アリーナ・ローゼンベルグ
俺とバリーのおっさんがリバーランド本国への転属が決まった。いやそれよりも、奴隷に転属って制度あるの?ふと疑問に思ったので、バリーに聞いてみた。
「あ?お前は何を言っとるんじゃ!テレジア様の配下としてリバーランドへ行くんじゃ。奴隷の身分は返上じゃ」
「え?え?えー!?ホントに?ホントに奴隷じゃなくなるんですか!?」
「しつこいわ!」
ゴスッ、と言う音と共に、俺の頭に物凄い衝撃と痛みが伝わってくる。バリーは軽くげんこつをしたつもりみたいだが、あのおっさんの軽くは、俺らには普通に暴力以外の何物でも無いので、マジで止めてもらいたい。
「テレジア様自らワシにそう言ってきたのだから間違いない」
「でも、レオンハルト様が決定された私の身分を、テレジア様はどうこうできないのでは・・・?」
俺は昨日聞いた、いくら第一位の王位継承者と言えども、第二継承者のやることに口出しは簡単には出来ないと言う、テレジア本人の言葉を思い出していた。
「たかが、1奴隷の身分にまで口出しして来るとなれば、それこそ何かあるのでは?と勘繰られるのはレオンハルト様のほうじゃろうな」
「はあ、そういうものですか・・・」
じゃあもしかして、俺がテレジアに嘆願すれば、リバーウォールへ行ったりできるんだろうか?一応、期待はせずに聞いてみる。
「それは無理じゃ。何故なら、自分が奴隷にした人間が、テレジア様の配下としてリバーウォールに来たりすれば、そりゃあレオンハルト様の面子は丸つぶれだ。どんな報復をしてくるかわからんぞ?」
「そ、それはそうですね」
レオンハルトはともかく、あの嫉妬深いアルフレートの事を考えると、あまり事を荒立てたりはしたくないな。うん、大人しくリバーランド本国へ付いていく事にしよう。ティルデに会えないのは残念だが、生きていればチャンスはあるだろう。
そして翌日。
俺とバリーは、テレジア・ロンネフェルトから、正式にテレジア・ロンネフェルト閣下の配下となる事が決定した。バリーのおっさんはテレジアの親衛隊として、俺は、新設される『リバーランド経済局』の局員としての採用だ。あれだよ、いきなり公務員ですよ!
現在、テレジア・ロンネフェルトが持つ領地は3つ。
・リバーランド
・ロックストーン
・シルバーストーン
ロックストーンはゾルタンの領地じゃないの?って思ったんだが、現在ゾルタンが治める領地は存在しておらず、テレジアの下で教育を受けている最中なんだと。本国で散々好き勝手やってたゾルタンも、姉のテレジアと兄のレオンハルトには勝てないらしい。
なので、その事を知っていたリバーランド国王が、ロックストーン領主をゾルタンからテレジアに変更。それが約1年前だ。
レオンハルトが俺を奴隷としてこの鉱山に送った時は、あの手この手で、俺の事をどうにかしようと画策して来るんじゃないかと思ってたんだけど、どうやら俺が炭鉱に来た直後くらいに、ロックストーンは本国預かりになったっぽい。
レオンハルトの息がかかったままの鉱山だったら、今頃俺は死んでたかもそれないなあ。って、俺こっちにきてから何回死ぬ目にあってんだよ・・・。
できれば今度こそは、安定した環境が欲しいと思ってしまうけど、あまり期待しない方がいいかもな~とは思ってきている。公務員つっても、下っ端だろうしな。まあ、それでもありがたい話だ。
「ササ!アルネ!お前ら、この鉱山の事頼んだぞ!」
鉱山出口では、ササとアルネがバリーに挨拶をしていた。長年一緒に働いてきた上司との別れに、二人も寂しげな表情・・・の中に、なんか嬉しさも垣間見えるのは何故だろう?まあ、これからは理不尽に殴られる事も無くなるという嬉しさも隠せないんだろうなあ。しかしバリーのおっさん、本国で癇癪起こしたりしないかすげえ心配。
「コレナガシン、お前も気を付けて行くんだぞ」
「はい、お二人とも健康には気を付けてくださいね」
「やっとお前に正当な身分と評価がなされて俺も嬉しいよ」
「ササさん、アルネさん・・・」
やばい!マジ感動して泣きそう!思えばこの二人とは、あーでも無いこーでも無いと、3人で色々意見を出し合って、鉱山の環境改善をやってた時期もあった。バリーのおっさんは「細かい事はお前らが決めろ!」って、任せっきりだったしなあ。
「どうぞ鉱山をよろしくお願いします」
「おう!」
俺はここからいなくなるけど、他の奴隷たちはここで働き続ける。身分に関してはどうしようもないけど、環境だけは改善してきたつもりだ。引き続き、環境の維持と改善はお願いしたい。
そうして俺とバリーは、テレジアが待っているロックストーン領主館へと出発した。
*****アリーナ・ローゼンベルグ*****
私の名前は「アリーナ・ローゼンベルグ」、リバーランド王国領リバーウォールの領主付き魔術師です。
ハイランドと国境を挟むこの領土に、先日、亡命希望者が逃げ込んできました。
一人は20代半ばのとても綺麗な女性、もしかしたらエルフの血が混じってる方かもしれません。もう一人は身長が170あるかないかくらいの少年・・・いや青年?こちらはどこにでもいそうな顔立ちです。私と同じ真っ黒な髪の毛を除けば。
最初は、私の髪を珍しそうにジロジロと見るので腹が立っていましたが、よくよく考えてみれば、コレナガシンと呼ばれたその青年も黒髪なので、もしかしたら親近感を感じていただけかもしれません。
彼は非常にユニークな発想をする青年で、中でも旋風魔法には大変驚かされました。魔法を考えるときには、戦闘で使うとか、日々の暮らしの中での必需魔法として考えるのが普通なのですが、彼は、何か面白いものをとか自分の欲求のままに作ってるとしか思えないんです。
そして一番驚いたのが、自分が発明した物の権利を確立する手法です。自分が作った商品の権利を証明するのは、作った個人の責任なのが一般的なやり方です。ところが彼は、それを領主館で一括で行いましょうと提案してきました。
しかも、そうすることで、領土の急速な発展が見込めるとの持論まで展開しています。しかも、なんか説得力があるんですよねえ。まるでどこかで体験してきたかのような具体性がありますし。
なので、彼と一緒に新しい仕事が出来ることを非常に楽しみにしてたんです。リバーウォールの正式な領主「レオンハルト」がやってくるまでは。
レオンハルトは、コレナガシンの才能に嫉妬した、友人であるアルフレートからの注進を受け入れ、コレナガシンの提案全てを却下。さらに、彼を3級奴隷の身分に落とし、彼の息がかかった領土であるロックストーン鉱山への強制労働へと向かわせました。
が、その後ロックストーンは、テレジア・ロンネフェルトの領土となった為、彼がどうなったのかが全く分からなくなってしまった。悪評高いあロックストーン鉱山のことだ、もしかしたらすでにこの世を去っているかも・・・。
かわいそうなのはティルデだ。あまりにも気落ちしたコレナガシンが、ティルデとの面会を拒んでいたために、突然決定した鉱山への出発の日にも立ち会えなかった。彼が出発してしまったことをティルデに伝えると、彼女はその場に崩れ落ちて号泣した。せっかくハイランドから命がけで脱出したのに・・・。
そしてあれから1年、レオンハルトは、新しい布告を出した。それは以前、コレナガシンが提案した物にそっくりな経済法案だった。立案者はアルフレート・アイヒマン。
私は無駄とは思いながらも、その法案の中身を確認した。やはりと言うかなんと言うか、コレナガシンのアイデアを、そのまま流用している。
しかしある一文を目にした時、法案の書類を持つ私の手は震えていた。彼はなんという愚かな法案を制作したのだろう。すでに実施は決定しており、一部地域ではすでに実施済みだ。
私は確信している。リバーウォールでそう遠くない将来に、間違いなく暴動が起きると。