第80話:霊剣アポルオン
ネーヅクジョイヤとソベクが「がっぷり四つ」で組み合っている。
「では、エリカ、今度はこちらの反撃です。」
尊が詠唱に入る。尊が詠唱する時には必ずタブレット端末を手にしている。これが宮廷魔導士を名乗る先住民の管理者マーリンから託された「契約の書」と呼ばれるものだ。
かつて「契約の書」は石板に記されたというから、機知がきいている。
「天のみ使いよ。吹きならせ第5のラッパを。出でよ3億のいなごども。蠍のような尾をもって人を刺せ。その痛みは死の痛み。ただ死には至らせず、死を望ませる激痛なり。我に与えよいなごの王。その名はアバドン。またの名をアポルオン。」
アスタロットの手に優美な細身の剣が現れる。
「剣……」
エリカが優美な刀身にアスタロットの姿を映した。
「霊刀"アポルオン"です。刃に触れた物質をすべて非活性エネルギーに変えてしまいます。」
「?」
エリカが『先生分かりません』という苦い表情をする。
「つまり、切れない物はない、ということです。物質であるものはすべて切断します。」
「"つまらない物"でも?」
「ええ、"物"でありさえすれば…ですが。」
エリカのきわどい返しに尊は苦笑する。
「小娘、斬●剣と一緒にするでない。」
思わずベリアルの口が滑った。
「シモン。」
尊が通信でシモンを呼ぶ。
「どうしたの?」
「そろそろ反撃に入ります。しっかりソベクを押さえておいてください。」
「了解。あと、エリカさん。」
シモンが呼びかける。
「……はい?」
緊張の絶頂にあるエリカが聞き返す。
かっこよく決めちゃってくださいね。」
「……うん。」
シモンのウインクにエリカは頷いた。
これまで防戦に回っていたネーヅクジョイヤも反撃に入る。ネーヅクジョイヤ船体に絡み付いていた触手が突如起動する。ソベクの触手を取り込んだのだ。だらんと垂れ下がったままの触手がいきなりソベクの胴体を押さえ込む。ファルケンは一体何が起こったのかにわかに理解できなかった。
「くそっ、触手を取り込むとは奴隷どころか乞食ではないか。触手は残り4本か……。2本であのうるさいの(アスタロットのこと)牽制、防空し、もう2本で敵 母艦をを叩く。今度は爆雷をお見舞いしてやるわ。」
ファルケンが指示を出した次の瞬間、今度はネーヅクジョイヤに毒を流し込んでいたはずの触手が取り込まれ、ソベクを襲う。
「バカな。中の人間が生きていられる筈がない!」
今度はソベクの艦内にアラートが鳴り響く。
「護国官! 敵触手がミサイル格納庫に接触。有害物質を注入しています。」
悲鳴をあげるかのような報告だ。
「どうやって? 落ち着け! 汚染区域は隔壁で封鎖。」
ネーヅクジョイヤはアストラルバリアによって非物質界に汚染物質をバイパスし、触手を介して逆流させたのだ。これでミサイルは一切使い物にならなくなってしまった。また触手に装填してネーヅクジョイヤにぶち込むはずだった爆雷も使い物にならない。
ソベクの動きが止まった。尊はそれを見逃さなかった。
「エリカ、今です。」
「エンジン、フルブースト!」
エリカはアスタロットを駆り、ネーヅクジョイヤが取り込んだ4本の触手によって固定されたソベクの背後に回り込む。アポルオンを振るい、襲いかかる残りの2本の触手を切り落とした。
攻撃の手段をすべて喪失したソベクがそこに佇んでいる。
「か……艦砲射撃だ。早くしろ!」
ファルケンの指示は遅きに失した。
「エリカ、止めです。」
「せーーーーいっ!」
気合いと共に動力伝達部分を破壊する。まもなくソベクは動力を停止した。
「うーん。……いまいち地味だね。」
モニターを見ながらジョシュアが呟く。
「いや、あそこが弱点なのだから、合理的で良い攻撃だと思うが?」
ラザロが反論する。
「いや、機体を真っ二つにバーンとかさー」
ジョシュアとしては自分に出番が回ってこなかったことが不満なのだろう。
「おいおい、あの刀身ではそこまで届かんよ。」
カレブがあきれたように言う。
「なんかロマンがねえんだよな。」
ジョシュアのぼやきに、
「ロマンごときに命をかけるのは愚かだ。」
ラザロが一刀両断にする。
「やったね。」
やがて、エリカと尊がブリッジに戻って来る。エリカは皆とハイタッチで応えた。
「まだ、最初の一歩を踏み出したばかりですが。」
尊も今一つ浮かない様子だ。
尊の様子を見かねたバラクが口をはさんだ。
「皆、よくやってくれた。尊、ここは勝利を素直に喜ぼうじゃないか。」
バラクの言葉に、尊が我に返った。気を取り直して支持を出す。
「そうですね、私が難しく考え過ぎでした。みなさん、よくやってくださいました。初めての戦闘、そして難しい相手でしたが、見事に勝利できました。これで、アマレク政府も我々との交渉へもう一歩引きずりこめたといえます。戦闘クルーにはご褒美に休暇をだします。ゆっくり休んでくださいね。そうですね、飲酒も許可しますよ。ただし、節度をもってお願いします。」
初勝利の美酒。尊は乾杯の一口だけつきあった。ただ、それ以上飲む気にはなれなかった。尊の気が浮かないのは交渉の決裂によって第二の災厄をもたらすことが確定したからであり、罪の無い人を巻き込まねばならないからだ。
ネーヅクジョイヤは万神殿へと機首を向けた。




