とあるニートな魔法剣士の一日
暇だ。とにかく暇だった。
リバーウォールへ亡命してからと言うもの、とにかくやることが無かった。正式な亡命手続きは、首都に居る担当官が行うらしく、それまでは行動範囲も領主館内の一部だけと制限されている。
ティルデは、その魔法剣士としての実力を買われ、リバーウォールの領主館の近衛隊の下級兵士と、毎日のように模擬戦や訓練を行っている。
俺たちの見張りの兵士に言わせると、魔法剣士は剣と魔法の両方の技術を習得しなければならず、ティルデほどに熟練した魔法剣士は見たことが無いのだそうだ。
なんだよティルデの奴、魔法剣士は役に立たないとかなんとか言っておきながら、自分は相当すげえんじゃねーか。
そう文句を言いつつも、友人がべた褒めされてるのを聞いてた俺は、きっとニヤニヤしてたに違いない。だって周りの兵士やメイドさんが俺をみて変な顔してるもん。
おっといかんいかん。ティルデの事より問題は俺だ。
正式な亡命が認められれば、監視付きとは言えリバーウォール内で一軒家を与えられ、ティルデに関しては、リバーウォール軍での下級兵士を教育する仕事、つまり教官としての仮の仕事を与えられる事になった。
そして俺に関しては自由に行動して良いとだけ言われている。つまり、全く何の需要が無いって言われたんだ。まあ、それはわかりきった事だから別に気にしてはいないんだけど・・・。
見張りの兵士やメイド達が、俺について噂をしているのも聞こえていた。噂の内容は、なんであんな役立たずを助けるためにティルデが命をかけたのかって内容ばかりだ。
もちろん俺は、自分が何の役にも立ってない事は十分承知している。承知してるけど、やっぱそういう声が聞こえてくるとへこむなこれ・・・。
「シンはゆっくり自分のやりたい事を見つければいいのよ。その間のことなら心配しなくても、一定期間リーバーウォールから補助金も出るし、私も働いてるからね」
俺が今後の心配を打ち明けると、ティルデは笑ってそう言ってくれた。でも待ってくれ。これ、はっきり言って「ニートでひも」ですよ?
日本からの年齢を加えれば、41歳無職童貞ニートでひもって・・・・。
いかんいかん、俺はこの異世界で第二の人生を悔いが残る事の無いよう全力で生きるって決めたんだ。助けられっぱなしの人生なんかごめんだぜ!でも、ティルデのひも生活とか男なら一度は憧れるシチュエーションだよなグフフ・・・。
などと領主館の中庭でそんな事をもやもや考えながら涼んでいると、見回りの兵士から声を掛けられた。
「それは何をやっているのだ?」
兵士の言う「それ」とは、俺が以前ハイランドで開発した「旋風魔法」の事だ。今日は天気が良かったので、中庭の木陰で旋風魔法を顔にあてながら考え事をしていた。
俺はせつめいするより体験した方が早いと思い、兵士の汗だくの顔に風をあててやった。
「これは、涼しいな!」
「でしょう?」
一瞬、俺の手から出てくる冷気に身構えるも、兵士はすぐにその涼しさと物珍しさから上機嫌になった。
実は、以前の風魔法からバージョンアップしており、魔法区分:風の直下に下位区分:水をセットしてみたんだ。
下位区分:水
威力:0
種別:直線・距離1・幅0.3
簡単に書くとこんな感じだ。水魔法だけど威力を0にしているので人間に害はなく、けれど冷気が完全になくなるわけではないので、適度に冷たい空気が出てくるようになっている。
「これお前が考えたのか?凄いな!」
褒められたよ!ここに来て初めて褒められらたかも・・・・。
そんな俺たちのやりとりを見ていた周りの兵士たちが、なんだなんだと集まってきた。
「おいなんだそりゃ」
「いや、とにかくお前らも体験してみろって」
そしてさっきと同じように、兵士達の顔に向けてアレンジされた旋風魔法を使っていく。
「なんだこりゃ!これお前が考えたのか!?」
「ええまあ」
と、さっきと同じようなやり取りを繰り返す。気付けば10人ほどの兵士が俺の周りに集まってきてるかもしれない。亡命して以来良い意味で目立ったのは初めてなので、俺は調子に乗ってみんなに風を送っていた。
「何をやっているのです!」
俺が調子に乗ってぐるぐる回転しながら、両手から冷風魔法を兵士達の顔に送っているときにその声は聞こえて来た。
見ると、俺とティルデを宿舎まで案内してくれた女魔導士が、こっちを怖い顔で睨んでいた。やっべえ、まだ仮の亡命許可しか下りてない俺が調子に乗ってこんな事してて、亡命許可が取り消しになったりしたらどうしよう!?
「なんだアリーナか」
俺が「悪いのはこいつら兵士です!」とか色んな言い訳を頭の中で考えていると、兵士達の安堵の声が聞こえて来た。
「なんだじゃありませんよ!領主様が留守だから良かったものの!」
そう怒りながら彼女はこっちに近づいてくる。
「で、何をやっていたんです?」
そして興味津々と言った顔で、俺の顔を覗き込んできた。なので俺は、さっき兵士達に説明したのと同じ説明をアリーナにも話し、実際にアリーナの顔に風を送ってやった。
「ひゃっ」
思いの他、かわいい声が出て来たので、俺は調子に乗って何度もアリーナに風を送ってやった。その度に「やん」とか「きゃあ」とか声を出すアリーナ。何この人、なんか可愛いんだけど!
よく見ると、俺が送っている冷風により、胸の所の服がひらひらとはためいていて、もう少しで谷間がくっきりと見えそうになっていた。これはけしからん!もっと風を送ってやる!
「何をやっているのかしら?」
俺がアリーナ大渓谷の未開の地を、まさに開拓しようかというその時だった。背後から聞こえて来たその声は、俺の背筋が凍ってしまうのではないかというくらいの冷たさを有していた。
「ち、違うんです」
俺はその極寒のブリザード級の声の持ち主、ティルデに向かって精一杯の声を上げてみたが、若干声が震えていたかもしれない。しかも何が違うのかもわからない。
「何が違うのかしら?」
そう言って「にこっ」とほほ笑むティルデは、それはもう完璧な美しさを備えていた。恐らく170くらいあるであろう身長、出るとこは出て引っ込んでるところは引っ込んでる完璧なスタイル、腰のちょっと上くらいまである赤いさらさらの髪、そしてぱっちり大きな瞳。
そんな完璧な容姿の彼女が、背後に氷から出ているような冷気を漂わせ、笑いながら「何が違うのかしら?」である。俺がその後に続く言葉を発せられなかったとしても誰が責めることが出来るだろうか?気づけば周りの兵士達も、ただ事ではない雰囲気に完全に飲まれている。
俺の冷風魔法なんかより断然冷房効果があるんじゃないか・・・。
「ティルデさん、コレナガシンさんが凄いんですよ!」
そんな重苦しい雰囲気をものともせずに、アリーナはティルデに話しかけていた。すげえなこの子、この空気を重く冷え切った空気を全く気にしないとは・・・。
そんな俺の思考を知ってか知らずか、アリーナは興奮した様子で、俺の冷風魔法についてティルデに熱く語っていた。
それにしても、俺のアリーナへのここ数日の印象と言えば、感情の起伏に乏しい冷静沈着な魔術師って感じだったんだけど、もしかして魔法関係の話になると人格変わっちゃう系のひとなんだろうか?
一通りアリーナの話を聞いたティルデは、自分の手からもその魔法を発動してみせた。
「わあ、ティルデさんも使えるんですねその魔法」
「ええ、でも冷気は出ないんですけどね」
そう言って俺の方を冷たい目で見る。
「違うんです」
今日2回目の「違うんです」を発動した俺は、家に帰ってからも、バージョンアップした魔法は最近設定したことや、別に悪気があってティルデに教えなかったわけでは無い事を必死になって説明しまくった。
「でも、女の子の胸の谷間に必死に風を送るのはどうかと思うわよ」
俺は、機嫌を回復しつつあったティルデに言われた一言に「ち、違うんです」と、本日3回目の違うんですを発動させた。
はあ、一日で天国と地獄を味わった気分だ・・・。