第89話;兄の面影
[星暦998年6月3日]
「電波介入開始します!」
通信士が伝達する。これから首都メンフィスの公共放送にお邪魔して、第3の災厄について宣告しなければならないのだ。尊はネーヅクジョイヤの執務室のデスクに座り、放送の開始を待っていた。設置された撮影機が回り、まばゆいばかりの照明が目に入りると、尊の緊張はより一層増す。
人前で語るということも尊個人としての十分緊張の原因となるが、それよりも一度ジャミングを許した放送局がもう一度それを許すか、ということが、通信士連中の緊張の原因であった。
しかし、正式な国交を樹立されない限り、きちんとした連絡も通告も送れないため、こういう手しか使えないのだ。無論、"国交"関係のあるフェニキアに依頼したことはした。しかし、「災厄関連」の通告に使われて、アマレク国民の負の感情の矛先が自分たちに及ぶことを恐れたフェニキア側は首を縦に振らなかった。
「10:00(ヒトマルマルマル)ジャミング成功しました。間もなく放送を開始します。」
安堵した空気がブリッジを流れる。ただし、尊を除いて。アマレク政府もテラノイドからの連絡手段としてのジャミングを黙認していることが見てとれたことへの安堵だ。
「まだ、交渉の余地は残されているか。」
モニターを見つめるバラクが呟いた。
「おい、地球人種の頭目がまた電波ジャックをやらかしたらしい。誰か、テレビを点けてくれんか。」
受話器を顔から遠ざけて編集長が声をあげる。マリアンが慌ててテレビのスイッチを入れる。すでに尊による告知は始まっていた。もちろん、見逃した所でニュースとして繰り返し放送されるだろう。
尊は先日見た時よりも大分穏やかな顔つきを取り戻しており、2回の戦闘における勝利で幾分余裕が出ているようにも感じた。マリアンは、護衛体技の試合で勝った後の、少しほっとした義兄の表情を思い出していた。マリアンもその貌を見てほっとしたのだが、
「余裕を見せすぎて足元を掬われないことね。」
と偉そうにお説教してしまったことを思い出して赤面した。あの時の義兄の嬉しそうな表情を彼女は今でも鮮明に思い出すことが出来る。
「第三の災厄はブヨが町を襲うことでしょう。回答の期限は3日後です。良いお返事をお待ちしております。」
尊の居丈高な低姿勢は相変わらずであった。
「ブヨか……」
グレッグが腕を組んで考えに耽っている。
「マリアン、ブヨに関する義兄ちゃんとの甘酸っぱい思い出の1ページなんてあんのか?」
「そんなものはないです。」
グレッグのぶしつけな質問にマリアンは冷たく答える。マリアンにとって尊との思い出は甘酸っぱい以上にほろ苦いものなのだ。
「そうか。前回のカエルのエピソードは読者にけっこう評判良かったんだがな。」
面白いもので、こうやって世間での露出が増えるとアマレク人の中でも密かにではあるが、尊たちテラノイドに対する好意的な反応が出て来ることがあるのだ。
今回のアマレク政府の反応は迅速である、と言えた。軍を使って都市周辺の藪を払ったり、カエルの死骸を埋め立てたあとに大量の殺虫剤を撒いて"ブヨ"の発生を抑えていたのだ。この作戦行動を提案したのはジェドエフラー・コンスタンティヌス侯爵であった。侯爵は次の交渉人と目されている人物である。
「今時珍しい"大艦巨砲主義者"さ。」
バラクは笑いながらそう解説した。
「今度は正面から堂々と我々を粉砕するつもりだろうな。」
侯爵の活躍を報道するニュースを見ながらバラクが説明する。
「侯爵の所有する騎士団は、陸戦騎士団の中で最大の火力を誇っている。資料動画をみてもらおう。」
資料動画といっても諜報部が「こそこそ」と撮ってきたものではなくアマレク国防省のホームページのいわば「公式資料」をそのまま持って来たものであった。
巨大な人型兵器『モントゥ』の両肩に大砲が据え付けられており、背中に背負ったバックパックから供給されるエネルギーで繰り出される砲弾は、標的となった大きな岩山を木っ端微塵に砕いていたのである。
「レールガンですね。」
ラザロの問にバラクは無言で頷いた。
「こりゃネーヅクジョイヤでもヤバいですね。」
シモンもその威力に驚いたようだバラクは解説を続ける。
「無論、『モントゥ』の攻撃力は圧倒的だが防御は図体の割に弱い。そこが狙い目ではあるのだが、あちらさんもバカではない。防御のための戦車隊に守られている。」
さらに動画では演習用に弾頭を模擬弾頭にしたミサイルで襲わせ、戦車隊による統率された射撃で全て撃ち落としていた。
「旧世界(地球のこと)の陸上イージス・システムと似ていますね。」
尊が感嘆の声をあげた。
「でも、こんな動画上げたら軍事機密も何もないんじゃないか?」
ジョシュアが聞いた。
「いや、これだけの威力があれば公開しても"抑止力"になる、と踏んでいるのじゃないか。」
カレブの分析にバラクは頷いた。
「もう、手加減はしない、っていうメッセージかしら?」
エリカも口を挟む。
「かもしれませんね。我々も徐々に彼らにとって大きな存在になりつつあるのは事実でしょう。」
尊の口調は心なしか高揚しているようであった。
その日、会社からの帰り道、マリアンはグレッグからの宿題で頭を悩ませていた。
「今回も"ゼロス・マクベイン"の生い立ちからの記事でいくぞ。兎に角、お前さんの"お守り"だったんだから、何かあるだろ?ひねり出してこい。ただし、作り話は無しで頼むぞ、ジャーナリストの端くれなんだから。」
グレッグの無理難題であった。
マリアンが幼い頃、よくゼロスと多くの時間をともに過ごしたのは家の庭園であった。彼の仕事は主に園丁をしていたのだ。幼いマリアンは肌に虫除けスプレーをかけてもらい、木陰から彼の仕事ぶりを眺めていたのだ。ある日、ユスリカが蚊柱を立てており、マリアンはそこに突っ込んでしまい、余りの気持ち悪さに大泣きしてしまったのだ。
その時、ゼロスは自分被っていた虫除けネットのついた帽子をマリアンにかけてくれたのだ。マリアンはゼロスになぜこの小さな虫は固まって生きているの?と尋ねた。ゼロスは少し考えてからこう答えた。
「それは、小さな小さな虫だからだよ。一匹ずつではとても自分の身を守れないからね。ご覧。あんなに小さな虫なのに、何万倍も大きなマリアンに勝ってしまったね。どんな小さな生き物でも一匹一匹が自分の分を果たせば、戦うことができるんだよ。」
マリアンはそのエピソードに続き、2度に渉る騎士団の敗北に触れ、
「我々もテラノイドたちを下等な奴隷民族と見下して、彼らはいつでもひねり潰せる、と考えていないだろうか。我々が彼らを相手にする時、彼らを正面から見ずに、自分の周囲にいるライバルや国民の方に目がいってしまい、彼らに感銘を与えようとしてはいないだろうか。すでに我々は我々の敵を正しく評価し、真摯に対応するべき段階にさしかかっているのではないだろうか。災厄は明日であると告げられている。」
と結んだ。
翌日マリアンが書いて来た原稿に目を通すと、グレッグは
「………いいんじゃない。良く書けているよ。まあ、ユスリカとブヨは違うけどね。うん、そこそこ甘酸っぱい感じがいいね。合格。」
マリアンの頭にぽん、と手を置いて告げた。
「ありがとうございます。褒める所はそこなんですね。」
マリアンは複雑な表情で礼を述べた。でも、文句は言わない。インターンに過ぎないマリアンが署名記事を任されるのは他でもなく彼女が"不知火尊"の義妹だからである。
「ずっと"ゼロス"で居てくれるっていったのに。」
マリアンはどこかにいる義兄に口を尖らせた。




