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独身リーマン異世界へ!  作者: 黒斬行弘
第六章 北リップシュタートへ
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悪夢の予兆

「おめでとうございます!」


「あ、ありがとうございます!!」


 一般的なご家庭や職場でよく見られるありふれたやり取りが、コレナガ家のリビングで行われていた。

 そう!我が家のスーパーメイドであるアンネローゼたんの、市民権獲得試験合格のお祝いを二人で行ってるんだ。


 リバーランドの大通りを、合格した喜びからるんるんスキップで歩いていたアンネローゼの姿は、俺の知り合いの多くから目撃されており、様々なルートからその情報が俺に伝わって来た。

 最初は、俺にスキップの事を知られた事も全く気にせず「旦那様!アンネローゼはやりました!」と、合格の報告をハイテンションで言ってきたアンネローゼだったが、一夜明けて若干落ち着いた頃には、「あ、あれの事は忘れてください・・・」と、消え入りそうな声で懇願(こんがん)してきた。


「えっとあれとは、人通りがピークに達した大通りを、人目もはばからず鼻歌を歌いながらスキップしていたという、あれですか?」

 あまりにも恥ずかしそうに言うもんだから、つい意地悪をしたくなってしまったぜ。


「あ、あの旦那様、えっとその、そ、それでございます・・・」

 顔を真っ赤にして答えるアンネローゼ。最後は声が小さすぎて何て言ってるのか全くわからなかった。

 いやあ、家のメイドはマジで可愛いんですけど!

 これ以上やると、本当にいじめになってしまいそうなので、これ以上アンネローゼをいじるのは終了した。


 何はともあれ、市民権獲得試験に合格したアンネローゼはもはや奴隷では無く、立派なリバーランドの一般市民となる。

 なので、ちょっと急ぎ過ぎかなとは思ったんだけど、今後のアンネローゼの立ち位置について、本人と話し合う事にした。

 市民権は証明書をもらってから有効となるので、今現在は正確には奴隷状態にあるのだが、まあ、試験に合格しているので実質市民みたいなもんだろう。


「えっと、とりあえず給料について話し合いたいと思うのですが」


「え!?私、お給料なんかいりません!旦那様からのお小遣いだけで十分です!」


「いや、そうもいきませんよ。アンネローゼが市民になったら雇用者と労働者の関係になるんですから。給料の未払いは非常にまずいです」


「そうなのですか・・・?」


 知らん。


 だって、日本ではそんな事やってたらブラック認定されるけど、この世界ではどうなってるかわからんもん。

 けど、この子にはそうでも言わないと、さっきみたいに給料無しでも良いですとか言い出しかねない。

 この国では貴族様には「貴族手当て」なるものが支給されるので、それと俺の給与からアンネローゼの給料を支払う事はギリギリ可能だと思う。

 とは言っても、これまでのように24時間メイドをやってもらう事は考えておらず、彼女が働きだしたら部屋の貸し出しなど、衣食住を提供する代わりに家事をやってもらうとか、彼女が望むなら独立をサポートしても良いと思ってる。

 まあ、今それを言うと絶対断られるから言わないけどね。


「まあ、とりあえず世間一般の相場でお支払いしたいと思っているのですが、何か要望はありますか?」


「い、いえ、あの、ちょっとよくわからないのでお任せします・・・」


「そうですか。では、衣食住はこちらで提供し、毎月10日に13万リバーを支払う事でよろしいでしょうか?」


「え?そんなに頂けるんですか!?」


「別に特別高いわけじゃないですよ。相場ですから」

 この値段は、家政婦の一般的な年収である150万リバーを約12分割した値段だ。

 本来なら、ここから食費などを差し引いた値段が手取りになるが、俺の一方的な都合で市民へとなってもらった事などを踏まえ、迷惑料も含めてそのまま手渡すことに。


 後で考えると、何も祝いの席でやる事じゃなかったよな~とは思うんだが、まあアンネローゼも気にしてはいないようだし、楽しいひと時を過ごせたのでノープロブレムってことで。

 そして本当のプロブレムは、この後すぐにやってきたんだ。

 俺のこの世界での生き方を決めてしまう問題が。


 俺が中央広場で、日本のゲーム音楽を「自作」のオリジナル曲としてこの異世界で発表した、ローフェル族の「ユリアーナ」と出会ってから、数週間たったころだ。

 毎日あの女の正体について考えては、出口のない迷路に迷い込んだようになっていた俺は、アンネローゼの市民権獲得やら仕事の忙しさやらで、かなり気分を紛らわせることが出来ていた。

 そして俺が、アンネローゼをメイドとして迎えた頃から心に宿していた、とある野望を実現する事にした。


「アンネローゼ、実はお願いがあるのですが」


「なんでしょうか旦那様」


 そこで俺はふーっと、深呼吸をする。

 これからするお願いは俺にとっては絶対に譲れないものだった。


「アンネローゼ、今度から僕の事は旦那様ではなく、ご主人様でお願いします!」




「・・・・・・・は?」


 いつもは俺からのお願いに「かしこまりました旦那様」と、瞬時に返してくるアンネローゼも、一体何の話なのか理解できずに困惑の表情を浮かべている。


「えっと、旦那様、それはどういった趣旨があるのでしょうか?」


 困惑しながらも、恐る恐る聞いて来るアンネローゼ。

 デスヨネー。意味わからないですよね!


「すみません、何も聞かずにお願いを聞いて頂けないですか?」


 まさか、現代日本の萌え文化の象徴である「メイドカフェ」のメイドさんをこの世界に再現したい、などと言えるわけもなく、必死でアンネローゼにお願いする事に専念した。


「は、はあ。旦那様がそう言われるのでしたら」


「え!?ホント!?やったーーー!」


 俺の反応を不思議そうに見守るアンネローゼたん。

 旦那様とご主人様の何が違うのだろう?という表情をずーっとしながら俺の話を聞いていたように思う。


 いいんだ!

 俺の野望はこれで一つ達成された。

 後は、ちょっと短めのスカートにニーソックスという最強装備を、どうやってアンネローゼに納得させて着用してもらうかだな・・・。

 何、焦る必要はない。一つ一つ慣れて来た頃に次の段階へすすめばいいんだ。


 そんなとてつもなく下らない野望の炎を、めらめらと心の中で燃やしていた時だった。


「ご主人様、窓の外が何やら明るくなっていますが、あれはなんでしょうか?」


 おお!さっそく「ご主人様」と呼んでくれたー!とか小躍りしながら窓の方を見ると、確かにオレンジ色に明るく光っている。

 今は夜8時過ぎなので、外がこんなに明るいわけがない。


「なんだこれ?」


 そう思いながら窓から外を眺めると、なんと我が家の木がめっちゃ燃えてる。

 まさか俺の下らない野望の炎が、あの木に乗り移ったとでも言うのか!?

 

 一瞬そんな下らない事が頭をよぎったが、これはあまりよろしくない状況だ。

 しかもよく聞くと、小競り合いのような物音まで聞こえてくる。

 さっきまでの浮ついた思考が全部ふっとんじまった!


 慌てて階段を下りて、玄関の外に出ようとしたが、アンネローゼに止められる。


「ご主人様、外は危険な状況だと思われます。私が様子を見て参ります」


 もちろん反対したが、「ご主人様が行くのは絶対にダメです!」というアンネローゼに押し負けて、とりあえず様子を見るだけにすると言う事で、ドアを開けて様子を伺う事にした。


 ほぼ燃え尽きてしまった木の下で、十数名が小競り合いをしているようだった。

 そのほとんどは王国軍の兵士のように見える。

 そして数名の黒ずくめの男達。

 我が家の庭先での小競り合いは、ほぼ王国軍によって制圧されているように感じた。


 なので俺とアンネローゼは、用心しながら玄関先まで出て来た。

 よく見ると王国兵士の中にバリーの姿がある。


「アンネローゼ、バリーがいます。あれは王国軍で間違いないようです」


 アンネローゼは王国軍の兵士を見ても気を(ゆる)めては居なかった。

 しかしその中にバリーの姿を確認したことで、初めて緊張の糸を解いたみたいだ。

 さすがずっと訓練されてただけの事はあるなあ。王国兵士の姿を見て安堵していた俺とは全然違うぜ。


 ふと見ると、庭の木はほとんど燃えてしまっていた。

 周りに何も無かったからそれ以上燃え広がる事も無かったけど、結構あの木は気に入ってたのに・・・。

 そしてしばらくすると、バリーが数人の兵士を連れてこちらへ近づいて来ていた。

 ふー、何かわからんけど助かったぜ。

 しかしなんで俺ん家の真ん前で小競り合いなんかしてたんだ?


「一体どういうおつもりでしょうかバリー様!」


 俺がそんな事をのほほんと考えている時だった。

 突然アンネローゼの大きな声が聞こえて、思考が現実に引き戻される。

 よくみると、バリーは俺たちの数メートル前まで来ていた。


 玄関先に居る俺とアンネローゼを「取り囲む」ように。


 ここでにぶちんの俺も、これが異常な事態であることに気が付いたんだ。

 どう見ても王国軍兵士やバリーの俺たちに対する接し方が、味方に対して行うそれでは無かったからだ。

 そしてその後ろからもう一人、顔見知りの人物が現れた。


「ベアトリクス・・・」


 それは俺が知っている、いつもの天然気味のベアトリクスの顔では無く、これまでに一度も見たことが無いような鋭い眼光を宿していた。

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