第50話 戦線に潜入せんとす、という話
「見ない顔だな。何者だ? 何処から来た? ここに来た目的はなんだ?」
真ん中の男は居丈高に尋ねてくる。
月の青白い影に照らされると肌の色だけでアマレク人かテラノイドか見分けがつきにくい。
「私も皆さんとは初対面ですね。よろしければ自己紹介はお先にどうぞ。」
尊が慇懃に譲ると血の気の多そうな男がいきりたった。左端だ。
真ん中の少し背は低いが、がっちりとした体躯をした男がその者を制すると
「俺たちは『人類解放戦線』の者だ。」
と、所属だけ明らかにする。しかし尊は彼の顔に見覚えがあった。3年前、メンフィスを脱出する際、地図を手に入れるために接触した男、ダタン・コナーズであった。
尊は帽子をとり、顔に手をあてた。ナノマシンで作った仮の人相を解除する。
「ゼ、ゼロス……ゼロス・マクベイン!!」
驚きと憎しみのこもった声で、呻くように低い声で、誰かが尊のかつての名を口にした。
久しぶりに耳にする義兄のもう一つの名前に、シモンは尊の顔を見やった。
「久しぶりにそう呼ばれましたね。確かに私の昔の名前で間違いありません。」
尊は答える。男たちの目は複雑な感情を湛えていた。近年、テラノイドを締め付ける元凶となった男への怒り。もしかしたらこの中でも尊のせいでこのテロ組織に身を投ぜざるを得なくなってしまったものがいるかもしれない。しかし、中には彼が約束の救世主ではないか、という者もおり、彼に対する地球人種たちの評価も、そして対応もまちまちであった。
「久しぶりだなあ。坊主。3年もたつとすっかり坊主、ってより『旦那』って顔つきになってるぜ。」
ダタンが褒める。
(実はの、ほんとに『旦那』になっておるがの。)
ベリアルが密かに突っ込む。
「いつぞやはお世話になりました、コナーズさん。覚えていただいて光栄です」
尊は礼を言ってから本題に入る。
「しかし、今は本名の不知火尊を名乗っています。私はあなた方の敵ではありません。お手数ですが皆さんの首領の元に案内していただけますか。」
尊の申し出に5人は互いに顔を見合わせる。もとより二人を連行しようとしていたのは言うまでもないが。
「よかろう。ついてきたまえ。ただし、武器はこちらにあずけていただこう。」
不安そうな顔のシモンを制して二人の銃を手渡す。さらにボディチェックも許して他に武器を持っていないことを確かめさせた。
秘密保持のために、という理由で二人は目隠しをされるとピックアップトラックで彼らのアジトまで連れていかれた。シモンは殺されてしまうかもしれない、という不安にかられていた。
「大丈夫ですよ。」
シモンの耳元で尊がささやいた。そう、なかなか手際よく、合理的な動きをしていることは、彼らが訓練されていることや、規律に則って行動していることが覗える。いたずらに刺激しなければ暴発する可能性は低い。
彼らのアジトは意外にも、メンフィス旧市街、つまり北部の工場街区にある、とある廃工場の中にあった。奴隷居住区にあるのかと思いきや、彼らの意外に大胆な選択に尊は感心していた。
身柄を縛られてはいないものの、銃を突きつけられての状態にも拘わらず尊は一切動じてはいないようだった。
取調室に連れてこられると、二人は銃を持った男たちに囲まれ、部屋には緊張が走っている。男は部屋の隅に置かれた固定電話の受話器を取った。
「司令、ゼロス・マクベインを連行しました。」
得意気な声で報告していたが、なぜ取調室なのかと叱責されたらしく、司令官室へ連れて来るよう命じられていた。
「了解です。」
司令官室に通されると、そこは小綺麗なオフィスで、もっと雑多で武骨な部屋を想像していた尊をますます驚かせた。
質素な事務椅子に座っていた司令官は髭を蓄え、きちんと整えたたダンディな男でティアドロップのサングラスをしていた。いかにも司令官、という人物だった。
「ハンニバル・サンダースだ。この部隊の司令官をしている。」
立ち上がって二人に握手を求めてきた。
「旧秩序(地球のこと)古代史に登場する名将の名をいただきましたか。久しぶりですねバラク。私が不知火尊です。この姿でお目にかかるのは初めてですね。」
尊のあいさつに、「バラク」と呼ばれたハンニバルは苦笑する。
「尊さん。本当に、育つとその『姿』になるもんなんだね。……みんな悪いが、二人で話がしたい。」
戸惑いを隠せない部下たちを部屋から出すとバラクは尊とシモンを司令官室のプライベートブースに呼びいれた。
そこにある事務所用の簡素なソファに座るよう勧める。座るとかなりかためであった。
「最近はすっかり私の仮眠室ですよ。」
尊は、エンデヴェール家のリビングにあるふかふかのソファとの違いについて考えているとバラクはそう言って笑った。
「確かに寝起きにはよさそうですね。」
(寝つきは悪そうじゃがな)
尊のお世辞にベリアルがつっこみを入れる。
「ベリアル、久しぶりですね。相変わらずその姿なんですね。」
バラクがベリアルに声をかける。
「そうじゃ、おぬしもうれしかろう。初恋の少女の姿に会えての」
シモンはバラクが何を言っているかわからなかった。
「すみません、バラク。まだ家族にも居候の存在を教えていなかったものですから。」
尊はそういってからベリアルに
「とりあえずこの中でベリアルが見えないのはシモンだけですからね。姿を肉眼で見えるようにしましょうか。」
床に魔法陣のような紋章があらわれると、そこから蛍のような光が沸き上がる。ゆっくりとそこから可憐な美少女の姿が現れる。少女はオーバーオールを着ていた。
「シモン、紹介しましょう。彼女はベリアル。私の脳を依代にしている、アプリケーションです。」
シモンは何が何だかわからなかった。
「わしはおぬしをよくしっておるぞ、シモン。わしは尊に我が民の知恵を貸し与える媒介をするものじゃ。こうして顕現するのは尊が消耗するでの。いつもはせんのじゃ。」
3人が旧交を温めていると少年がコーヒーをもって現れた。少年はベリアルを見ると、カップが一つ足りないことに気づき、引き返そうとする。
「ニック、いいんだ。この娘はコーヒーが飲めない。」
バラクは物理的な意味で言ったのだが、少年は別の意味でとらえた。
「ではミルクを。」
ベリアルが笑った。
「それはいいの。どうじゃ尊。わしの分を飲まぬか?」
バラクは「少年」を「3人」に紹介する。
「彼はニック・サンダース。私の"姪"だ。現在は私の秘書をしてもらっている。あまり喋らない娘だから皆男だと思われているが…本人が面倒だというので、勘違いしたままでいてもらっている。」
バラクの紹介にシモンはもう一度"彼女"を見た。襟足を短く刈り上げたヘアスタイルに、少女にしては長身のため、少年と見られても仕方はないだろう。
シモンはバラクの視線に押し出されるように自己紹介をした。
「僕はシモン・エンデヴェールです。尊の義弟です。」
短く自己紹介をした後、ニコラ(ニック)と目があい、思わず二人して顔を背けた。バラクの背後に直立しているニックに尊は席を勧めた。しかしニックは
「いえ、このままで。」
と辞退した。
「しかし、懐かしいですねえ。」
尊が昔話を始める。自分が本物の不知火尊であることを明らかにするために。
明日も夜10時ですよ。