失格の烙印を押された適格者
様子が変だとわかったのは、自宅にしている長屋にかなり近づいた時だった。
誰も居ないはずの俺の部屋から明かりが漏れていたんだ。最初は隣の部屋かと思ったけど、間違いなく俺の部屋だ。泥棒の可能性も考えたが、あんなに明かりを堂々と付ける盗人も居ないだろう。
俺はそう考えながら、慎重にドアを開けた。
「ティルデでしたか・・・」
俺の部屋に居たのはティルデだった。部屋の角においてある古いベッドに腰かけている。
「遅かったわね」
「ええ、今日は訓練所最後の日でしたので、ちょっとだけ酒場で贅沢をしていました」
「それとこの街にやってきてから1年ね・・・。やはり私も酒場にいるべきだったわ」
昼間のマルセルに続きティルデまでその事を口にする。あれか?もしかしてこの街じゃ、よそ者が街にやってきた記念日とかあるの?ティルデの口ぶりから察するに、俺の卒業祝いか、この街にやってきた1周年を祝いにきてくれたんだろうか?
俺がそんな事を考えていると、ティルデは立ち上がり、俺の方へ向かいながら話しかけてきた。
「さあ、時間もないし行くわよ」
「へ?行くってどこへですか?」
「この街を出るの。説明は後でするから急いで」
は?今なんて言ったのこの人?
「シン、今は時間がない。説明は後でするからとにかく急いで!」
そういうと、ティルデは俺の腕を掴み、ドアを開け強引に外に連れ出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください。何がなんだか全くわかりませんよ!」
「だから後で説明すると・・・・・」
ティルデの言葉がそこで途切れた。その視線の先にはマルセルが立っていた。そしてその後ろには、数人の兵士と思わしき人間が数人並んでいる。
「よう、ティルデにシン、これからお出かけか?」
いつもと変わらないお調子者全開な感じでマルセルが話しかけてきた。
「マルセル・・・・。何故今ここにあなたが居るの?予定は明日だったはず・・」
「まあ、お前さんの今日の行動がどうにも変だったからな。見張らせておいた」
マルセルは笑いながらそう言った。けど俺は気づいた。マルセルは笑ってはいるが、目は全く笑っていないことに。一体、この二人は何を言ってるんだ?
「ティルデ、これは一体・・・」
俺がティルデに話しかけると同時か少し早いくらいのタイミングで、ティルデが俺とマルセルの間を遮るように、俺をかばうように腕を出してきた。
「へえ、ティルデ、お前フォンシュタイン家に逆らうつもりか?そこの適格者は失敗作の烙印を押されてるんだ。これは決定事項だティルデ!」
マルセルが今までに見たことがないような厳しい口調でティルデに叫ぶ。
(適格者?失敗作?フォンシュタイン家?一体どういう事だ?)
俺は完全に混乱していた。マルセルの口ぶりからして「失敗の烙印を押された適格者」とは俺の事だろう。でもなんなんだそれは・・・。
「もう嫌なの!」
突然ティルデが叫ぶ。
「もう15年間も、いえ16年ね。失敗した適格者を処分し続けてきた。もうこんな事したくないの!」
適格者を処分・・・。つまり殺したって事か?と言うことは、失敗した適格者である俺も殺されるって事なのか!?
ちょっと待て!どうしてそうなる。俺は単に、日本から異世界に召喚されて、そしてこの世界で今度こそ失敗しない人生をって、それだけを考えてこの1年生きて来た。ただそれだけなんだぞ!大体なんだよ適格者って!
「ティルデ、お前もわかっているだろう。失敗した適格者は世界に害をもたらす存在だ。だから抹消しなければならない」
しかしマルセルの言葉には答えずに、ティルデは俺にささやいてきた。
(シン、私が時間を稼ぎます。その間に、長屋の先にある森に止めてある馬にのって逃げなさい。馬の乗り方は習ってるわよね?)
(習ってますけど・・・。あなたはどうするんですティルデ!)
(私なら大丈夫)
大丈夫な訳ないだろう・・・。これまでのやり取りから、マルセルやティルデが俺を引っ掛けるための冗談をやってるようには全く見えない。何より、マルセルと兵士たちは、会話をしながらも、俺たちを包囲するために少しずつ移動している。
いくらティルデが高レベルの魔法剣士とは言え、この人数相手では勝ち目は無いだろう。そしてレベル1の俺が参加したところで情勢は変わらないだろう。投降したとしても俺は処分されるのは間違いない。
ティルデの言う通りに逃げるか?あり得ない。それが出来るんなら、1年前の森で起きた事件の時にとっくにやっている。
あーもうどうすりゃいいんだ!考えれば考えるほど頭が混乱してくる!
そうこうしている間にも、マルセル達はじりじりと俺たちを取り囲もうとしている。一気に襲い掛かってこないのは、ティルデを警戒しているのかもしれない。以前、ティルデの攻撃魔法を一度だけ見たことがあるが、巨大なモンスターを一撃で吹っ飛ばすほどの威力だった。
けど、相手はあの時の手負いの低能なモンスターではなく、高い知識を持った人間だ。ティルデの実力も熟知しているだろう。
くそっ!どうする!早くしないとティルデが仕掛けていくかもしれない。俺は咄嗟に自分が使える魔法を思い浮かべてみる。
火おこし代わりに使っていた極小のファイアー、延々と風を起こす旋風魔法、そして魔力の8割を消費して光を起こすライト。かー、どれもこれも使えねえ・・・。
いやちょっと待て!別に勝てなくてもいいんだ。ここから逃げるだけでいいならやりようはある!
俺はゆっくりとティルデの右後方へと移動した。そして、ティルデだけに聞こえるように話をする。
(ティルデ、僕が今からカウントを数え始めます。3と言ったら目をつぶって下さい)
(え?どういうこと・・)
(いいから言う通りにお願いします)
そういうと、俺は少しだけティルデから距離を取った。
「おっと、シン、お前もしかしてティルデを見捨てて逃げるのか?」
その言葉に少しだけティルデのからだがビクッと震える。
マルセルの奴余計な事言いやがって!この作戦がうまく行く為には、レベル1の俺のいう事を、ティルデが信じて聞いてくれるかどうかにかかってるんだ。ただでさえ戦闘中の緊迫した事態の中、目をつぶってくれと言う俺の言葉に従うのがどれだけ難しいか・・・。
しかしやるしかない!
(1)
(2)
そして1を数えようかという時に、マルセルが襲い掛かってくる!くそっ!タイミングが悪い!けどやるしか・・・!
「3!」
俺は3の数字を叫ぶとともに、魔力の8割を消費して光を発生させるライトの魔法を発動させた!
「ぐあああああああああああああああああ!」
ほぼ真っ暗闇の中、目をつぶっていても明るさを強く感じられるような光が、辺りに発生した。
すでに真っ暗になっている中に突然現れた光を直接見てしまったマルセル達は、俺の思った通り目が一時的に見えなくなっているようだ。
「よし上手くいった!ティルデは・・・」
俺はティルデの方に慌てて振り向いた。俺が3をカウントした瞬間、マルセルが襲い掛かってきてたんで、それに対抗しようと目を開けていても仕方がない展開だった。
もしティルデの目が見えていない状態だとすれば、俺はティルデを保護しながら森の中の馬のある場所まで行かなければならない。二人が助かる確率は低くなるだろう。
しかし、俺のその心配は杞憂に終わったようだ。こっちにゆっくりと振り向いたティルデは、目を見開いて信じられないといった表情をしている。
「さあ、早く逃げましょう!」
ぼけっとしている時間は無かった。いつまでもマルセル達の目が見えないわけじゃない。もう少ししたら視力も回復してくるだろう。
俺はティルデの手をとり、そのまま馬を繋げてあるという森の中へと走っていった。
第二章終了です。
よろしければ感想などお願いします。