
「いえ、二人じゃなく三人の間違いではありませんか?」
俺は川の方から助けを求める声が聞こえてきた時、あの死んでしまった男と、真っ先に逃げた男、そしてエルフの女の子ユーディの三人を間違いなく見ている。
「いや二人だ。後の一人は、川を渡る前の森で、仲間をモンスターから逃がそうとしてはぐれてしまっている。幸い、自分の街まで戻れたようだがな」
「ちょっと待ってください!間違いなくあの場には三人いたんですって!」
どうなってんだこれ?あの自分だけ先に逃げたへたれ野郎が仲間を逃がすためにはぐれただって?しかも川を渡る前?
「現に、ユーディ・ビッケンバーグもそう証言している」
はあああ!?
待て待て待て待て!
あの場にはユーディもいて、あいつが逃げるのを見てるんだ。
そんな証言をするわけないだろう!
俺はわけがわからずに、もう一度兵士に事実確認をしようとした。
「マルセル、彼は戦闘の時に頭を強く打ったみたいなの。記憶の混乱も多少見られるわ」
すると、俺を遮るようにお姉さんがマルセルに俺の状況を説明する。
いやいや、俺は頭なんか全く打ってないよ!?
俺は今でもあの時のやりとりを覚えている。
ユーディがあいつを助けた時、真っ先に逃げ出したからな。
これは明らかに何かがおかしい。
もしかして・・・だけど。
俺はちょっとこの状況を考えてみることにした。
出来れば、これはあまり考えたくないんだけど。
もしかしたら、政治的な圧力がかかっているのかもと思う。
あいつはどっかの有力者の子供か何かなんだ。
で、仲間を見捨てて真っ先に逃げ出した等という評判が立ってしまうのは困る。
なので、仲間を助けようとして、はぐれてしまったというストーリーを作った。
そんな所じゃないだろうか?
ほら、TVドラマなんかでもよくあるじゃん。
有力者の子供の犯罪をもみ消すストーリーとか。
だったら、ここで俺が意地になって、あいつの存在を主張するのはあまり得策とは言えないかもしれない。
へたしたら、俺が消されてしまう可能性がある。
何しろファンタジー世界だからな。
「そういえば、あの時頭を強く打ってしまって・・・」
なので、俺はこの流れに逆らわない事にした。
現に、兵士もお姉さんもほっとした顔をしている。
「すみません、ちょっと記憶に自信がないです」
「ああ、良いんだ良いんだ。三日も寝込んでたしな」
こいつほっとしすぎだろ。あからさまに顔に出てるぜ。
そして、その後の質問にも、俺は適当に答えていった。
頭を打った事になってるので、正確じゃなくても問題ないはずだ。
この聴取は、事実を知ることが目的じゃない。
あのへたれ野郎が
「あの場に居なかった事」
を唯一の事実にしてしまうのが目的だろう。
なので俺の対応は間違っていないと思う。
その事が確認できると、案の定、俺への聴取は終了した。
死んでしまった奴の事なんか聞かれもしなかった。
この兵士、もうちょっと工夫しないとばればれだぜ・・。
そして俺は、俺が泊まってる部屋に戻ってきた。
受付のお姉さんも一緒だ。
そうそう、この人「ティルデ」さんと言うらしい。
名前も聞いてなかったよ。俺も大概失礼だよな。
この人が宿まで付いてきたのは、何もあっはんうっふんなことをやるためでは断じて無い。いや、なったらなったで嬉しいよ?脱童貞をこんな美人で・・・。
「シン様」
「はいすみません!」
「?」
そんな事を考えてる途中で声を掛けられたもんで、めっちゃ慌てちゃった!
どうしよう!俺、変なやつじゃん!
しかし、テンパる俺をよそに、ティルデさんは俺に話しかけてくる。
「シン様、あなたは聡い方です。なので、これは例えばの話としてお聞き下さい」
「・・・はい」
たぶん、さっきのやり取りについてだろうと思う。
目がマジだもん。
「この世には、どんな正義を掲げても、どうにもならない事があります」
知ってるよ。だって俺、40年間生きて来たんだぜ?
いくら正しい事や事実を訴えた所で、どうにもならない事、多いよ。
「なので、逆らってはいけない流れには出来るだけ乗るようにして下さい」
よろしいですか?と念を押して話してくる。
これは彼女なりの俺への優しさと警告なんだろう。
若い、世間を知らない15歳の俺へのね。
まあ、実際この世界のことを全くわかってないからな。
歳は40歳だけどな。
「・・・わかりました」
話はそれだけで済んだ。
まあ、俺もすんなり受け入れたよ。
ティルデも、さっきの俺の反応、つまり、あれだけ3人いた事を主張してたのに、途中でころっと意見を引っ込めた事、そんな俺の反応をみて、俺が事情を察したことを見抜いてるんだろう。
あの兵士のほうはわからんけどね。
あー、それにしてもやっぱりゲームとは違うな。
ゲームだったら、時の権力に逆らう何かを探して旅に出たり、仲間と権力打倒に向けて立ち上がる所なんだけどね。
今の俺には、仲間も力も金も無い。
この前までは、夢と希望にも溢れていたけど、さっき現実見せられちゃったからな。
はぁぁぁぁぁぁぁ・・・。
俺はこの世界に来てから、一番大きなため息をついていた。