現れた救世主
聞き覚えのある鳴き声に俺が恐る恐る振り返ると、そこには見た事のある風貌の猫がいた。
雲のように真っ白でキュート【飼い主談】、そして虹色のお手製の首輪をはめた心優しいネコ【飼い主談】シロちゃんだった!
あくまでも飼い主談であって俺は認めていないがな!
それはともかく。
「ええ!なんでシロちゃんがここに!?」
俺は思わず叫んでしまった。
言っとくけど嬉しさからではないぞ。あの時の恐怖が蘇ってきたからだ。
この猫、俺の事を思い切り引っかきやがって・・・。
いやいや、そんな事はどうでもよくて、なんでここにシロちゃんがいるの!?
「なんだコレナガ、この猫知ってるのか?」
「え?ええ、まあ。以前、ギルドの依頼で知り合いになったネコと言いますか・・・」
猫と知り合いってのも変な表現だな。しかし別に間違ってはいないか。
そして、俺の返答を聞くと同時くらいに、おっさんはシロちゃんに手を伸ばした。
「なんだ、ちょっとでぶってるが愛嬌ある猫じゃねーか」
「なーお」
「あ!ウルバノさんちょっとまっ・・・」
俺は咄嗟にウルバノさんの手を引っ込めさせようとした。したんだが・・・。
「フギャー!シャー!バシッ!」
「いってええええええええええええっ!」
ああ、遅かった・・・。
シロちゃんは、遠くで見てる分には愛想も良くかわいらしいネコなんだが、さわったりしようとすると、突然牙をむいてくる、そりゃあやっかいな猫なんだ。
ウルバノのおっさんも例に漏れず、シロちゃんから思い切り引っかかれて、涙目で手を押さえている。
「あらあらあら、まあまあまあ。シロちゃんダメじゃない、めっ」
おっさんがひっかかれたところを涙目でふーふーしていると、何やらおっとりしたかんじの女性の声が聞こえて来た。
声が聞こえた方を振り返ると、子供を連れた、これまたさっきの3人のおばさん達に引けを取らない上品そうな女の人が子供を連れて入店していた。
「あー!お兄ちゃんだー!」
「エミリアちゃん!?」
お兄ちゃんと叫びながら俺に抱きついてきたのは、以前、シロちゃん探しを依頼してきた女の子だった。
という事は、一緒にいるこの女性は・・・。
「あらあら、ではあなたが以前娘の依頼を受けてくださった冒険者さんですの?」
「え?あ、はい!」
「初めまして、私、エミリアの母「クリスティーナ・ランジェス」ですわ。よろしくお願いしますね」
やっぱりエミリアちゃんのお母さまでしたか・・・。
「は、初めまして!シン・コレナガと申します!」
エミリアちゃん、将来かなり有望そうな可愛い女の子だったからある程度は予想も出来たけど、お母さんはこれまた超がつくような美人さんだ。
あー緊張するわー。
「以前は娘がお世話になりました。シロちゃんいなくなって、毎日泣いていたんですのよ」
「いえいえ、すぐに見つかって良かったですよ」
「お兄ちゃんありがとねー!」
依頼を受けた時は、なんで俺がこんな事・・・とか思ったもんだけど、こんなに喜んでくれるなら結果としては受けてよかった。
俺は引っかかれたり噛まれたりと散々だったけどな。
「えっと、それで今日はどうされたんですか?あ、もしかしてまた何か依頼でも?」
もしかして飼ってる別のペットが逃げ出したとか?
まあ、店の方も忙しさのピークは過ぎたし、空き時間を使った捜索くらいなら出来るかもな。
「いえいえ、そうではありませんのよ」
あれ?違ったのか。じゃあなんだろう?
もしかしてわざわざお礼に来てくれたの?
「実は、スタンドプレートをここで購入しようかと思いまして」
「・・・・・・・」
「あの、コレナガさん?」
「はっ!すみません、ちょっと意識が別の次元に飛んでました!」
「?」
おい、スタンドプレート買うって言ったのこの人!?
俺の聞き間違えじゃない?
俺は思わずおっさんの方を見た。
どうやら聞き間違えじゃないらしい。
ウルバノのおっさんも目をこれでもかと言うほど見開いて俺を見ている。
「あの、コレナガさん?」
「はっ!重ね重ね申し訳ない!あの、注文が入ってびっくりしているというか何と言うか・・・」
「以前、家にもこのお店のチラシが入ってましたの。それで店名を見たら、以前娘がお世話になった方がいらっしゃるお店と同じ名前だったので、もしかしたらと思いまして」
ああなるほど!
俺さ、クエストを受注した時、受注者の詳細欄にアスタリータ商店の名前書いてたんだよね。
何かのせんでんになるかなーって思ってさ。
まさかこんな事になるとは思ってなかったけどな。
「そうだったんですか、ありがとうございます!なにぶん高価な商品ですので、買って下さる方がおられるか不安だったんですよ」
「あら、あまり売れ行きはよろしくありませんの?」
「と言いますか、ランジェスさんがプレートを購入された初めてのお客様でして・・・」
「まあ!」
俺がそう伝えると、エミリアちゃんのお母さんは嬉しそうに顔を輝かせた。
「あ、ごめんなさいね。喜んでいい事でないのはわかっているのですが、私が一番乗りと聞いて嬉しくなっちゃって」
か、可愛すぎるだろこの人・・・。
さっきのおばさん達とは大違いだよ・・・。
あれ?そういえばさっきのおばさん達、やけに大人しいんだけど・・・。
「あ、あの失礼します!」
そんな事を考えていると、さっきおばさん達の中のリーダー格みたいな奴が、エミリアちゃんのお母さんに声を掛けていた。
「あら?フローラさんじゃありませんか。それにヘレーネさんとイボンヌさんも。フローラさん達もお買い物ですか?」
「え?ええまあ・・・」
あのおばさんフローラって言うのか。全然似合わねえ・・・。
「それよりもですね、クリスティーナさんはこちらの店員とお知り合いで?」
「そうなんですの。実はこの方、我が家の大切なシロちゃんが行方不明になった時、探し出してくださった恩人なんですよ」
「そ、そうでしたか・・・」
俺達を相手にしていた時とは違い、段々と顔色が悪くなっていくおばさん達。
一体何が起こっているんだこれ・・・。
「店員さん!わ、私もプレートを購入しますわ!」
「は?」
え、何?買うって言ったのこの人?
「ずるいですわフローラさん!私も購入します!」
「わ、私もです!」
フローラのおばさんに続いて、ヘレーネとイボンヌも立て続けに購入を表明し始めた。
一体どうなってんの!?
「あらあらあら。でも注文は私が一番先ですからね、コレナガさん」
「は?あ、はい!」
なんかよくわからんけど、買ってくれると言うのは大歓迎だ!
この最終局面のギリギリの所でノルマ達成だぜ!
「えーでは、商品は取り寄せという形になりますので・・・」
俺は一通りの購入手順を、全員に説明していった。
で、それでOKと言われたので、ウルバノのおっさんに手続きをしてもらっている。
「それでは、スタンドプレートは200マンフォルンとなります」
「では、それを3台・・・いえ応接室にも欲しいから4台・・・あ、使用人室にも1台欲しいわね。全部で5台頂けるかしら?」
「ご、5台ですか?1000万フォルンになりますが・・・」
「前払いでしたわね。ベルナルドさん」
エミリアちゃんのお母さんがそういうと、どこからともなく執事風の男性が現れた。
「奥様、お呼びでしょうか?」
「スタンドプレートの代金をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
ベルナルドと呼ばれた人はいったん外に出ていくと、もう一人の男と一緒にスーツケースのような物を抱えながら店に戻って来た。
「1000マンフォルンです。どうぞご確認ください」
ウルバノさんが恐る恐るケースを開けると、見たことも無いようなフォルンの束が入っていた。
なんじゃこりゃ・・・。
こんな金額ぽんと用意できるとか、エミリアちゃん家どうなってんの?
結局店では数えるのは危ないので、アスタリータ家で執事さんと一緒にお金を数え、スタンドプレートの売買が成立した。
あ、フローラのおばさん達は、今日は「下見」に来ただけだから、明日お金を持参して買いに来るって言ってた。
エミリアちゃんのお母さんが来て、俺と知り合いだってわかった途端、態度が急変したんだよなあ。
あれだけ「潰れかけの店」とか馬鹿にしてたくせに、帰り際には「今後もよろしくお願いいたしますわ」とか言ってやがった。
エミリアちゃん家とあのおばさん達って、いったいどういう関係性何だろうか?
後でフィリッポさん辺りに聞いてみることにしよう。
1000万フォルンをポンと出せるような家柄なら、商会の人達の間では有名かもしれないしな。
まあそれはともかく!
これでサランドラから課されたノルマは達成だ!やったぜ!