ニートの魔法剣士からのご提案
「コレナガシン殿はおられますか!?」
俺とティルデが楽しい夕食のひと時を過ごしている時だった。急に玄関のドアが開いたかと思うと、かなりの大男が家の中へと入ってきた。
「失礼します。私はゾルタン・アイブリンガー、以後お見知りおきを」
アイブリンガーと名乗るその男は深々と一礼をする。というか、ホントにでかい。2メートルくらいはあるんじゃねーの?
「どのようなご用件でしょうか?」
一通り挨拶を済ませた後、アイブリンガーと名乗る大男がやってきた理由を聞いてみた。
「実は、一昨日の風魔法の件で、ローゼンベルグ様がコレナガシン殿にお話ししたいことがあるそうです」
ローゼンベルクって誰だっけ?様ってくらいだから、おそらくえらい人なんだろうけど、本当に心当たりがない。
「シン、アリーナ・ローゼンベルグよ。この前中庭で風魔法を見せてた魔導士の女の子よ」
ティルデに言われて「あー!」となった。あのひとローゼンベルグって苗字なのか。
「えっと、今から伺えばよろしいのですか?」
「いえ、お食事中のようですので、食事が終わってからでよろしいかと」
そう言うとアイブリンガーさんは、部屋の隅っこのほうで直立不動の体制で、俺たちの食事が終わるのを待っている。
落ち着かねえ。あんなごっつい奴が部屋の隅っこで直立不動で立ってるんだぜ。飯なんか食えるかっつーの。それはティルデも同じだったらしく、俺にアイコンタクトをとってきた。
「あー、アイブリンガーさん、食事も終わったのでそろそろ行きましょうか?」
「もうよろしいのですか?」
よろしいもくそも、あんたがそんなとこで突っ立ってるから、落ち着いて飯も食えませんよ!と言うわけにもいかず、大丈夫です。とだけ言っといた。帰ってから、メイドのニーナさんに夜食が食べれるか聞いてみよう。
アリーナさんの居た所は、領主館の本館から少しだけ離れにある研究室のような所だった。そういえばあの人魔導士だったな。と言う事は、ここで魔法の研究などを行っているんだろう。
「すみません夜分にお呼び立てして」
出来れば使いを寄越す時は、あのごっついおっさんだけは勘弁して下さい。とも言えず、「いえいえ」と、大人の対応をしといた。
「実は来てもらったのは、昼間の風魔法の実用化についてなんです」
風魔法の実用化?もしかして商品化するとか言う話だろうか?
「あの風魔法、魔法ショップで販売などはお考えでありませんか?」
やっぱりそれか・・・。それについては若干苦い思い出が蘇る。俺はハイランドに居た時も、旋風魔法のプレートの販売を近所のマジックショップで始めたんだ。もちろん、そのショップだけでなく、近隣のショップにも売り込みにいったさ。
ところが、最初のショップ以外からは全部販売を断られたんだ。後でその理由がわかったよ。他のマジックショップの奴ら、俺のアイデアをそのままパクって商品化してたんだ。もちろん抗議したさ。そしたら「証拠は?」って言われて、証拠なんかあるはずもなく、俺は泣く泣く他所の地域での販売を諦めたんだ。
なので、アリーナから商品化の話を聞いた俺は、ハイランドで起こった出来事をそのまま話したんだ。
「それは当たり前ですよ」
そしたらアリーナから予想外の言葉が飛び出て来てびっくりしたよ!
「え?なんで?」
思わずそう聞いた俺に、アリーナは「この人何言ってるの?」って顔で説明してくる。
「自分が作った商品であることの証明を用意もせずに販売したんでしょ?それは真似されても仕方ありませんよ」
「いやでも、証明って、どうすればいいんですか?」
「それは自分で考えて下さい」
これはひどい!領主館と言えば、日本で言う所の「役所機能がまとまった場所」のようなものだ。なので、当然特許庁のような制度も含まれていると思ってたんだけど、どうやらこの異世界では、そういう特許とか商標とか著作のような認識が無いらしい。あくまでも自己責任なんだ。
「あの提案なんですが・・・」
「なんです?」
「そう言ったですね、誰かのアイデアをそのまま何の努力もしないまま真似しただけの商品の販売を、領主館の方で未然に防がれてはいかがでしょうか?」
俺は一か八かで、新しい商品の保護に関するシステム、現代日本で言う所の特許とか商標権の設置を提案してみることにした。だってさ、俺がこの異世界で食っていけるかどうかがかかってるわけだからね!
さっき俺の旋風魔法の商品化についてアリーナの方から声を掛けて来たって事はさ、開発の方向性は間違ってないって事だと思う。なので、特許や商標制度のような物が確立されれば、俺みたいなレベルの低い魔法戦士みたいな奴だって、アイデア次第では生きていける気がする。
「うーん、領主館がそれを管理するメリットはなんでしょうか?」
「メリットは、地域経済の活性化と技術の進化です」
これまでは、いくら良い商品を開発しても、それを保護する手立てが自衛しか無かったので、自分で開発するより人のアイデアをパクった方が利益になってたんだよね。
これを領主側で管理・保護が出来るようになれば、簡単にパクれなくなる。と言う事は、新たに開発した商品を多くの店で販売する事も可能になる。そうなると自分に入ってくる利益も莫大な物になるんだ。
そうなると、それを見た他の奴らも一発のヒットを狙って、色んな商品開発にやる気を出して来るだろう。そして新しい機能を持った商品が登場するはずだ。経済だけでなく、技術の進歩にも役立つと思う。
俺はそうする事のメリットを、アリーナに必死で説明した。もちろんリバーウォールの事も考えてはいるが、何より俺の将来がかかっているんだ。
俺の必死の説明を受けたアリーナは、しばらく考えるそぶりを見せた後こう言ってきた。
「この件は一旦私に預けてもらえますか?私だけでは判断が出来ません。領主とも相談しなければならないでしょう」
そりゃあそうだろうな。何しろ、リバーウォールの流通などのシステムも、へたしたら変えなきゃだし、費用もかかるだろう。・・・・大丈夫だろうか?段々不安になってきた。
「あ、それとですね、今日お呼び立てしたのはそれだけではないんですよ」
「はい?」
「実は、あの風魔法なんですが、スタンドプレートを利用してみてはと思いまして」
「スタンドプレート・・・ですか?」
「はい。実は、軍事用のプレートでして、一時的に魔力を溜めることが出来るんです」
スタンドプレートは、魔力を持った者が、自分の魔力をプレートの容量の範囲内で貯めることが出来るらしい。そしてあらかじめ、プレートに動作設定を組み込んでおく、つまり、熱に反応してファイアーの魔法を放つような設定も出来るみたいだ。
これを戦場の最前線に設置して、後方から設定した魔力を送る。するとプレートは、自動的に設定された魔法攻撃を敵に行うわけだ。こちら側の損害は極めて少なくなる。
「凄いじゃないですか!」
「けどこれ、ボツになったんですよ」
「ええ!どうして?こんなに便利なのに」
俺とティルデは顔を見合わせて驚いていた。だって、戦場での人的被害も減らせるだろうし、メリットだらけじゃん。
「コストがかかりすぎるんです。ただでさえ、一個当たりの生産価格が高いのに、最前線に設置するのでかなりの頻度で破壊される事が予想されまして・・・」
「ああ・・・」
コストかあ。そりゃ、毎回破壊されてたんじゃ使い物にならないか。
「それで、この前の風魔法の使い方なら、スタンドプレートの性能が生かせるのではないかと」
確かにね、毎回自分の手から風を送ってるから、何かしながら風をもらう事ができなかったんだよね。俺とティルデは風の当てあいっことかやってたんだけど、一人で作業するときとか困ってたんだ。
「ただ、さっきも言いましたように、プレート1個当たりの生産価格が高いのです。なので、これが利益につながるかどうかは不透明なんですが・・・」
「いや、その点は大丈夫だと思いますよ。価格設定を利益がでるように高めに設定すればいい」
「それでは売れないのでは?」
「お金に糸目を付けない方々をターゲットにするんですよ」
貴族のような上流階級の人達は、間違いなく「旋風魔法機」に注目すると思う。なぜなら彼らは見栄を張りたがるからだ。しかもお金も持っているからね。なので俺は、貴族の見栄あたりの説明は省いて、ターゲットを上流階級の方々に設定する話をする。
「なるほど、販売数そのものは少なくても、1個あたりの単価を高くすることで利益を出す、と言う事ですね」
「はい。この風魔法は、世界でも類を見ないシステムですし、買いたいと思われる貴族の方々は多いのではないでしょうか?」
「なるほど・・・。わかりました。では、先ほどの商品の保護の件も含め、私から領主様にご提案をさせて頂きます。後日、コレナガシン様に説明を求められると思いますがよろしいですか?」
おれはもちろん首を縦に振ったよ!
それにしても、なんか、俺がこの世界で生きるための道筋が見えてきた気がする。日本での一般知識が、まさか異世界で役に立つとは思わなかった。
「やったわねシン!」
「ええ、でもこれからです」
領主との会談に備えて、色々準備しておかなきゃなあ。