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はるかかなたのエクソダス2 ~夜明けの翼  作者: 風庭悠
第10章:第一の災厄;川は血に変わる。
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第78話:リボンの誓い

「了解。ネーヅクジョイヤ、発進!」

操舵士を初め、スタッフがシモンの指示を復唱する。今回はシードではなくヌーゼリアル人のスタッフで運航しているのである。いずれ、故郷に帰るための経験を積ませたかったのだ。もちろん、実戦を想定していたものの、いざそうなると艦橋(ブリッジ)の空気がはりつめた。


「敵潜航物体、再起動。急速接近! 30ノット。12時方向より直線的に向かってきます!」

レーダー士が再び声をあげる。

ネーヅクジョイヤが上昇を始めると水面下に大きな影がうつる。

「お出でなすったか。」

バラクがつぶやく。


「バラク、こちらの指揮を頼みます。エリカ、急ぎましょう。」


主天使(ドミニオン)アスタロットは、中型の機体で、翡翠色のボディににピンクのラインが縁取りされている機体だ。柔らかでスマートなボディーラインである。カラーリングが優美なため、太古の旧世界(テラ)の女神の名がつけられている。人型であるが、ある程度の装甲をそなえているため、強力な兵器は搭載されていない。その代わり、非常にユーティリティに富んでおり、さまざまな兵装を使いこなせる。また、特徴として複座式である。恐らく軍の指揮官が使っていた機体だったのであろう。


「なぜ、あたしなの?」

まだ緊張を隠せないのか、エリカはしきりに計器のチェックをしている。

「それは、格闘に関してはエリカに一番センスを感じられたからですよ。」

「センス?」


「ええ。生身で闘う場合、あなたは女性である、という一点でかなりのハンデを背負って来ました。しかし、天使に乗りさえすれば、人としての能力パワーは全く関係ありません。エリカには良く相手を観察して、弱点を上手くつく、というセンスに優れています。こればかりは訓練で獲得できるものではありませんよ。」


 尊の褒め言葉に、エリカは少しやわらいだ表情を見せた。

「よかった。あたしのこと、よく見てるじゃん。……あたしね、護衛体技ガード・アーツのときは、絶対に男に負けたくない、っていつも意地張ってたの。でも、男には生身じゃ絶対に勝てない、ってことも薄々解っていたわ。でも、私には私の闘い方がある、って想ってた。だからゼロスには見ていて欲しいの。私のやり方を。」

「大いに期待していますよ 。」

尊もほほ笑んだ。


 エリカは後ろ髪をポニーテイルにしているゴムの上にリボンを結わえた。

「ゼロス……このリボン、覚えてる?」

ふいに尋ねられた尊は、後部座席に当たる指揮座からまじまじとみてしまった。

護衛体技ガード・アーツの試合でよくしていたものですね?」


「それもあるけど、これ、あなたにもらったものなのよ。」

尊にはその記憶がなかった。

「そう…でしたか。」


 エリカはこのリボンを結ぶたびに思い起こすのだ。

エリカは工場勤めの奴隷夫婦の長女として生まれ、利発で面倒見の良いお姉ちゃんとして、弟妹たちからだけでなく、近所の子供たちからも慕われていた。

 彼女は腕っぷしも強く、いわば近所のガキ大将的な存在であった。


 そしてエリカが12歳になった時、バークスタイン家の奴隷養女になることが決まった。別れを惜しんだ近所の子供たちがなけなしのお小遣いを出し合って、ドレスの端切れから作ったリボンをプレゼントしてくれたのだ。小さな花柄模様の白いリボンだった。


 彼女は義妹のカタリナがバテスト女学院に進学して間もない頃、すでにエリカは奴隷であるにも係わらず、人気者になっていた。それを妬んだカタリナの上級生がエリカのリボンに因縁をつけてきたのだ。奴隷の装飾品は「華美ではないもの」という曖昧な規定しかなく、どう見てもエリカのものは該当しないのだが没収すると言って聞かなかったのである。


 結局彼女のお付きの護衛ボディガード(学生ではないプロ)と対決することになってしまった。まだ、護衛体技ガード・アーツを始めたばかりの彼女に技量体格で敵うはずもなく、なすすべもなかった。


 「すいません。俺にもやらせてください。」

そこにしゃしゃり出てきたのがゼロス(尊)だったのである。ボクサータイプの護衛のパンチを何発か食いながらもゼロスは関節技で勝ってしまった。


 ゼロスはリボンを預かる、と言って自宅に持ち帰ると、マリアンの黒いレースのリボンを貰ってエリカのリボンを挟んで縫い上げ、一本のリボンにして持ってきたのである。当時マリアンはまだ『義兄ラブ』の時代だったのである。


「これなら『華美』ではないですよね。」

上級生にも認めさせてゼロスはエリカに「カスタマイズ」されたリボンを渡したのである。エリカはどうして勝てたのかゼロスに尋ねた。


「格闘技には相性があるからな。ボクシングみたいに手を出してくるタイプにはああいう「合気道」系の技の方が相性がいいんだ。なにも強いやつと同じ土俵の上に立つ必要は無いんじゃね?じゃんけんと一緒さ。後出しできれば勝てないまでも負けないよ。ようはよく見て相手の弱みに付け込むことが一番さ。俺みたいな弱者にとってはな。」


 生まれて初めて、女としての「限界」というものを思い知らされたエリカにとってそれは発想エポック・転換メイキングな出来事であり、彼女のほのかな初恋の瞬間でもあった。


彼女がこのリボンを結ぶとき、彼女はあの日の誓いを思い出すのだ。

「わたしは驕らない。でも卑屈にもならない。わたしは熱くなりすぎない。でも……決してあきらめたりしない。」


 アスタロットはネーヅクジョイヤの甲板に上がった。ネーヅクジョイヤ(ヌーゼリアル語で"夜明けの白鳥")は、浮上(離陸)の際にはブリッジは機体中央部へ収納されている。

「アストラル・バリア最大展開。総員耐ショック体制、間もなく来る敵の第一撃に備えよ。」

シモンがテキパキと指示を出す。彼も2年かけて研鑽を積み、この船の特性と闘い方をずっと研究していたのだ。


水面の影から、何かが勢い良く飛び出してくる。巨大な触手のようにもみえる。空気を鋭く切り裂くようなうなりを上げながら、ネーヅクジョイヤ、そしてアスタロットに襲い掛かった。





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