第51話:こわもての人がグラサンを外すと案外目が可愛かったりする話
話は今から20数年前に遡る。
「尊さん、ベリアル、いますか?」
まだあどけない顔をした少年が万神殿の奥にある聖所に足を踏み入れる。
「どうしたバラク?また、いじめられたのか?」
可憐な少女が現れる。ベリアルだ。少年は、まだ自分が涙声だったのが恥ずかしかったのか、今一度洟をすすりあげた。
「ち、違うよ。」
バラクは祭司である「宝井」家の末裔の、分家の子である。宝井家は、人類最初の士師である宝井舜介の子孫であり、「胤」の中核をなす家系であった。バラクは利発な子で、大人受けがいい子であったが、それは逆に同世代の子供たちの嫉妬の対象になることを意味する。
彼はよく陰でいじめられるので、こうして聖所によく逃げ込んでくるのであった。神殿の一番奥にある部屋は『至聖所』と呼ばれている。そこにはキング・アーサーシステムの主人格である鞍馬哲平、その妻でJUSTINシステムを統御している王妃可南子の二人の身体を収めたコールドスリープカプセル。 そして、元移民宇宙船イザナギのホストコンピューターである「オモイカネ」が収められた聖櫃が収められている。そして分厚いカーテンで仕切られたその手前の部屋が聖所なのである。
ここには、成人した「祭司」職のものしか入れず、しかも保守点検を行う年数回ほどであったから、隠れ場所にはぴったりであった 。
「そんなやつら、ガツンと一発やってやればいいのさ。」
よくそういってベリアルはバラクを励ましていた。もちろん、そんなことができれば、とうの昔にいじめられっ子など卒業している。バラクはそうはできない子なのだ。でも、こうしてベリアルがいつも話を聞いてくれるのがバラクはうれしかったのだ。
そして、可憐な茉莉の少女時代の姿は、バラクの憧れであり、初恋の「人 」でもあった。
「今日は尊は忙しいでの。ずいぶんとシステムに潜っておる。」
尊は、激しい事故で放棄された都市、「ヘリオポリス」(旧ウインダム)の復旧を目指していたのだ。
「おーい、ベリアル。どこいった?さぼってんじゃねえよ。……あれ、バラクじゃないですか。どうしましたか?また……いじめられでもしましたか?」
尊が現れる。ベリアルに対する言葉遣いと、自分に対する紳士的な言葉遣いのギャップがあまりにもひどいのが、バラクは大好きなのだ。
よく、ほかの子供にお前はいい子ぶっている、という理由でバラクはいじめられる。だから、尊のこの態度は、英雄でもいいこぶっている、という親近感をバラクに持たせるのだ。
「あなたはいい子ぶっているのではありません。本当にいいこなんですよ。」
尊はよく化肉しては バラクの頭を撫でてくれた。
「みんな大人になれば、あなたが正しいことを認めることができるはずです。自分を信じてください。決していじめっ子たちを憎んだり、自分を傷つけてはいけません。彼らはまだ子供なのです。」
「僕は大人なの?」
バラクが尋ねると
「いいえ。あなたも同じただの子供ですよ。まだ毛が生えないうちはね。まあ、人の成長に決まった順番はありません。身体が初めに大人になる人もいれば、心がそうなる人もいます。大切なのは相手の優れたところを尊重し、自分の優れたところを探すことです。それを見出し、ピカピカに磨きあげてください。そうすれば、あなたは立派な大人です。」
尊の答えに
「僕のいいところ、って?」
バラクが尋ねる。
「良い質問です。私はあなたを評価するのは、自分を貫く強さです。あなたはいじめられても、自分の生き方を変えません。それは素晴らしいことだと思います。しかしバラク、気を付けてください。人の長所には必ず影がつきまといます。自分を貫く強さは、時として他人をくじくことがあります。そのバランスが見極められるようになったとき、あなたをいじめるものはそういなくなります。しかし、過度に期待してはいけません。どんなに立派な人でも100%の人に好かれることはできないのです。」
尊はいつも話が長い、それは欠点なのでは、バラクはふと真実に気が付いたが『いい子』なので言おうとは思わなかった。
彼に転機が訪れたのはそれから間もなくだった。バラクがいつものように聖所に侵入するとそこには先客がいた。祭司かと思ったが挙動がおかしい。
「背教者だ。」
背教者とはアマレク人に与するGOSENに、唆されたり買収されたりして神殿で破壊活動を試みる者たちだ。 バラクは迷わず非常ベルを押した。驚いた男はバラクに持っていたナイフで切り付ける。刃は彼のこめかみをかすった。男は駆け付けた警備隊に即座に取り押さえられた。
それからというもの、彼を苛めるものはいなくなったのである。
こめかみに残った傷跡は少年にとって十分すぎる貫禄と度胸を持たせるものとなった。なにしろ、そのとき味わった恐怖に比べれば、いじめっ子のプレッシャーなど「屁のつっぱり」にもならなかったのである。
「ああ、傷跡がうずくなあ。」
ベリアルに教わった通りのセリフをつぶやくだけで、いじめっ子たちは尻尾を巻いてこそこそと逃げだした。ナイフを持った大人と素手で戦って勝った、という伝説が勝手に出来上がり、子どもたちの間で「一人歩き」どころかスキップまでしていたのだ。
「その傷、まだ残っているのですね。」
尊が言うと、バラクは照れくさそうに、
「ええ、でもサングラスの弦のおかげであまり目立ちませんが。」
そういって、傷跡を指でなぞった。
「そういえば、その『姿』ってどういう意味なのですか?」
とシモンが尋ねる。
「ああ、これですよ。」
壁に貼られた写真。アーサー王と円卓の騎士の姿を映したものである。その中に尊の姿があった。
「ああ。」
シモンとニックは同時に同じ声をあげた。シモンは古い写真に、自分と出会った頃の尊の姿があったのを見て驚き、ニックは尊の顔に既視感を抱いた理由を理解したからだ。
「そういえば、今日はミニスカートではないんですね?」
バラクがベリアルに尋ねる。
「そうなのじゃ、最近ちっとも尊が許してくれなくてのう。あれ(『パンちら』のこと)を楽しみにしておる大きなお友達はどうしてくれるのじゃ。」
「バカモノ。お前は浮いたり回転したりするからだ。『妹』のパンツを曝したい兄がどこにいる。地に足をつけるか、それなりの格好をするかどっちかにしろ。」
温厚な尊が珍しく怒る。
「どうしてバラクさんは神殿を出られたのですか?」
雰囲気が怪しくなってきたので、シモンが水をバラクに向けた。