卒業の日最後の日
今日は、俺が自分で定めた「職業訓練所の卒業」の日だった。まあ卒業と言っても式をやったりするわけじゃない。だって、訓練所の卒業の日付は自分で設定することになっており、今日の卒業を決めたのも俺自身で、そして今日辞めていくのは俺だけだ。
そして、この異世界にやってきてからちょうど1年だ。どっかの店のでかい看板が落ちてきて、そしてその下敷きになって「日本での俺が死んだ日から1年」という事でもある。
この異世界にやってきた当初は、冒険者になる事を目指し夢と目標にむかって邁進していく日々を・・・・送れていたかどうかは自信がないが、少なくとも夢や希望には満ち溢れていたかもな。
ゴブリンの亜種と戦ったことで、俺の心に植え付けられたモンスターへの恐怖心みたいな物は、あれから半年たった今でも消えてないみたいだ。何度かトラウマを克服しようと、ティルデに手伝ってもらってモンスター討伐へ出向いてはみたものの、以前のように足がすくんでしまい、全く戦闘出来る状態じゃなかった。
かと言って、腐ってたわけではないよ?出来ない事にいつまでも執着するよりも、自分が出来る事を伸ばしていこうと考えたんだ。
以前俺が作った「延々と風を送る魔法」あれを近所の魔法屋に紹介したら、試しに販売してみようと言われ、見事大ヒット!これはアメリカンドリーム到来かー!って思ったね。
けどさ?レベル1の俺が作れるような簡単な魔法だぜ。すぐに解析されて、一般のご家庭には、自家製の旋風魔法が一気に普及してしまった。アメリカンドリームは文字通り泡と消えてしまったよ。
とは言え、解析されるまでの間に売れた魔法はそこそこの数に上り、店のおやじと7:3(俺の取り分が7ね)で取引を契約していた俺は、酒場と宿屋を半年間利用しながらの生活でも、お釣りがくるくらいの金はゲットできたんだ。結局長屋にずっと居続けたんだけどね。
その後もなんか変な魔法を色々作ってはみたものの、旋風魔法のようなヒット作には恵まれていない。小ヒットならそこそこ出たんだけど。
そしてそんな日々を過ごしながら、今日、自分が決めた卒業の日を迎えたわけだ。
「シン君は今日が最後なのね・・・」
ヴィルヘルミーナがしんみりと俺に語ってきたんでちょっと驚いた。こんな表情の彼女は見たことがないぞ?なので俺は
「豚候補がへってしまうのがそんなに残念ですか!?」
って思わず聞いちゃった。
「そんなわけないでしょう!あなた私をなんだと思ってるんですか!?」
すっげえ怒られた。「SMの女王様だと思ってます」って言ったらもっと怒られそうだったので、それは言わないことにしたよブヒー。
そして一番びっくりしたのが、最後に俺をそっと抱きしめて来たことだ。
え?え?何これ?なんか柔らかい物が顔にあたってるんですけどー!
そうやってヴィルちゃんは、ひとしきり俺を抱きしめた後最後に「さよなら、コレナガシン」と言って去っていった。
あーびっくりしたー!なんだあの弾力は!この世の物とは思えませんな!しかし今生の別れじゃあるまいし、大げさな先生だな。
すげえ泣きそうな顔であいさつしてきたけど、そんな別れを惜しむような間柄では絶対無いと思うんだけどな。だって授業以外で話した事なんかほとんど無いもん。それに大体、この街でしばらくは暮らすことは言ってあるし。ほんとわけわからん。
まあでも、アルフォンスの奴が目の前で号泣しているのはわかるよ。あいつは俺が戦えない事を身をもって知ってるし、何よりこの半年間、こいつとは魔法の制作に関して、いやというほど議論してきたからな。
「おい、俺は泣いてなんかいないからな!これは汗だ!わかったか!」
「へえへえ、汗が目に入って泣いてるんだろ?」
「違うぞ!これは汗なんだ!君の目は節穴か!?」
「まあ、お前には本当に世話になったよ。ありがとな」
あーあー、また泣き出しやがった。
「君が・・・」
ん?
「君があの時、僕をいじめっこ達から助けてくれなければ、僕は今頃ここに居なかったかもしれない・・・」
っく、こいつ、なんで最後の最後でこんな事言うんだ。泣くつもりなんか全く無かったのに、あんなこと言われたら、目から汗がでちゃうだろうが・・・。これは涙なんかじゃないんだからね!汗なんだからね!
「まあ、君の事だから、今後色んなトラブルに巻き込まれてしまうことだろう。その時は遠慮せずに僕を訪ねて来たまえ!」
でも最後には、超偉そうだったのはあいつらしいなとは思った。まあ、こいつとは長い付き合いになるかもな。
今日は俺個人とは言え、まぎれもない卒業の日なので、ちょっと奮発して、酒場で美味しいものを食べることにしている。え?どっかの高級レストランとかじゃないのかって?馬鹿を言ってもらっては困る。こちとら40歳の童貞で、非リア充サラリーマンだったんだぞ?そんな場所に行ったりしたら、呼吸困難で倒れてしまうわ!
そんな事を考えながら通りを歩いているとマルセルに会った。
「よう」
「あ、こんにちはマルセルさん」
マルセルとは最近会う機会が多かった。と言うのも、俺がモンスターに対して恐怖心を持ってる事をヴィルヘルミーナから聞いたらしく、そういったものへの対処法などのアドバイスをしてくれたんだ。こいつ、ただのお調子者だとばかり思ってたけど、結構良い奴だったんだよな。
「確かお前、ハイランドに来てちょうど1年か?」
「ええ!?よく知ってましたね・・・・」
いやあ、正直びっくりしたよ。だって、俺が転生した日にこいつに会ってるならともかく、結構後だからね、マルセルと出会ったのは。そりゃびっくりするわ!ティルデか誰かに聞いてたのか?
「どうだ、ハイランドでの1年間は楽しかったか?」
まあ、そりゃ色々あったけど、色んな人との出会いもあったからなあ。そりゃ楽しかったに決まってる。なので俺は、素直にはいと答えたよ。
「そっか」
そこで一旦話を止めて、次にとんでも無いことをマルセルは言い出した。
「1年間頑張ったご褒美に「色町」にでも出向いてみたらどうだ?」
「ちょ!何いってんのあんた!俺まだ16だよ!?」
色町って言えば、現代で言う所の「風俗街」みたいな場所だ。そんな場所を俺みたいな子供におすすめしてんじゃねーよ!いや、本当は40オーバーだけどな!
「あほか、16と言えば立派な大人だ。結婚だって出来るんだから、全然変じゃねーよ」
ええ!?16って成人なのか?全く知らなかったよ。神様の野郎、本当に何も教えてくれなかったからな。そういえば、神様最近見てない・・つーか、一番最初に会った時から一度も会ってないな。いや、神様なんだからそういうもんかもだけどね。
それにしても・・・。今日はマルセルと一緒に何人かマルセルの同僚みたいな奴も一緒なんだけど、なぜか俺と目を合わせようとしない。そういえば、さっき寄った冒険者ギルドでも、休みだったティルデの代わりの受け付けも挙動がおかしかった。
うーん。卒業って事で、俺が色々と神経質になってるのか?まあ、マルセルは普段通り・・・では無かった気もするが、まあ普通に話してたしな。
そんな事を考えながらマルセルと別れた俺は酒場へと行き、以前から食べようと思っていたメニューと、ちょっとお高い飲み物を注文した。周りを見回してみたけど、ティルデは今日は来ていないようだ。
酒場での自分へのお祝いも終了し、俺はいつもの長屋への帰路に就いた。
異世界へ来てから色々あったけど、明日からは本格的に自分の生きる道を探して行かなきゃならない。
「おっし!頑張るか!」
俺は誰に言うでもなく、一人満点の星空に向かって叫んだ。
そしてこの日が、ハイランドで過ごした十代最後の日となった。