計画変更
「それでは今日の夕刻にでも出発しますか?それでしたら明後日の夕刻にはベルストロに到着すると思いますが」
レギアスの厚意に甘えて、俺達は彼の馬車でベルストロまで行く事になった。彼の馬車は人を運ぶ馬車では無いので、乗り心地に関してはご容赦くださいと言われたが、そんなぜいたくを言えるような立場に俺達は無い。
あと、彼もベルストロに荷物を運ぶ仕事があると言う。なのでそのついでに、と言われたのもありがたかったね。
「冒険者を雇う手間と賃金を節約できました」
とか言ってくれたんだ。本当の所はどうかはわからないけどな。なので馬車2台に、俺達パーティー5人と業者4人の合計9人での移動となる。結構大所帯だな。
そういうわけで俺達は早速準備に取り掛かった。とは言え、荷物を整理するだけなので、時間なんか掛からないんだけどな。唯一かわいそうなのがエレオノーレさんだ。ユリアーナに寝ている所を起こされてしまったからな。
「馬車で寝れば良いじゃない」
とはユリアーナの弁だ。いやそりゃそうだけど・・・。
「まあそうね」
とは言え、当の本人がそう言っているので、おれがどうこういう事では無いな。
そういうわけで、準備なんてものもそれほど無かった俺達は、夕方まで待ってからレギアスさんが用意してくれた馬車へと搭乗した。まあ、搭乗したと言っても、馬車の荷台に申し訳程度の屋根を付けただけの物だけどな。雨風に晒される心配がないだけましか。
ユリアーナとエレオノーレさんは、馬車で移動中の事について、何やら色々と話し合っていたようだ。
「それではホーキンスさん、色々とお世話になりました」
「いやこっちこそ、変な事件に巻き込んじまったみたいですまなかった」
いやあれは、正直宿のミスでは無いからなあ。どっちかと言うと、宿も被害者でしょ。
「いえいえ、あれは事故ですから。お互い無事で何よりでした」
なので俺は咄嗟にそう言ったよ。
「そっか、そうだな」
俺の言葉にホーキンスは少し考える仕草を見せてからそう言った。まあ、あんな事件は早く忘れるに限る。なんか怖いしな。
「では、そろそろ出発しますよ」
「はーい」
レギアスさんの声にユリアーナが返事をする。
「それではホーキンスさんお世話になりました」
「ああ、こっちに来た時には、またよろしく頼むぜ」
「はい」
そして俺達は、今度はバルサナに向けて出発した。まあ、北リップシュタートに戻るときはこの町を通るんだから、また会えるだろ。
レギアスさんが夕方に出発しようとしたのには理由があった。この時間帯に出発すれば、月明りで照らされているうちに荒野の道路を走ることが出来、真昼の薄暗い森の中で馬を休ませつつ移動できるのだと。
逆が良いんじゃないの?って聞いたら、夜の森を走ったり休憩したりはしたくないとのお返事が来た。もしかしたら夜の森は結構やばいのかも。怖くて聞けなかったけどな。
んで、馬車の中で、ベルストロに着いてからの計画を立てることに。とは言っても安い宿を見付けて、そこを拠点に捜索を開始するくらいしか無いんだけどな。ただ、小さい街らしいから、アルターラよりは情報が掴みやすいのではないかな。
長期戦になりそうだったらどこか住む場所も用意しなきゃだけど、出来ればそれは避けたいんだよな。アルターラやグリーンヒルみたいに誰かのお世話になる事も期待できないし。
他力本願かよって思われるかもしれないが、フィオリーナの言ってた「不安定」ってのもすげえ気になるし。ちなみにレギアスにバルサナについて聞いてみた所、落ち着いていてとても良いところですよというお返事が返って来た。一体どんな国なんだバルサナは・・・。
それと馬車に乗っている間は、俺、ユリアーナ、エレオノーレさんの3人でローテーションで睡眠をとることに決めた。常時二人は警戒についておこうという事になったんだ。それと念の為に荷台には魔法で灯りも付けておくことに。
警戒しすぎじゃね?って言ったら、じゃあシンちゃん一人でちゃんと出来るんでしょうね?とユリアーナから言われ、グーの音も出なかったよ・・・。
そして最初の夜は何事もなく過ぎ、森の中へと入って行った。そして森の出口に差し掛かった辺りで休憩を取ることに。森の中は予想以上に昼間でも暗く、これは確かに夜は入りたいとは思えなかったね。
もしかしたら野盗とか出るのかもしれないな。森の出口で休憩を取っているのも、その対策かもしれない。怖いから聞かないけど。
この間も俺達は、交代で休憩しながら見張りを続けた。レギアスさん達にはその間ゆっくり休んでもらえるしな。交代でとは言え、夜通し馬車を走らせていたし。
そしてそろそろ日が沈み始めるころになって、俺達は森を出発した。またしばらくは荒野が続くらしい。そして明け方頃に再び森に入り、そして夕方には森を抜けてベルストロに到着すというわけだ。
なので今日も俺達3人でロー手を組んで警戒に当たることになる。でも正直さ、レギアスさん達もいるし、俺達がそこまでして警戒に当たる必要があるのか甚だ疑問だったんだよねー。過剰過ぎないかってね。
けれど、俺のその見通しは大変甘かったことをこの後思い知ることになったんだ。
次の日、森に入るや否や、レギアスさん達が馬車を停車させた。あれ?予定より早くねーか?って思ってレギアスさんに尋ねたんだ。
「確か予定では森の中ごろでの休憩じゃありませんでしたっけ?」
「ええ、そう思ってたんですが、お客様を乗せてるのも有って、万全の態勢で森を抜ける為に、予定より早く休憩する事にします」
まあ、お客様ってのは俺達の事だよな。
「普段は自分達だけなんで、割と無理目に行く事もあるんですがね」
普段取引のあるホーキンスの客だからって事か。義理堅い人だなあ。まあそれならこっちも遠慮なく休憩させてもらおう。
「ユリアーナさん、今日もローテーションで休憩しますか?」
「いやー、もう今日の夕方には着くわけだし、寝なくてよくない?」
「それもそうですね」
考えてみりゃ、今日はもう街に着くわけだし、夜の警護の事を考えて寝る必要も無かったな。この国は治安も良いという話だし。
そんな事をユリアーナ達と話している時だった。
「あの、誰か向こうから来てます」
ソフィと森を探索していたブリジッタが、慌てた様子で俺達の元へ戻って来た。それを聞いて、俺達の進行方向へ目を凝らすと、確かに二人組の誰かがこちらへと歩いてきている。
その二人組の姿を見た俺は、一瞬ティルデとアリーナの姿を思い浮かべた。もしかしたらあの二人かもしれない・・・。そう思った俺は、体が自然にその二人の方へと歩き始めていた。しかしそれはすぐに誰かによって制止されてしまう。
「えっと、ユリアーナさん・・・どうしました?」
気が付くと、ユリアーナが俺の腕をがっちりと掴んでいた。
「シンちゃんどこへ行くの?」
「いえ、あの二人が誰かを確かめようと・・・」
「こんな森の中を歩いてきた人を?おかしいと思わない?」
ユリアーナに言われて俺は初めて「はっ」とした。この先は宿場町まで森と荒野しかない。そんな所を徒歩で来る人間なんか普通はいないだろう。じゃあこの二人は・・・。いやしかし、ホーキンスはティルデとアリーナらしき人物が「歩いて」ベルストロに言ったと言ってたし・・・。
「まさか野盗か何かですか!?」
旅人なら普通に馬車だろう。徒歩で来る理由が無いからな。それ以外なら盗賊の類って可能性をユリアーナは心配してるんだろうか?
「野盗の方が可愛かったりしてね」
なんだ?今のユリアーナの表現だと、相手がだれか特定できているような言い回しじゃないか?
「それはどういう意味で・・・」
「コレナガさん!」
俺がユリアーナにそれはどういう意味なのか尋ねようとしたら、俺を呼ぶレギアスの声が聞こえた。
「前方から歩きの人が見えたんで、ちょっと様子を見てきます」
「え?大丈夫ですか?もし盗賊の類だったりしたら・・・」
「大丈夫です。こっちは4人だし、戦闘経験者もいますから」
そう言ってレギアスさんは4人で二人組の所まで歩いて行った。
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃない?」
俺の不安げな声に、ユリアーナが能天気な声で答える。いやお前、俺が行こうとしたら止めてたじゃん。すげえ力で止められたからちょっとびびったんだぞ。
そんな事を考えていたら、レギアスさんがさっきの二人組と一緒に戻って来た。
「ユリアーナさん、レギアスさん達があの二人組と一緒に戻ってきましたよ」
「そうみたいだね」
そう言いながら、ユリアーナは俺より数歩先に歩き出た。なんか俺を守るみたいになっている。一体何なんだ?
「コレナガさん」
二人組と一緒に戻って来たレギアスさんが俺に話しかけて来た。一体この二人組はなんだったんだろうか?
二人ともローブを目深に被っているので顔までは見えないが、一人は赤い髪でもう一人は金髪だった。どうもティルデとアリーナでは無いようだ。しかし今はがっかりと言うよりも、得体のしれない不安でいっぱいになっている。
「コレナガさん、状況が変わりました。計画を変更します」
「え?計画ですか?」
計画って、後はベルストロに行くだけなんだけど、何をどう変更すると言うんだ?
「コレナガさんには、ここで死んでもらいます」
「はあ!?」
え?レギアスさん、今なんて言った?俺に死んでもらうって言ったのか?え?なんで?どういう事だ?