第88話:巨鳥墜つ
「カレブ、状況をモニターに回して下さい。」
画面がカレブの搭乗する主天使マルバスのものに切り替わる。目の前に敵 戦艦『ゲンゲンウェル』の偉容が映し出される。
「でかいな。」
ジョシュアがつぶやいた。
「だろうな。全長は100mを超えるからな。この"ネーヅクジョイヤ"並みの大型船、まさに戦艦だな。」
感心したようにバラクが補足する。
「ラザロ、聞こえますか?」
「ああ。」
尊がラザロに呼び掛ける。
「グラーシャ・ラボラスで出ていますか?」
「無論だ。」
グラーシャ・ラボラスは狙撃に特化した天使で、哨戒、偵察任務にはかかせない。大きな狙撃用ライフルを携えている。
「今、伯爵が撤退しました。狙うなら今をおいて他ありません。頼めますか?」
「もちろん。チームの狙撃手は僕ですよ。ゼロス、狙撃点は分かりますか?」
「構造上はネーヅクジョイヤと変わらないでしょう。先程の伯爵のハッキングも全く迷いがありませんでした。動力は我々の方式とは異なりますが。」
ポインターで、エネアードの部分に赤い光点があてられる。それは"鳥"の頚の部分だった。しかし、停泊モードではそれは格納されてしまい、僅かしか覗かせていない。そして、そこにはアンテナが付けられている。そこを狙えというのか。
「かなり難しいですね。」
「そうですね。」
尊は続ける。
「恐らくは一発勝負でしょう。条件はかなり厳しいですが。ここはスペシャリストのラザロに頼むしかありません。弾丸を転送します。」
ここで詠唱を開始する。
「"至高の方の大祭司のエフォド、民の名を刻んだ12の石よ。そのエフォドの名は裁き、純金の鎖でつなぎ、職人の刺繍をもって縁取りせしもの。その権能を我に示せ。その第3列、レシェムの石。全てを無に返す天使の爪よ。その力を我に貸し与えよ"」
グラーシャ・ラボラスの手に金色に光る弾丸が出現する。ラザロはライフルを固定できるスナイパー・ポイントに到達する。カレブは周囲の警戒にあたった。
「ゼロス、この弾は?」
スコープで修正をはかりながら狙いを定める。
「初期化弾です。敵のプログラムを逆ハックするのです。まあ、防壁を破る、というわけではなく。隙間に入り込むタイプですね。まあ、先程の攻撃の意趣返し、といったところでしょうか。」
「了解した。任務を遂行する。」
ラザロはトリガーに指をかけた。
「小憎たらしい小僧め! 」
伯爵が目を覚ましたあとの第一声であった。尊と違って皆にモニタリングさせているわけではないので、クルーとしては何が有ったかは分からない。しかし、不首尾に終わったことは疑いようもなかった。
汗をびっしょりとかき、額にも大粒の汗が滲む。
起き上がったがよろめいてしまう。ダメージは主に神経および精神的なものだが、当然ながら体力を著しく消耗している。数人の女官に支えながら、伯爵はシャワールームへと向かった。
シャワーを浴びながら、伯爵は先程の戦闘を反芻していた。敵は、船体本来のシステムを完全にカットし、待ち構えていた。それどころか、船体を制御しつつ戦闘までこなしていた。これまで一度も相対したことのないタイプの敵であった。
あの底無しの演算能力はかなり優秀なバックアップがあったはずだ。先住民の知恵がやつらの手にある、という噂は本当かもしれない。少なくとも、あのときにメヘン・マルクスの介入がなければ、そのままこの体には戻れなかったことだろう。自分の手でけりをつけられなかったばかりか、借りまで作ってしまった。
伯爵は敗因についてさらに分析しようと試みたが、神経のダメージが酷く、思考が停止ぎみだった。
「ご主人様、一先ず撤退なさいますか?」
軍事顧問のモーゼルが尋ねた
「仕方あるまい。出直して捲土重来を期す他あるまい。ワシも少し無理の利かぬ歳になってきたのかもしれん。」
珍しく弱気な発言に、長年伯爵に仕えて来たモーゼルは驚いて目を見開いた。
シャワーから出ると女官たちがバスローブで体を拭く。もう一度、電子戦を挑もうにも体力もない。
「ご主人様、これは何でしょう?」
女官がバスローブにからまった細い紐のようなものをはずしながら尋ねた。よくみると金属製のように硬く、鎖状になっている。こんなものをつけた覚えないが。
「まさか……」
伯爵の顔がにわかに青ざめる。電子戦闘で仮想銃弾を受けたことを失念していたのだ。銃弾の中に追跡プログラム(チェイサー)が仕込まれているとしたら。伯爵はすぐにモーゼルを呼びつけた。
「急速撤退じゃ。今すぐ、今すぐにだ!」
「御意(イエス、マイ・ロード)」
モーゼルが携帯端末を取り出した瞬間だった。
ラザロがトリガーを引く。銃弾は螺旋軌道を描きながら、真っ直ぐに進み"鳥"の首根っこにあるアンテナに着弾する。伯爵に仕込んだ"チェイサー"によってセキュリティホールは把握している。そのわずかな入り口から入り込み、敵プログラムの全初期化を始める。
「失敗か?」
勢いよく飛び立った「ゲンゲンウェル」を見たカレブが心配そうな声をあげる。
「いや、指定のポイントに着弾した。」
ラザロがすぐに訂正した。
ラザロの言葉通り、一度は高く舞い上がったものの、飛行モードもとれぬままに降下を始める。
「よっしゃあ!」
モニターで不時着を確認したジョシュアがシモンとハイタッチを交わした。
「効いたようだな。」
バラクはニックに声をかけた。
「はい。」
ニックは不思議そうにバラクに尋ねた。
「なぜ伯爵は破れたのでしょうか?」
「んむ。」
バラクは一呼吸おいてから答える。
「あのとき、痛覚をキャンセルしたから……だな。」
「でも、痛みを我慢しながらでは動きが鈍ったり攻撃に迷いが生じませんか?」
バラクはニックの答えに口元をほころばせる。彼女の成長が嬉しいのだろう。
「それも一理ある。でもな、痛みはダメージのバロメーターでもあるんだ。相手の手の内を把握していれば問題ないが、罠を張って待っていた相手にやっていいものではなかったのさ。」
「はい。」
ニックも嬉しそうだった。護衛、副官としてバラクの背後を任されたのは久しぶりのことだったからである。
「全機能緊急停止 ! 全プログラム抹消!」
敵船内では怒号や悲鳴が飛び交っている。
「……負けたのじゃな。」
伯爵はモーゼルに確認した。悔しさも悲愴感もない、静かな口調だった。
「惜しゅうございましたな。また、再戦の機会も御座いましょう。」
モーゼルも淡々と答える。二人はコンビとしてはとてつもなく長い時を共にしてきた。多くを語らずともお互いの考えは通じているのだ。
「アレはどうした?」
伯爵が尋ねたのはメヘン・マルクス、つまり「ドM」様の動向であった。
「早々に立ち去りました。なんとも逃げ足の速いことで。」
モーゼルの口調に若干の忌々しさが滲み出る。
「気にするでない。アレに情などは無いからな。まあ、アレに害があってはそれこそ国の存亡に関わる。逃げ足が速い、結構なことだ。……そうだ。戦闘機竜で救助を呼んで参れ。」
負けはしたが、伯爵の表情はすがすがしさに満ちていた。




