ぐふうううううっ!
「でねー、リーノは私よりたくさんのイノシシを捕まえたんですよー」
「まあ。昔からやってるから出来て当たり前だ」
ロザリアがリーノを誉め、リーノは謙遜の言葉を言う。
だけど、謙遜しながらも、鼻は際限なく高くなっているように見えるのは、俺の気のせいじゃないだろう。
だって、時折俺の方を見ては「どうだ!」と言わんばかりの表情を見せるからな。
あーうぜえ。
まあ、それにしても、せっかくウルバノさんがイノシシの焼肉をしてくれるっていうのに、リーノのせいで、なんかあんまり肉の味がしねえ。
昨日から密かに楽しみにしていたのに・・・。
「おじさん!これめちゃくちゃ美味しいよ!なんで!?なんで!?」
逆にユリアーナは、美味しいイノシシ肉を食べて、大変ご満悦のようだ。
さっきから「美味しい」と「なんで?」を連発している。
ウルバノさんもユリアーナの素直な感想に満更でもないらしく、この地方で採れる香草、つまりハーブが鍵になっている事を、機嫌よく説明している。
そしてエレオノーレさんは、ウルバノさんの説明を結構真剣に聞いていた。
料理の参考にでもするのかもな。
こうして考えると、俺だけじゃん!イマイチ素直に楽しめてないの!
なんだよもー!
「それにしても・・・」
俺は屋台を見ながら、ウルバノさんがイノシシの肉を焼いている様子を思い出していた。
なんかさ、屋台で焼きそばとかを買った事のある奴はわかると思うんだけど、目の前で焼かれると、視覚と嗅覚、そして聴覚も刺激されて、ホント見てるだけでよだれがでそうな気分になるんだよな。
そして焼かれた肉を、屋台の目の前に置いた簡易テーブルに並べてその場で食べてたんだ。
今日みたいに、リーノから変にライバル心を持たれて、俺が変に意識したりしなければ、そりゃあこんな環境で食う焼肉なんか、まずいわけがない。
そう考えると、この屋台がほとんど使われずに倉庫の肥やしになっちゃうのは、ホントもったいないよな。
でも、どう考えても、こいつを使えるような余裕はない。
店の要であるおじさんが屋台に付きっきりになったりしたら、人手不足になってしまう。
もったいないけど仕方ないよな・・・。
「おい聞いてんのか!?」
突然リーノの大きな声が耳に飛び込んできて、飛び上がりそうになった。
「え!?何!?」
「何?じゃねーよ。あんた歳幾つだ?ってさっきから聞いてんのに」
あれ?全然聞こえてなかった。
自分の思考の中に完全に潜り込んでたわ。
「えっと、僕の年齢でしたか?」
「そうだよ。俺は21歳だあんたは?」
こいつ21かよ。21ならもっと大人の振る舞いしてくれよ・・・。
とか一瞬思ったけど、俺の21の頃よりましかも・・・。
「えっと、今19です。もうすぐ20歳ですね」
本当は日本で40年異世界で5年の45だけどな。
「本当はおじさんだけどね(ぼそっ)」
「そうそう、合わせると、よんじゅ・・・って、誰がおじさんですか(ぼそっ)」
俺の返答を聞いたユリアーナがこそっと俺に話しかける。
つーか誰がおじさんじゃ!
「は?なんだお前年下かよ。これからはちゃんと「さん付け」で呼べよ」
うわあ、いるよなこういう奴。
つーか、たった1つしか違わねーじゃねーか。
大人になったらな、1歳違いくらい大した差じゃねーんだよ。
「で、お前、イノシシ狩りの経験は?」
「へ?イノシシですか?いえ、ありませんけど・・・」
「お前、そんな事も出来ないでアスタリータ商店を手伝ってんの?おいロザリア、こいつ大丈夫かよ」
あーもう面倒くさい。
俺を下げることで、相対的に自分上げをやっているんだろうけど、たぶんロザリアには通じねーぞそれ。
「もう!リーノったら、なんでコレナガさんに何回も突っかかるのよ!」
「いやだって、こいつ、イノシシも捕れないんだぜ?情けねーだろ!」
「仕方ないじゃない!私達みたいにずっと狩りをしてるわけじゃないんだから!」
うわー、二人で喧嘩をはじめちゃったぜ。
つーか、他人を貶めて自分を上げるやり方なんて、ロザリアの性格からして、受け付けるわけねーだろうが。
それにしても、ウルバノさんもソニアさんも全然止めようとしないんだよ。
もしかしてこの喧嘩は、日常茶飯事なのか?
いやでも、俺が原因で喧嘩になってるのはなんか嫌だ。
「いやー、それにしてもリーノさんもイノシシ狩りが得意だったなんて。ロザリアさんと二人で狩りに行ったら、怖いもの無しなんじゃないですか?」
「・・・ん!?あ、そ、そうだな。確かに俺とロザリアの二人ならイノシシくらい楽勝だぜ」
「いやあ、さすが幼い頃からずっと一緒なだけありますね!」
「わかるか!?ま、俺達が狩りに出れば、手ぶらって事はまず無いな」
ロザリアの方はむっとした顔のままだが、リーノはたちまちご機嫌になった。
「これから面白くなりそうだったのに~」
喧嘩が一旦静まったところで、ユリアーナがそんな恐ろしい事を俺に言ってくる。
「勘弁してくださいよ・・・。ただでさえ面倒臭かったのに」
アスタリータ商店のリニューアルまで時間も無いし、余計なごたごたはごめんだぜ。
そしてその後、いつものように店の後片付けを夕方まで行ってから、俺達は夕食についた。
「お前、タダメシ食って帰る気か?」と、ウルバノさんに無理やり手伝わされたリーノと共に。
お昼は焼肉だったので、晩御飯はスープと野菜がメインのあっさりしたものだった。
まあでもリーノの奴、思い切りアスタリータ家に馴染んでいる所を見ると、こちらが見ているより、ウルバノさんとも仲は良いのだろう。
そんな中、俺みたいな知らない男がロザリアに近づいたら、そりゃあ威嚇したくもなるかもなあ。
「コレナガさん」
食後のお茶を頂きながらそんな事を考えていると、エレオノーレさんが話しかけて来た。
「なんです?」
「そろそろ言わなくて良いのですか?」
「?」
言う?言うって何を?一体エレオノーレさんは何のことを言っているのだろう?
「えっと・・・?」
「あの、昼間随分と考え込んでおられたのは、屋台の事なのでしょう?」
いや、屋台の事は考えていたけど、誰に何かを言う事があったっけ?
わざわざ「その屋台は使えないですね」とか言う必要も無いし・・・。
「ねえエレオノーレ、シンちゃんもしかして何も考えて無いんじゃないの?」
「え?でも、昼間あんなに悩んでいらっしゃったし・・・」
「いやあ、昼間考えてたのは、リーノとロザリアの事が8割じゃない?」
えっと、この二人は一体何を言っているんだ?
「あの、申し訳ないのですが、ちょっと話が見えないんですけど・・・」
「ほらー!」
そう言うユリアーナに、思い切り気まずそうな表情をエレオノーレさんは見せる。
「えっと、本当にわからないのですが・・・」
俺のその言葉を聞いて、ユリアーナが説明体制に入った。
「あのね、昼間、私とエレオノーレで話してたのよ」
「話ですか?」
ユリアーナとエレオノーレさんが話していた内容は、屋台のアスタリータ商店での扱い方についてだったようだ。
最初、屋台を使う案が二人の間でも出ていたようなんだけど、どう考えてもウルバノさんに抜けられるときつい。
だったら
「昼の間1時間くらいだけ出してはどうだろう?」
そういう結論に達したようだった。
なるほど・・・。ごはん時をピンポイントに狙って屋台を出すのか・・・。
確かにこれなら、ウルバノさんを長時間取られることも無い・・・。
「これ、いい考えですよ!」
「あ、ありがとうございます・・・」
エレオノーレさんが、少し照れながら言葉を返してきた。
イノシシは、リーノとも交渉してロザリアと二人で行ってもらえれば、イノシシの捕獲確率も格段に上がるし、何よりも店の目玉になる。
これ、二人で考えたの?すげえよ!
実は最初は、俺に話を持って行こうとしたらしいが、昼間俺が屋台を見ながらずっと考え込んでたんで、てっきりその結論に達しているか、もっと良い方法を俺が思いついてるかもしれないと思って黙ってたんだって。
サーセン!全然思ってもいませんでした!
「あの、すみません、全然思いつきもしませんでした・・・」
「いえ、コレナガさんには今までも凄く助けてもらってますし、たまには私達だって・・・」
ううっ、慰められると余計惨めになるな・・・。
「あんなに真剣な顔して、ダメなパターン考えてたのかー。ある意味凄いねシンちゃん」
「ぐふううううううううっ!」
「ちょっとユリアーナ!」
「えーだってさー、そんな後ろ向きな事を真剣に考えても得るものなんて無くない?」
「ぶほおおおおおおおおっ!」
「ああああ、コレナガさんしっかりして!」
「シンちゃんごめーん!ついうっかり本音が・・・」
「ちょっとユリアーナ!」
「あううう・・・」
「いえいえ、いいんですよ・・・」
ユリアーナの、ハートをえぐる様な天然の言葉攻撃で、すっかりぼろぼろになってしまったぜ・・・。
俺の案件なんて、誰かが考えた事のコピーでしか無いよどうせ。
「ホント、なんであんなに長時間、無駄な事を考えてたんでしょうね僕は・・・ははは」
もうやだ、帰りたい!
「ごめん下さい!」
俺が勝手にへこんでいると、アスタリータ家の玄関から声が聞こえて来た。
「はーい」
その声に反応して、ロザリアが玄関へと走っていった。
「こんな時間に一体どなたでしょうね?」
エレオノーレさんの言葉に、ウルバノさんもわからんと答える。
しばらくすると、「どたどたどた!」という廊下を走る音と共にロザリアが部屋に駆け込んできた。
「お、お父さん!コレナガさん!フィリッポさん、サランドラ商会のフィリッポさんが!」
だらだらに緩み切ってたアスタリータ家の空気が、一瞬で凍るような音が聞こえた気がした。