第71話:蠢動する歴史。
[星歴998年 3月31日]
「バラク、模擬戦の様子はいかがでしたか?」
尊が司令部に戻ってきたバラクに尋ねる。 バラクの顔に手応えを得ている様子を感じ取れたからだ。
「ああ、なかなかだった。彼らも戦士としてはもう一人前だろう。」
専用機を彼らに託してから早くも1年近くが経とうとしている。バラクの太鼓判に尊もうれしくなる。
「後は実戦あるのみ、というところでしょうか。」
本当は空中戦の訓練もしたいのだが、それには軌道エレベーターのついた都市、あのヘリオポリスを奪還しなければならない。
天使はかつて、先住民の門外不出の技術だった。 銀河系惑星評議会という、銀河系内で交流を持つ知的生命体の親睦会があるのだが、その中の惑星がこぞってそれを買い上げたものである。先住民がいずこへかと消え去った後、アマレクはそれを捜しに何度もこの惑星スフィアに足を踏み入れたが、それは叶わなかった。しかし、地球人種たちから接収したコンピューターの中にその製法が記録されていたのである。
ただ、低いヒエラルキーに限られており、 主天使以上は四天の一人、鞍馬光平の持つ『ルシフェル』の力がないと情報が引き出せないのだ。それで発掘されたものを使っているのである。
「いよいよ、アマレク政府との交渉の時が来た、といえるでしょうね。、」
尊は、次の段階に進むことを示唆する。
「しかし、まずは、 人類の代表権を取り返さなければならないな。」
バラクはしなければならないことを尊に告げた。
「そのとおりです。『司令者の杖 』を取りに行かなければなりません。」
スフィア国民は法的には「スフィア人民共和国」としてアマレク連邦の「保護共和国」として、配下に組み込まれているのだ。 貴族たちが王国から主権を譲渡されたと偽り、勝手にアマレクとそういう条約を結んでしまったのだ。
その、王権の証し(玉璽)とされていたのが、先の士師であった宝井舜介の宝剣だった。
「その宝剣はメンフィスにあるGOSENの本部ビルにある。台座ごとな。」
宝井舜介の宝剣は「ガラティーン」という銘のものだった。それは彼に先住民の力をもたらすアプリ「ベルゼバブ」がインストールされていることを示すものだった。
そして、尊がその剣を引き抜けば、それは形を変え、「司令者の杖」という宝杖に変化するはずである。
それは尊の中に「ベリアル」がいることの証でもある。
その宝剣を「抜いた」ものが「王の代理人 」となる、と法で定められているので、彼らは「台座ごと」抜いてきたのだ。
「 GOSENとはできれば争いたくないですね。 」
アマレク政府の傀儡とはいえ、テラノイドの信望をある程度集めている組織だ。諍いを起こせば付け込まれる隙になりかねない。
尊のぼやきにバラクは
「それは大丈夫だ、表向きにはな。やつらには武力がない。だから情報と金を使って裏から手を回してくるだろう。厄介なのはむしろそっちだ。」
と答え、尊も頷く。
あとは「ドM」さんの動きが心配です。何しろ見えませんからね。」
「そこはわしに任せておけ。」
久々登場のベリアルが請け合う。
「ちょくちょくあちらに潜っておるが、かなりズブズブだぞ、ドMとアマレクは。」
「変態同士、気が合いそうでなによりです。」
尊がからかう。
「なんじゃ相棒に向かってその言い様は。脱ぐぞ、妹の姿で服を脱ぐぞ。」
ベリアルが怒って茉莉の姿で服を脱ぎ始める。
「ここで一旦CMを入れたら視聴率はウナギのぼりじゃ、ウッシッシ。」
「尊、止めないのか?」
バラクが18禁になることを心配する。
「どうぞどうぞ」
尊は澄ました顔である。
「後悔するなよ。謝るなら今のうちであるぞ。」
ベリアルは脅す。
「アホか。幼女の姿でそんなことやらかそうってのが、すでに立派な変態じゃないか。」
尊は逆に煽る。
「むほー。怒ったぞ。どうだ尊、御開帳じゃ。」
バラクは目を逸らす。しかし、ベリアルが脱いだ部分は何も無かった。つまり透明の空間だったのである。
「どういうことじゃ?」
ベリアルが不思議そうに尊を見た。
「だって俺、茉莉の裸どころか下着姿も見たことないもん。だから、俺の頭には該当するデータが無い。」
「なんと? 偶然どころか妄想したこともないのか?」
ベリアルはある意味愕然とする。
「もうバカな事やってないで服を下せ、見苦しい。それと、今後人前で絶対それやるなよ。」
尊の注意にベリアルは目を丸くする。
「それは振りか?」
「違う、禁則だ。『押すな押すな』と一緒にするな。これからは、お前が頼みだからな、頼んだぞ、相棒。」
「ふむ、最初から素直にしておれ。」
ベリアルも矛を収める。
バラクは尊に忙しくなる前に休暇を取るように勧めた。
尊は再びアーニャを連れてヘリオポリスを訪れた。
「いよいよ始まるんですね。」
ヘリオポリスを囲む山の頂にはまだ少しだが雪が残っている。高原都市だけに、春はまだ本番とはいかなかった。尊は、春の陽射しを浴びるアーニャをまぶしそうに見つめる。
「ええ、しばらく留守にしたり、危ないことに首を突っ込んだりして、アーニャには辛い思いや淋しい思いをさせてしまうかもしれません。でも、決心させてくれたのはあなたです。アーニャ。」
「私が?」
アーニャが尊を見る。
「ええ、あなたとの日々があまりにも幸せ過ぎました。だからみんなにも、こうやって同じ自由を味わってほしいのです。」
アーニャは微笑んだ。
「私は信じていますわ。だって、あなたは『私の魔法使いさん』でうもの。……でも父があなたのことを案じています。『尊君は何でも一人で抱え込む傾向がある。王に必要なのは臣下を信じる勇気だ』。そう、伝えて欲しいと。」
尊はローレンに痛い所を突かれて苦笑する。
「はい、肝に銘じておきます。」
用意は整いつつあった。しかし、それはもっと厳しい戦いの始まりを意味することになる。
「 Go for broke! (あたって砕けろ)か。」
尊はかつてアモン・クレメンスと決勝で対峙したことを思い出した。あの頃、失うものは何もなかった。だから強かった。でも、今は違う。守るものがあるからこそ、強くなりたいのだ。尊も、そして仲間たちも。
これで「万神殿編」終了です。ついに、人類解放への戦いが始まりを迎えます。




