第73話:駆け出し新聞記者マリアン
[星暦998年 4月23日]
「お兄ちゃん!」
久し振りに少女はそう呼んだ。"兄"はニッコリと微笑うと彼女の頭を撫でる。ちゃんとセットしたのに、髪型ぐちゃぐちゃになっちゃう。彼女は文句を言いながら、髪の乱れ具合を確かめようとそっと手を頭にのせてみる。
……その時、なぜか頭が激しく震動した。
マリアン・マクベインは枕元に置いた携帯電話が激しく震動する音で飛び起きた。昨日は取材の資料の整理で帰宅が"午前様"だったため、出社前、少し仮眠を取るつもりだったのがすっかり寝込んでしまったらしい。コール元は編集部だった。
「はい……マクベイン。」
寝起き端のぬかるんだような声でマリアンは応答した。
「おい、マリアン。やっとのお目覚めか?すぐに出社してこい!」
眠気をつんざくような大声で編集長ががなりたてる。
「あ……おはようございます。今すぐにですか?」
時計を見るとまだ、定時の出社には十分間に合う時間だ。彼女は着っぱなしだった服を着替えながら、電話の声に耳を傾ける。
「そうだ。今、すぐにだ。」
いかにも当然といわんばかりの編集長に、まだマリアンはついていけない。
「なにか、重大な事件でも起ったんですか?」
「おお、それだ! テラノイドの指導者から犯行予告が来たんだ。奴隷を解放せよってね。」
「………!?」
マリアンはパンツを履こうとしてベッドに背中をあずけた。
「じゃあ、ゼロス……不知火尊が現れたんですか?」
「そうだ、だから今すぐ出てこい。」
マリアンも急いで出社したつもりであったが、編集部はすでにフルメンバーであった。しかも、だいぶ打ち合わせも煮詰まった様子だった。
「………というわけで、ついにテロリストどもが雁首揃えてお出ましになった、てわけだ。それじゃ、取材の割り振りを発表する。」
編集長は"テロリストども"を罵りながらも久し振りの特ダネに興奮を隠そうとはしなかった。
てきぱきと分担を発表する。記者といっても見習いに過ぎないマリアンは、どうせまた、ネットで資料集めかなあ、と気を抜いていた。
「最後に、不知火尊の背景だが、グレッグ。お前が洗え。そしてサポートにマリアン、お前が付け。不知火の幼少期を良く知ってるのはマリアン、お前だけだ。このチャンス、しっかりモノにしてくれよ! じゃ、解散!!」
マリアンは思わぬチャンスに武者震いをしていた。ゼロス(尊)が、マリアンの目の前から消えて早くも5年が経とうとしていた。マリアンを最後まで守ってくれた義兄。そして、忽然と姿を消し、それっきり音信不通だったのだ。
しかし、その義兄には恐るべき能力が隠されていた。
「ナノマシン・マスター」ー父がこっそりと教えてくれた。DNAを読み取り、体組織を急速に修復する技術。マリアンが目の前で見た現象の正体だ。
また、大気を操り天候すら制御する能力。それでヘリの強襲部隊を壊滅させたことも。
スフィアの大気に、おびただしい量のナノマシンが含まれていることは知られていたが、それを自在に操ることが出来る技術は知られていなかった。それが出来るのはこの星の先住民の遺したアーカイブがテラノイドのコンピューターに残っていることは知られている。そして、それを引き出すアプリの存在。ただ、それについてマリアンも自分で色々調べようとしたが、正直、最後に行き着くのは決まって都市伝説かオカルトであった。
それは、テラノイドの伝承にある、彼らの王、アーサーの正体だ。10人の子供の脳がその眷属として共にあり、テラノイドの危機の際に、一人ずつ世界に送り込まれるという伝説の救世主である。彼らはこの惑星のホストコンピューターの意思そのものであり、惑星規模で災厄を起こすことができるというのである。
確かに、ゼロスの持つあの回復力が軍事方面に"悪用"されれば、負傷しても再生して、無限に戦闘を続行できるサイボーグ兵士すら産み出せるだろう。逆に、何としてもその技術を手に入れ、それを量産して儲けたい、というのが政府の考えのようだ。
それで、少しも悪くないゼロス(尊)はテロリストと呼ばれ、政府に追い回されているのである。政府は彼を捕らえてその秘密を根こそぎ奪いたくて仕方がないのだろう。
ゼロスが姿を消したあの日からずっと、マリアンは義兄を失ったのは自分のせいだと落ち込んでいた。でも、どうしても真実を知りたい。それで、彼女はジャーナリストを目指したのだ。彼女は人が替わったように勉学に打ち込むようになった。彼女は、政府との取引に応じて名門のメンフィス大学に入学し、そこで政治学や経済学を学んだ。まだ、学生であったが、バイトの代わりに新聞社のインターンに応募して採用された。父が法曹界の重鎮だったのも幸いしてにすんなり決まった。政治学科の彼女の卒論のテーマが政治とジャーナリズムの関係性に関するものだったこともあって、教授の口添えもあったのだ。
記者として駆け出しの頃は、お嬢様育ちのマリアンはそれほど周囲の人々に期待されてはいなかった。
実際、雑用にさえ、手間どっていた。しかし、熱心に取り組む彼女の姿勢に周りの大人たちも、次第に色々と機会を与えてくれるようになったのである。
そして、マリアンは初めて「親書」と及びマスコミにのみ公開された「元」義兄の動画を見た。現在、国民に対して一般公開されるかどうか、政府内で議論されているのでまだ、報道することはできないらしい。5年振りに見た義兄は、少年時代の面影は残っていたものの、すっかり大人っぽくなっていて、精悍さと自信にあふれているようにも見えた。
内容は、テラノイドを対等な人種と認め、奴隷たちを即時に、無条件で解放するように、というものであった。交渉を拒否する場合、市内の中央を流れる大河、ナイル川が血に染まるであろう。ということであった。
「手配写真から5年だからな。随分人相も変わったようだな。で、あの彼、お宅の奴隷養子だったんだって?」
今回マリアンとコンビを組むグレッグ・ポートマンは30代後半の男で堅実な取材に定評のある記者だった。次期の編集長を任されるのでは、とも噂されている。グレッグの問いにマリアンは答える。
「はい、とても優しい義兄でした。」
「仲は……良かったの?」
グレッグはジャケットのポケットからライターを取り出すとくわえていたタバコに火をつけた。
マリアンは少し小声で答える。
「それが、当時の私が思春期真っ盛りでして、……毛嫌いしてたんです。義兄のこと。」
「んー、身につまされるねえ。うちの娘もやがてはそうなるのかなあ。」
グレッグは天井を仰ぐと紫煙をはく。
「その、大学生を殺して逃亡奴隷になった、てことだけど。君がその事件の時、現場に居合わせた、てのは事実なの?」
グレッグはさらに問いを重ねた。




