第79話:確執と妄執
[星暦998年5月8日]
水面の影から、何かが勢い良く飛び出してくる。巨大な触手のようにもみえる。空気を鋭く切り裂くようなうなりを上げながら、ネーヅクジョイヤの機体を襲った。バチン、という音がなる。とても金属とは思えないような生々しい音だ。触手が船体に巻き付く。海面の方へひきずり混みたいのか、ものすごい力で下へと引っ張ろうとしている。しかし、ネーヅクジョイヤはびくともしない。
逆に、触手ごと浜へと引っ張りあげる。
シモンがニヤリと笑う。
「なめんなよ。こちとら一応、王室仕様なんでね。」
シモンの言の通り、ネーヅクジョイヤは王族などVIPの移動手段として作られている。攻撃力は並み程度だが、堅牢な造りでこれまで発見されたどの船よりも守りは堅い。同時にエンジンの静粛性も抜群なのだが、それは最大出力があまりに大き過ぎるため、普段はその一部しか使わなくてよいからこその賜物であった。
ジリジリとソベクの船体が浜辺へと引き摺りあげられていく。流石に力勝負では敵わないことに気がついたのか、ソベクは一回触手を離して距離を取ろうとする。確かに、絶対的に有利な水中ステージを棄てる必要性はないからだ。しかし、ネーヅクジョイヤはそれを許さない。ネーヅクジョイヤの壁面が触手に侵食していく。ついにたまらず、ソベクは触手を切り離した。
その反動でソベクの上がりかかった機体が水中に没し、津波のような高波が周辺の浜辺に押し寄せる。また、ネーヅクジョイヤも激しく回転する。
ソベクは上半身を水上に表した。
「ワニ……じゃなくてタコだな。」
バラクは呟いた。ネーヅクジョイヤも地上に後退し、浜辺を挟んで睨み合う格好になった。
アスタロットはその中間の浜辺まで進んだ。すると薙ぐように触手がアスタロットに襲いかかる。
エリカは落ち着いてアスタロットをジャンプさせ、第一撃を交わし、逆方向からの第二撃もすれすれで交わした。
アスタロットはもう一度、ソベクの正面に立つと、不敵にもコックピットのハッチを開けた。指揮座に収まっていた尊が立ち上がる。
「ボニファティウス家の護国官の方に申し上げる。私は不知火尊、スフィア国国王キング・アーサーの代理人である。先程の攻撃は我が王への非礼にあたるのだが、貴卿はそれを承知された上でのお振る舞いか?」
ソベクからは3D映像が空間に投影される。姿を晒した尊に対し、"騎士道"的には不遜極まりないが、それは双方に騎士としての誇りと敬意があって初めて成立するものであって、まだこの段階では、アマレク側にとってテラノイドはただの奴隷でしかない。
「私が誰であろうと貴様には関係のないことだ。貴様は狩りの際、これから狩る狐や野うさぎに、一々名を名乗るというのかね?」
心底人を見下したような目だ。映像をバラクたちが分析し、尊に知らせて来た。
ファルケン・ネカウ・ボニファティウス。ボニファティウス家の嗣子だ。名門中の名門メンフィス大学で帝王学をおさめ、主席で卒業した俊秀である。
「これはこれは。"男爵家"の跡取りが直々におでましとは。光栄の至り。男爵家で騎士団をお持ちとは、アマレク百を超える男爵家でも貴家だけありましょう。我々をお認めいただくには、まずは"末席"から、ということですね。」
尊はなるべく嫌みたっぷりに言うことにした。劣等感の強い者ほど他人を認めようとはしないものだし、逆に少しでも馬鹿にされたと思えば逆上することだろう。ただ、尊の予想以上にファルケンは逆上した。
「俺はこのままで終わるような人間はないんだ! 奴隷風情が……身の程を知らせてやる。」
尊はハッチを閉ざすと再びシートに身を沈める。
「一応、挨拶は終わりました。エリカ、アスタロットを出して下さい。」
「了解。男って、なんでこんなヤツばっかりなんだろ? 貴族なんだからさ。ピリピリしなくてもいいんじゃないの? 男爵で十分じゃん!」
エリカがぼやきながら発進させる。先程までアスタロットのあった場所に触手が鋭い銛のように突き刺さった。
「いいえ、男も女もそうかわりませんよ。女性の美に対する追及も似たようなものだと思いますよ。それだけ可愛ければ十分だと思いますが、手を抜いたりなさいませんよね。女子のみなさんも。」
尊はなぜ、自分はファルケンをフォローしているのだろう、と思いながら反論した。
ファルケンにもファルケンなりの目論見があった。ボニファティウス家としては、今回の交渉役は自らがかって出たものだった。不知火のバックには間違いなく、先住民が遺したアーカイブスがついてくる。そこに貯えられた叡知の結晶をなんとしてでも手に入れねばならないのだ。しかも、それを手に入れたのが自分だとしたら。2階級特進で伯爵……いや、その上の侯爵ぐらいはいけるはず。
彼の心づもりをベリアルが覗いてでもいたら言うだろう。
「生者に二階級特進など無いわ。死亡フラグを立ておってからに、この愚か者め」
「ええい、ちょこまかと。もう一度奴らの母船に攻撃を叩き込んでやる。」
アスタロットに攻撃を躱されると再び、触手はネーヅクジョイヤに向けて放たれた。
形状を銛と化した触手がネーヅクジョイヤの船体に襲いかかる。 ブチュり、というこれまた生々しい音を立てて触手は船体にめり込んでいく。しかし、再び触手の動きが止まる。先程と同じようにネーヅクジョイヤに捕捉されたのだ。
「攻撃を止めた積もりか?笑止千万! 体内に毒を注ぎ込んでやれ !」
ファルケンは勝利を確信した。触手を通して船内のタンクに蓄えられた高濃度の放射能物質をネーヅクジョイヤの船体に流し込んだのだ。これで内部の人間は愚か、電子機器から機関まで甚大な害を受けるはずである。
「奴隷風情が、わたしを愚弄するとどうなるか、思いしるがいい」
ファルケンは心底愉快そうに笑った。




