第90話;ブヨの災厄
[星暦998年6月6日]
「時は満ちました。先方からの回答はなにもありませんでした。」
尊は淡々とした表現でブリッジの真ん中でクルー全員に告げた。
「これより第三の災厄が始まります。」
尊が杖を床を打つ。杖をついた部分から魔法陣のような光の紋様が広がる。やがて光が消える。
これが災厄の始動を意味するのだ。ネーヅクジョイヤから巨大なカプセルがメンフィス上空からいくつも投下された。
[星暦998年6月7日]
マリアンは家の中を使用人たちが走り回る足音で目が覚めた。6月に入って雨季に入ったころである。蒸し暑さ、まではないが湿気が多いため、家ではエアコンが四六時中つけられているはずだ。しかし、動いていない。マリアンはメイドを呼び出すためのベルを押した。
「おはようございます、お嬢様、お呼びですか。なんなりとどうぞ。」
メイド長のエイダ・ストーが応対した。エイダはマクベイン家の家令であるストーさんの奥さんである。
「エイダ、エアコンが故障してるの。」
「まあ、お嬢様のお部屋まで……」
エイダが整備担当の奴隷が、エアコンの修理で手一杯であることを告げる。
「なんだか騒がしいようだけど、何かあったの?」
「まあ、申し訳ございません。お嬢様」
マリアンが自分たちの騒ぎで目を覚まさせてしまったことに気づいたエイダは気まずそうにあやまった。
「ええ、いえね。家中の電化製品が故障してしまったのです。」
聞くところによると、掃除機やら洗濯機、冷蔵庫、といった電化製品が全く動かないのだという。
「アイロンもつかえなくて。お嬢様のお召し物にもかけられないんです。」
心底困った顔をしている。
「窓を開けてもらえるかしら?」
マリアンの依頼にエイダは首を振る。
「いけません。お嬢様。その……第三の災厄が始まっているのです。」
ブヨが出ているのか?マリアンは部屋のパソコンを立ち上げ、ニュースを見ようとするが動かない。
これも故障してしまったようだ。しかし、マリアンのスマートフォンは「生体型」のCPUだったためか壊れていなかった。
「政府広報:テラノイドのテロリズムに御注意ください。」
というテロップがまずモニターを流れる。
「情報によりますと、現在、国内のあらゆる所で家電製品が故障しております。
原因は、現在調査中とのことですが、窓を開けて、大量のブヨが室内に侵入した後、発生しているという目撃証言が多数寄せられております。」
キャスターが繰り返し警告している。
「窓を開けないでください。ブヨの侵入を許さぬよう細かい網目の網戸が無い限り開けてはなりません。」
「義兄さん。ただのブヨでは無いんでしょう?」
シモンはモニターを流れる幾つかのニュースチャンネルの画像を見ながら尊に尋ねた。
「そうですね。ではこれを見てください。」
メインモニターに映されたのは"ブヨ"の拡大画像であった。
「うわ、気持ち悪っ」
エリカは心底嫌そうに言った。
「ナノマシン製の超小型爆撃機……と言ったところか。」
カレブが感心したように言う。
「ええ、四天の一人、宝井舜介とそのアプリ『ベルゼバブ』の作です。」
尊の言葉にバラクが笑った。
「さすがは『蠅の王』(ベルゼバブの字義)だ。昆虫型ドローンや兵器のプロフェッショナルだからな。」
「おいおい笑うな。お前のご先祖様だぞ。」
ベリアルもいさめたが、彼女自身も笑っているので説得力にかける。
尊は舜介がへこむだろな、と思いつつ話を進める。
「ええ、その通りです。このブヨは電化製品を見つけると、そこに入り込んでモーターや電子基盤、配線などに取りついて爆発してダメージを与えます。まあ、『爆撃』というよりは『特攻』という方が的を得ていると言えるでしょう。」
尊の説明にラザロが尋ねる。
「では、アマレク人はその情報をどうやって伝えるんだい?」
「実は、この攻撃の範囲に『生体型』の製品は含まれないのです。ですから、テレビ、電話、パソコンの中でもCPUが『生体型』のものは使用可能なんです。」
「じゃあ、電化製品が壊れて苦労するのはテラノイドの奴隷じゃないのか?」
ラザロはさらに突っ込んだ問いをぶつける。
「そうです。そして、それこそがこの災厄の狙いです。」
尊は微笑んだ。
「これまでの2つの災厄でテスタメントが我々の制御下にあることを明らかにしました。それは彼らの軍に匹敵するほど強大な力です。それに対してアマレク人は、後片付けなどに人類を駆り出しました。臨時の肉体労働を課すことで、批判の矛先を我々に向けさせ、民と私たちの関係を分断するためです。」
「確かに、長老たちからはそういった不満の声が少なくない、という報告を受けている。我々が余計なことをしてアマレク政府を刺激しているとね。」
バラクが解説を加えた。
「でも、そもそも奴隷として使役しているのはヤツらじゃないか。」
ジョシュアが抗議の声をあげる。
「その通りです。そこで今回の災厄です。町中の家庭用電化製品はすべて破壊されるでしょう。アマレク人は奴隷たちをどう扱うでしょうか? もし、奴隷を大切にしているなら機器をもう一度購入するはずです。それが彼らの責任だからです。しかし、そうせずに同じ成果を我々にだけ要求するでしょうか。彼らが選択しなければなりません。」
「つまり、アマレク人が人類を奴隷とし続ける権利を主張する資格を示せるかどうか問われている、といことか」
ラザロが綺麗にまとめたので尊は頷いた。
「そして、我々も奴隷という生ぬるい環境で進歩せずに停滞することが本当に我々のためになるのかどうか、一人一人が選ばねばならない、ということだ。」
バラクがさらに加えた。
「さて、この思いがみんなに届けばいいのですが。」
町がパニックになる、ということはなかった。アマレク人が使用する機器に被害が生じたわけではなかったからだ。結局、政府の態度は軟化することはなかった。
そして、テラノイドたちの心を沸き立たせるニュースが入った。これまで閉鎖されていた廃棄都市ヘリオポリスをスフィア軍が奪還した。というものだった。




