職業訓練所
「豚は豚らしくブヒブヒ鳴けばいいんだよ!この間抜けで役立たずな雄豚があああああああ!」
「ぶ、ブヒイイイいいいいいいいいいいいいいい!」
ドン引きである。
ここは、フォンシュタイン家が領主を務める街「ハイランド市」の公営の職業訓練学校だ。決して、養豚場では無い。
じゃあ何故「ブヒブヒ」鳴いているのかというと、これにはふか~い、いやすまん、全く深くはない理由があった。
ユーディ、つまりあのエルフの女の子からパーティーに誘われたのを断った日、実はティルデからも職業訓練所の話を聞いていた。本当はユーディに、職業訓練所に行くことを話す予定は無かったんだけど、あんなに真面目に聞いて来られちゃ話さないわけにはいかなかった。
「ハイランド市公営職業訓練所の教官は私の同期なんですが、非常に優秀で美しい女性ですよ。よろしければご案内しますが?」
「はい、ぜひ!」
俺は二つ返事で答えていた。若干ティルデさんの俺を見る目がしょっぱくなった気もしたが、俺は気にしないよ!ティルデもかなりの美人さんなんだけど、この人怪我して気を失ってる俺を起こすのに、マウントして往復ビンタするような、バイオレンスな気質があるからな。
「でも、具体的にどんな訓練があるんですか?」
「そうですね。おおまかに言って「剣のスキル」を磨く事と「魔法のスキル」を磨く、この2点になります」
「その二つだけ?」
「はい。訓練所は、冒険者になるための手助けをする場所ですので、難易度の高いカリキュラムはありません。」
なるほどねえ。あくまでも、本番は冒険者になってからって事かな。
「なので、コレナガシン様のように何の魔法も覚えていない、一見、全く役に立ちそうに無い初心者の方でも、安心して授業を受ける事が出来ますよ」
「・・・・・・・・・。」
いやいいけどね!どうせ何の役にも立ってなかったからね!見てろよ!?俺はこれからこの世界で、魔法剣士の常識を覆す冒険者になってやるからな!
そういや、ティルデさんも魔法剣士だったな。俺を助けてくれた時の魔法はそりゃ凄かった。あれでも上位レベルになってくると通用しなくなるらしい。うん、とりあえず目標は目標だから、無理目だったらとっとと魔道士にでも転職すればOK。
さっき固く心に誓った目標を、あっさりと手のひらを返すように心の片隅に追いやった俺は、その場で訓練所への申し込みを行った。
申し込みは1年中受け付けているようだ。元々希望者の数はそれほど多くないらしく、教官が個々の能力に合わせた指導を行うことが可能な為、人によっては1ヶ月ほどで卒業することもあれば、1年みっちり指導を受けることもあるという。
とはいえ、自分で卒業時期を決めれるようなので、どの辺りで冒険者として旅立つかは、自分で判断するか、教官と話し合いながら決めるのが普通なんだと。
しかも、ギルドでは処理しきれない低レベルのクエストを授業の一環として組み込んで、その報酬を学校の運営費にあてているらしい。なので基本的に授業料は無償となっている。基本的というのは、あまりにも高額な魔法の修得などは、自費ですることになっているからだそうだ。まあ、そういう事は滅多にないらしいけど。なにせみんな俺みたいな初心者ばっかだからね!
しかしせっかく異世界に来たというのに、日本にあったような職業訓練所に通うことになるとはなあ。やはり手に職を持っていなければこの世界でも厳しいのだろうか?やだやだ、なんで冒険者には「森のG級ハンター」のクラスがないんだろうか?あれだって立派な職業だろう。
そんなくだらないことを考えてるうちに、ティルデさんは入学手続きを終えてしまったようだ。
「コレナガシン様、手続きが終了しましたので、訓練所へご案内致します」
「あの、ティルデさん」
「はい、何でしょうか?」
「その、コレナガシン様っての無しでお願いできませんか?」
「?」
「シン、でお願いします。あと敬語もいらないっす。」
「ああ、そういうこと・・・ね。では、シン、訓練所に案内するわね」
あー、やっと堅苦しいのから開放された。だって、実年齢はともかく、今の年齢は絶対にティルデさんの方が上だからな。この世界で生きる以上、日本での年齢は加算されるべきじゃないだろう。
「あと、私の事も「さん付け」は無しでいいわよ、シン」
「あはは、了解です、ティルデ」
俺の勘違いかもしれないけど、なんかこの人、ずっと俺のこと気にかけていてくれてた気がするんだよね。森での一件以前からね。なので仲良くなりたいとは思っていたから、素直にこれは嬉しかったよ。
**************
ティルデに案内されてやってきた職業訓練所は、3部屋くらいの平屋の建物と、日本の中学校くらいの広さはあるかと思われるグラウンドのような場所だった。
よく見ると、グラウンドを10名程で走っており、一人の女声がその様子を中央で見守っていた。
「はい、ラスト1週ですよ~。最後尾の人には罰ゲームですからねえ~」
と、のんびりとした口調で走っている人、恐らくは生徒であろう人達に叫んでいた。
「彼女がこの学校の講師である「ヴィルヘルミーナ」よ」
ティルデが言っていたように、確かにかなりの美人さんだった。金髪ロングの髪に、碧眼、そしてモデルのような体型と、どっからどうみても美人さんだった。
やべーよ異世界。俺がゲームの中で散々あんなことやこんな事をやってきた、まさにゲームのキャラクターそのもののような女の子が多すぎる!しかも、網タイツにヒールという、とても学校の講師とは思えないような・・・・。
あれ?網タイツにヒールとか、なんかおかしくね?なんでこの女、昼間の職業訓練所でこんなカッコしてんの?しかも講師だよ?
そんな俺の疑問を他所に、グラウンドでのランニングは終了していた。そして講師のヴィルヘルミーナさんの声が聞こえてくる。
「はい皆さんお疲れ様でした。それでは1時間の休憩の後、午後のカリキュラムに移行したいと思います。ただ、最後尾だったアントニウスさんは、罰ゲームでーす♪」
いや、本当に罰ゲーム始まるの?ってくらいのんびりと柔らかい口調で話しだすヴィルさん。おもむろに着ていた服を脱ぎだした。
「ちょっとおおおお!ティルデ、あれ止めないでいいんですか!?こんな公共の場で服を脱ぎ出し始めましたよあの人!」
「だって罰ゲームだもの」
しかし返ってきたのは、「何あたり前の事言ってるの?」みたいなティルデの反応だった。
「罰ゲームって、講師の人が受けるの!?最後尾の人じゃなくて!?」
「最後尾の人だけど?」
は?いやいや、じゃあなんであのヴィル先生は自分の服を脱ぎ始めてるんだよ。あれじゃ、生徒たちへのご褒美じゃないか!と、言いつつ俺もしっかり見てたけどな。
そう考えていると、ヴィル先生はどこに隠し持っていたのか、ムチらしきものを取り出した。そして地面をピシイイイ!と一回叩く。
「お前かああああ!グラウンド10周もまともに走れない、哀れな豚わああああああ!」
さっきまでののんびり口調とは違い、網タイツボンテージ&ヒールの格好になったヴィル先生は、まるでSMの女王様のようなセリフを恥ずかしげもなく叫んでいる。
そして罰ゲームの対象となったアントニウスと呼ばれてた人は、恍惚の表情でヴィル先生に見入っていた。
もしかしたら、ティルデの紹介する人だから、とんでもない人かもとは覚悟してたが、こっちの予想を斜め上に裏切ってくれた上に、ドン引きですよドン引き!
しかもなんで、アントニウスとか言う奴は顔を赤らめて嬉しそうにしてんだよ・・・。って、他の生徒も全員かあああああ!
俺が甘かった。大体、ティルデがあんなバイオレンスな女なのに、この女が推薦する奴がまともなわけが無い。しかし入学手続きは済んでしまっている・・・・。
「豚は豚らしくブヒブヒ鳴けばいいんだよ!この間抜けで役立たずな雄豚があああああああ!」
「ぶ、ブヒイイイいいいいいいいいいいいいいい!」
真っ昼間の職業訓練所で行われているこのやり取りを見ながら、俺は一人ドン引きしながら、そして今後自分の身に降りかかるかもしれない目の前の行為を、涙目で見ているしか無かった。
そしてそんな俺を、ティルデはきょとんとした眼で不思議そうに見ているのだった。ちくしょう可愛いなおい!