3人の迷子達
「ホント勘弁してくださいよ・・・」
俺は心底うんざりしていたので、素直にユリアーナにそう言った。
「いやあ、こんなはずじゃなかったんだけどなあ」
「私は最初から嫌な予感がしてましたけどね」
エレオノーレさんも俺に同調する。
「えー!じゃあなんで言わなかったのよ!」
「言ってもあなたは聞かないでしょ」
さっきからずっと不毛なやり取りが続いている。
実を言うと、グリーンヒル近郊であろう森の中で、迷子になってしまったんだ。
昨日、俺達は北リップシュタートを出発した。
目的は「ティルデ・エーベルト」の捜索だ。
その為に、とりあえずフォレスタ王国を調査する事にしたんだ。
で、とりあえず一番近い街「グリーンヒル」を目指すことになった。
北リップシュタートからの出発の際には、ちょっとしたサプライズがあったんだ。
つい先日、ユリアーナが、自分のユニットをしばらくお休みするという事で、記念演奏会がリバーランドで行われた。
俺も誘われたんだが、リバーランドへ行くって事になんか抵抗感があって、結局は行かなかった。
楽しい思い出もたくさんある街だけど、まあ、最後にあんな事があった後じゃね・・・。
で、演奏会から戻ってきたユリアーナから、リバーランドで伝言を預かってきたと言われたんだ。
伝言の主は、なんと「フェルテン」と「ルーカス」の二人からだった!
「えっと、ユリアーナはお二人と知り合いだったんですか?」
そりゃあびっくりしたよ。
だって、以前フェルテンと演奏会に行ったときは、全くそんな素振りをみせなかったもん。
「違うよー。その伝言、ベアトリクスが二人から預かったんだって」
「え!?ベアトリクスって、ヴァンデルフェラーの?」
「そうだよ」
ええ!?一体どうなってんの?
「じゃあ伝言を伝えるよ?」
俺が何が何だかわからないまま混乱していると、ユリアーナは勝手に伝言内容を言い出したので、俺は慌ててユリアーナの言葉に集中した。
「シン!著作権と特許のシステムの事は僕らがきちんとやっている。君が戻ってくる頃には、リバーランド中にこのシステムを浸透させておくから驚くなよ?フォレスタは過ごしやすい気候だと聞いているから、あまり心配はしていないよ。それじゃあまた今度会おう!」
ユリアーナは「はい、これで全部」と言って、俺の言葉を待っている。
「いや、えっと、これだけですか?」
「ええー!めっちゃ良い送る言葉じゃん!何が不満なのよ~」
「い、いえ、そうではなくてですね、僕が突然失踪してしまった事なんかが、全く触れられていないものですから・・・」
俺がハイランドからのスパイ容疑で連行されているもんだから、彼らにどう思われているのかは、実はかなり気がかりだったんだよね。
けど、今の伝言を聞く限り、全くその事には触れられていない・・・。
「ああ、それはね、ベアトリクスが「シン・コレナガは、彼じゃないと解決できない事案が北リップシュタートで発生したので、急遽転勤になった」って説明してるからだよ」
「え!?」
「一応、あの人なりにシンちゃんの今後の事も考えてくれてるんじゃない?と言うか、今回の演奏会に、シンちゃんも一緒に来るものだと思ってたみたいよ」
「そう・・・ですか・・・」
そんな事を言われても、どう反応していいかわかんねーよ。
あの日、ベアトリクスから尋問された事へのショックは、正直今でも引きずっている。
そして、俺を見るあの目の冷たさも忘れていない。
「伝言ありがとうございますユリアーナ。えっと澤田さん、ベアトリクスに会う機会はありますか?」
「俺か?まあ、リバーランドへ行く事はあるから、何か伝言があるなら伝えとくぜ」
「すみません、ではこう伝えてもらえますか?「お心遣い感謝します」と。それと、私の同僚達には「また会えた時は食事でも行きましょう!お礼とお詫びに奢りますよ」とお願いします」
「了解だ」
確かに自分の中にあるわだかまりは解消されていないけど、とりあえずお礼は言っておこう。うん。
それにしてもフェルテンとルーカスは元気にやっているらしい。
俺は途中で抜けることになっちゃったけど、あの二人が頑張ってくれるなら安心だ。
こうして予定外のハプニングもあったが、俺達はフォレスタ王国のグリーンヒルを目指して出発した。
アンネローゼにはわんわん泣かれたが
「マザープレートで通話も出来ますからね?大丈夫ですよ?出来なくても、メール送りますし。ね?」
と言って、なんとか宥めたりした。
まあ、フォレスタには魔力ネットワークなんか無いので、通話なんかできないんだけど。
だってそうでも言わないと、泣き止まなかったんだもん!
グリーンヒルまでの護衛の仕事とか冒険者ギルドに依頼されてないか一応見てみたんだけど、そんなにうまい話しは無かった。
実は最近、再び冒険者ギルドに顔を出すようになったんだ。
すっかり忘れてたけどさ、俺の最初の目的って、冒険者になる事だったんだよな。
久々にプロフィールを開いた時の、ぴっかぴかのレベル1の表示に眩暈がしそうになった。
そして、それを見たユリアーナに笑われてしまった。
「私、レベル1の適格者候補の人始めて見たかも・・・ぷぷっ!」
くっ!実際にレベル1なので、何の言い訳も出来ないのが悔しい・・・。
まあ、そんなこんなで北リップシュタートを出てから二日目。俺達は迷子になっていた。
街道を歩くだけの簡単なお仕事のはずなのになぜ迷子になったのか。
すべての原因は、俺の前を歩いているローフェルの女魔法使いにあった。
「近道ですか?」
グリーンヒルまでの街道を歩いていると、ユリアーナから近道をしようと提案があった。
このまま街道を歩くと後二日はかかる距離を、一日に短縮できるらしい。
「うーん、ですが、特に急ぎの用でもありませんし、このまま街道を歩いてもいいのでは?」
実際、グリーンヒルに着くことが目的ではなく、ティルデ捜索がメインだしな。
なので俺は、ユリアーナにそう伝えた。
「甘い!シンちゃんは甘すぎる!時は金なり!シンちゃんが居た日本の言葉でしょ!?」
だから、なんでこいつはこんなに日本に詳しいんだよ。
結局ユリアーナの勢いに押され、俺達は彼女の誘導に従って、近道である森の中へと入っていった。
そして今、誰がどう見ても立派な迷子と化したわけである。
「まあ、ユリアーナの言う事だから、あまりあてにはしてませんでしたけどね」
エレオノーレさんの言葉に「うっ」と言いながら明後日の方を向くユリアーナ。
「僕は少しは期待していましたよ」
「・・・シンちゃん・・・」
「けど、今はそのわずかな信頼もマイナスにまで急降下しましたが」
そーっと目線を俺から外すユリアーナ。
「まあ、それはともかく、リバーランドと国境を共有するグリーンヒル郊外だけあって、食料と水の確保は可能なのが不幸中の幸いね。コレナガさんのおかげで夕食も確保できましたし」
そう言ってエレオノーレさんは、俺がさきほど捕獲した野ウサギの肉を焼いている所だった。
「そ、そういえばシンちゃんの狩りの腕前を始めて見たけど、凄いもんだねー!私、感心しちゃった!」
「そうですね、ロックストーンでは毎週狩りをやっていましたからね。まさかこんな所でお披露目できるとは思ってもみませんでしたけどね」
そう言ってにこっと笑うと、再び目線を明後日の方へ向けるユリアーナ。
まあ、魔法使いのユリアーナと剣士のエレオノーレさん、それに狩りが得意な俺が居れば、当分の間食うに困ることも危険に晒されることも無いだろう。
それにエレオノーレさんに言わせれば、さっき発見した川を上るか下りるかすれば、どっちにしろ街道にはもどれるらしいので、それほど緊迫した事態では無かった。
なので、そろそろユリアーナをいじるのはやめようかと思っていた矢先だった。
「シンちゃん!今の音聞こえた!?」
「はい、何かこう、地響きのような・・・」
そう、急に「ドドドド」という音が一瞬聞こえたんだ。
その音が遠くなったかと思うと、再び大きくなって聞こえてきた。
そしてなんか近づいてきてる気がするんですけど!
「なんか、こちらに段々と近づいてきていますね」
エレオノーレさんも同意見のようだ。
ユリアーナもうんうんと首を縦に振っている。
しかし一体何の音なんだ?
「シンちゃん!私かエレオノーレが合図したら、迷わず矢を撃って!」
「了解です!」
俺は今回、一応念のために狩り用の弓も持って来ていた。
ロックストーンで狩りをするときに弓を覚えたので、何かに仕えるかもと思ってたんだ。
地響きのような音は段々と大きくなってきていた。
そして段々とその音はこちらに近づいてきていて・・・。
バシャアアアアン!
突然水しぶきがあがったかと思うと、巨大な猪のような生物が突然茂みから川へと現れた!
「なんですかこれ!?」
「シンちゃん撃って!」
俺があっけにとられていると、ユリアーナの声が飛んでくる。
慌てて俺は弓を構え、そして撃った!
俺は眉間を狙ったつもりだったが、結構な速さで走っている動物を狙うのは難しく、後ろ脚の付け根辺りに当たってしまった。
一瞬失敗したかと思ったが、謎の生物は突然足に違和感が生じたためか、勢い余って転倒。
そこにユリアーナが準備していたスリープを発動させる。
巨大な動物は、必死に抵抗していたが、その隙にエレオノーレさんが剣で心臓を一突き。
猪特有の鳴き声を上げ、ようやく倒れてくれた。
しかしこれ、何なんだ?猪にしてはでかすぎるし・・・。
「いやあ、やっぱ居たねイノシシ」
「そうね。大きさはまあまあってところかしら」
「え!?これ猪なんですか?」
どう考えても、俺が知っているイノシシの5倍くらいはあるんですけど・・・。
「あー、日本のイノシシって小さいんでしょ?初めて見た時は、澤チンもあまりの大きさにびっくりしてたもん」
それは、そうだろう。でかいってレベルじゃねーよ・・・。
ハイランドやロックストーンでもこんなの見たことねえよ。
「ああああああああああああああああああああああああっ!」
俺達がそんな雑談をしている時だった。
さっきイノシシが現れた繁み付近に女の子が弓を持って立っていた。
そして信じられないような表情をした後、そのまま膝からがっくりと崩れ落ちた。