第74話:川は血に変わる
マリアンはその時のことを思い出しながらグレッグに詳細を伝えた。
「義兄は殺してなんかいません。銃を撃ったのは大学生の方です。間違いなく義兄の正当防衛でした。私たちは彼らに拉致されて、私がその……レイプされそうになった時、義兄が助けてくれたんです。暴行といっても、彼らを無力化しただけで、実際に彼らが怪我をしたわけではありませんし。手錠で拘束しただけなんです。それに、相手は5人で、義兄はたった一人で立ち向かいました。それに、義兄は私のボディガードだったのですから、どう考えても業務を遂行したというだけです。あれを暴行というのは横暴すぎます。」
グレッグは紫煙を吐きながらさらに尋ねる。
「その内容は警察に口止めされなかったの?」
「もちろん、されました。でも、それを記事にするのがジャーナリズムじゃないんですか?」
さすがに、黙っているかわりにメンフィス大学に入学させろと要求したことは言えなかった。
グレッグは愉快そうに膝をたたいた。
「言うねえ。で、お前さんはどっちにつくんだ?父上のいる政府か?それとも、愛しの義兄上か?」
マリアンの答えは決まっている。
「私はどっちの味方でも無いですよ。ただ、真実が知りたいだけです。」
そして、真実は義兄と共にあるはずなのだ。
「よし、合格だ! 俺たちのペンに憎しみは要らねえ。真実への飽くなき欲求、ただそれだけだ!」
グレッグは満足そうに答えた。この人はきっと熱血だが、悪い人ではない。この男と組めば、あるいは真実へと近づくことができるかも知れない、マリアンはその時はそう思っていた。
しかし、政府はテラノイドの要求に対して黙殺を決め込んだ。「テロリストとは交渉しない」という態度を貫くつもりなのだろう。マスコミ各社にも、取材の際に秘密が漏洩しないよう通達してきた。取り敢えず、ことが進展するまで、グレッグとマリアンのコンビは取材を続けた。
そして、あまりにも尊には秘密が多すぎた。彼の"実家"とされる研究所も一切取材を受け付けようとはしなかったし、マリアンの母校の奴隷担当の教官もあまり尊に対して強い印象を持っていなかった。
「聞けば聞くほど普通の子だね。」
グレッグはため息をついた。
「直接、取材できねえもんかな。マリアン、どっかに連絡がつきそうなとこはねえかな?」
「さあ、私にはなんとも。そんな手段があったら私が知りたいです。」
マリアンも負けじと言い返す。
「しかし、川が血に染まるってのは穏やかじゃないねえ。2年前の、脱走事件の時みたいに、どっか爆破でもやらかすのかねえ。」
しかし、その答えは徐々に明らかになる。
[星暦998年 4月26日]
「異臭がする?川から?」
二人が通報を受け市内のど真ん中を流れる大河のほとりまで行くと、透明だった水面が赤黒く濁り初めて異臭を放っている。
「なんだこの臭いは?」
グレッグが鼻をつまみながら言う。
マリアンはすぐ取材用の車に戻ると、座席に放置されていた栄養ドリンクの瓶を手に取り、川の水を採取した。
「これ、分析に回してもらいましょう。警察の鑑識に友人がいるんです。ちょっと、頼んでみます。」
マリアンのきびきびとした行動にグレッグは目を細めた。いいねえ、若者の情熱ってやつはよ。むろん、マリアンに言って彼女のやる気に水を差すほど彼は軽率ではなかった。
さらに2,3日立つと、川の水は赤黒く濁りきり、死んだ魚が腹を上に大量に浮いていた。異臭があたりにたちこめる。当然、周囲の住民からも苦情が出ているという。
「なるほど、まさに"血に染まる"ってやつだ。環境テロだったとはな。お前の義兄さんもやるねえ。」
グレッグが感心していると、マリアンが否定する。
「いいえ、これはアマレクの自業自得です。」
そういって、最近取った川の水のサンプルの分析結果を持ってきた。
「この血の色は藻の繁殖によるものです。重金属などの汚染はありませんでした。上流の工場からの汚染排水で、異常なほど繁殖したみたいです。」
「じゃあ、なんで今の今まで問題にならなかったんだ? これまで全然こんな問題なかったのに。」
「なぜですかねえ。」
グレッグもマリアンも首をかしげた。
いずれにしても、川の水は飲料に適さなくなり、住民のライフラインである水が不足し始める。悪臭による健康被害も出始めると、国民の政府に対する感情が悪化し、政府も対応に追われ出した。
すると、今度は不知火尊から政府とマスコミ宛に再びメッセージが送られてきたのである。
「アマレク政府側が交渉に応じなかったため、第一の災厄を下しました。この災厄を終わらせるためには、川の上流にある工場をすべて停止すれば解決することでしょう。これまで、このような問題が生じなかったのは、我々テラノイドが"テスタメント"によって川の水を浄化しつづけていたためです。
ですから、政府の皆さんが交渉のテーブルにつかない限り、この事態は決して解決しないでしょう。なぜなら、次の、第二の災厄が迫っているからです。それを避けたいのであれば、交渉することです。」
閣議は再びマルクス教授を呼んだ。
「不知火の持つベリアルの能力とは何なのだ? この『災厄』とやらはどういうカラクリなのだ?」
マルクス教授はうっとりとした表情を浮かべ、説明する。
「ベリアルは惑星中のナノマシン生産、そして大気組成安定システム「契約の聖櫃」を司っております。テスタメントはスフィア王国の神器の一つです。おそらくは、今まで水質浄化のために働かせていたナノマシンを差し止め、汚染を拡大させます。そして逆に水に含まれている分子の分子運動を加速させて、水温を上げて藻の繁殖を早めたのでしょう。」
「聖杯(生産システム)、聖剣(惑星防御システム)と違い、無害だと思って放置しておいたのだが。」
閣僚の一人のコメントにさらに答える。
「ところが、先日の竜巻のように自然災害も引き起こすことができる環境兵器ですよ。やろうと思えば大津波でメンフィスの半分を更地にできる能力は十分にあります。お早めに片付けられることです。」
閣僚たちは一転して交渉へと舵を切ることにした。
ここにおいて政府は"スフィア王国政府"を名乗る「テロリスト」の存在を認め、改めて「テロリストとは交渉しない」という態度を鮮明にした。政府報道官はこの集団は2年前に首都から逃走した"旧、人類解放戦線の残党である可能性が高い、とだけ発表した。
無論これは表向きのことであって、アマレク政府側からは交渉の打診があった。交渉にあたったのは空戦騎士団の末席であるボニファティウス家の当主、であった。彼はGOSENの代表者を呼び付けると仲立ちを依頼した。
明日から戦闘、アクション成分が増えていきますよ。




