第49話:シモンくんの貞操が危機に、という話
サブタイトルは釣りです。シモン君の純潔はまだまだあげないぞ!
二人は奴隷居住区に潜入した。
『戦線』のメンバーと接触すべく、キングから入手した情報をもとに町中を駆け巡ることになった。しかし、運の悪いことに、直近に警察と軍による"ゲリラ狩り"、"逃亡奴隷狩り"が行われたらしく、情報はことごとく無駄になってしまっていた。
二人は「戦線」に接触するための手がかりを求め、日がな1日費やしたが、かくたる収穫もなく、宿を取るか一旦船に帰投するかで考えあぐねていた。
そんな時、一件の売春宿が目についた。 残念なことに、奴隷居住区には旅館やホテルのようなまともな宿泊施設は無い。奴隷には旅行(移動)の自由など無いからだ。それで、非合法の売春宿ぐらいしか宿泊の施設がないのである。
「とりあえず今夜はここに宿をとりましょう。」
シモンは入り口まで来たものの、尊にほんとにこんなところに泊まるのか、という顔をした。
「しかたありませんよ。野宿の場合、熟睡した状態でアマレク人の警察官に無防備な姿でも見咎められたらどうしようもありませんからね。」
尊のにべもない答えにシモンはがっかりした表情を浮かべた。
「背に腹はかえられないんだね。」
尊はシモンの肩をポンとたたいた。
「元気を出してください、シモン。売春宿にもそれなりの利点があるですよ。なんてたって売春宿自体が非合法ですから、警察に通報される可能性はほとんどありません。それに、酒場があります。食事にありつけるはずです。今日はほとんど何も食べていないですからね。シモンも腹ペコでしょう?」
売春宿の1楷部分はたいてい酒場になっている。多くの場合、売春婦がウエイトレスを兼ねており、客が今宵の相手を物色するようになっているからだ。勿論、売春婦を利用しない客にも開放されており、もしかすると、"戦線"に関する情報もそこで収集できるかもしれない。
酒場のドアには標準語で「犬とアマレク人はお断り」と汚い字で殴り書きされていた。シモンは「ワンッ」と犬の鳴き真似をする。 余程入りたくないのだろう。シモンは自分の長い耳を隠すため、ニット帽をさらに深くかぶり直した。
粗末な作りのドアを開くと、店内は喧騒と退廃的な空気で満たされていた。若いシモンにとって受け入れがたいもののようで、彼は眉をひそめた。薄暗い店内は男たちのにおいと、化粧のにおい様々なにおいでむせかえるようだった。
また酒場は活況を呈しており、ところ狭しと並べられたテーブルと椅子に男たちが陣取ってカードゲーム(賭けポーカー)や飲酒に興じて いる。その合間を縫うように両手に盆に載せられた酒や料理をもったウエイトレスが行き交っている。そして、その空気は非合法嗜好物であるタバコの煙で汚されていた。
二人は人波をかきわけて、店の奥のトイレに近い壁際のテーブルに席をとった。そこは店全体を眺めることができたし、空気も逃げどころがあって幾分ましだった。ただし、臭いは酷かったが。
「いらっしゃい。あら、あまり見ない顔だねえ。お兄さんたち、(この)お店は初めて?」
妖艶な笑みを浮かべたウエイトレスが目ざとく二人を見つけ、寄って来た。彼女がかがむと大きく胸ぐりの空いたブラウスから胸の谷間が覗く。シモンは慌てて目をそらした。
美形のシモンの純情そうなそぶりに、彼女は物欲しそうに視線を這わせ、うっとりとした目付きで彼をみつめる。シモンはぴくりともしなかった。尊の脳裏には「蛇に睨まれた蛙」という言葉が浮かんだ。
「ええ、初めてですがよさそうなお店ですね。実は今日はたまたま仕事先がこちらだったのですよ。主人はホテルですからね。少し羽を伸ばして来い、と言われてきたわけです。」
「お二人はどんな仕事をなさっているの?」
二人の来ている作業着が埃っぽいのに気付いたのか職業を尋ねてくる。
尊はメニューに目を落としたまま答える。
「今日は町の外の現場で測量などしていましてねえ。取り敢えず、エールを2杯、中ジョッキで。あとつまみも適当に。そして彼にはパスタを一皿お願いします。」
あまり酔うと危険なので軽めのアルコールを頼み、ウエイトレスを追い払う。
「これから……どうする?」
シモンが尊に話かけると、尊は先程のウエイトレスの動きを見つめていた。
「まさか、あの女を買うとか言わないでよ。姉さんに言い付けてやろうかな。」
シモンがからかうと尊は
「いや、私にはアーニャ一人で十分ですよ。それよりもシモンの"お気に"はどんな娘ですか?」
と返した。シモンが口ごもっていると、
「あの娘なんてどうですか?ちょっと母君に似ておいでですよ。」
勝手に物色し始める。
「お、俺はマザコンなんかじゃ…」
シモンが少し本気で突っかかりそうになった時、尊は自分の唇に人差し指をあて、シモンを制した。
「シモン、どうやらうまく行きそうです。取り敢えず食事にしましょう。」
尊は昆虫型の自走盗聴機を先程のウエイトレスに仕込んで置いたのだ。それに気がつくこともなく、彼女は物陰に隠れてどこかに尊たちを「不審人物」として通報したようだ。女たちだって 伊達に男と肉体を重ねているわけではない。女の勘の鋭さは侮りがたいのだ。
酒が運ばれてくると尊は左目を瞑ってジョッキの外からナノマシンを操り、エールのアルコール分を除去した。そうやってノンアルコールになった酒をジョッキで2,3杯空け、また夕食をとった。勘定を済ますと二人は店を出た。
「なかなかの味付けでしたね。まあ、アーニャの手料理には遠く及びませんが。」
尊の論評にシモンも苦笑する。
「まあ、姉さんに直接そう言ってあげてよ。」
話を合わせたつもりだったが、
「問題ありません、いつも言っていますよ。」
しれっとのろける義兄にシモンは、
「そうですか。それはどうもごちそうさまでした。」
と二つの意味をこめて礼をいった。
そのまま、しばらく街を歩いていると思惑通り、何者かにつけられている気配がする。尊がC3(大脳皮質コンピューター)で周辺をスキャンする。二人をつけているのは5人だ。問題はウエイトレスが誰に通通報したのか、という点である。間違いなく警察でないことは確かだが、「戦線」なのか、他の組織なのか。二人はわざと行き止まりの路地に入り込み、壁を背にして臨戦体制を取る。逃げ場はないが囲まれるよりはましなのだ。
すると路地の幅一杯に5つの人影が二人に迫ってくる。シモンはマントの下に潜めたホルダーの銃に手をかけた。
「今晩は。私たちに何かご用ですか?」
尊が人影に向かって声をかけた。
明日も午後10時に投稿します。見てくださいね!