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はるかかなたのエクソダス2 ~夜明けの翼  作者: 風庭悠
第9章:雛鳥たちの羽ばたきに~万神殿編
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第70話:お姫様もユウウツ、という話

今日は毛色の違ったエピソードです。

「今夜のデザートはパウンドケーキです。試験農場からニンジンをいただきましたのでいれてみましたよ。」


 今日は週に一度の「家族会」であった。尊もアーニャも忙しいため、エンデヴェール家の個々の成員メンバーと一緒に食事をすることが出来ても、全員が一緒に、というのはこの一度が限界だったのである。それで、尊もアーニャもこの時は一品何かを作って振る舞うよにしていた。


「あたし要らない。」

ブリ子がぷいっとそっぽを向いて退席しようとしたので、アーニャはその手をつかんだ。

「ブリ子、だめよ。食べ物の好き嫌いは否定しないけど、お茶が終わるまでここにいなさい。これはあなたの『義務』です。」


 ブリ子は憮然とした表情で自分の席に戻った。アーニャが「義務」という単語を使うときは、必ずお小遣いなどの「権利」が連動するため、ブリ子も逆らえないのだ。アーニャとしても、王族として生まれた以上、ブリ子にそれ相応の振る舞いを教えなければならなかった。


「そういえば、ブリ子はニンジン苦手でしたね。これはニンジンの青臭さを消して甘みを増やした新種なんです。だからブリ子でも大丈夫、と思っていたのですが。本当は自然の甘さを味わって欲しかったのですが。トッピングにメレンゲをサービスしましょう。きっとこれなら食べられますよ。」


サバ子もタラ子も喜んで要求する。でもブリ子は紅茶のカップに口をつけたまま黙って首を横に振った。

「では、わたしもトッピングをいただこう。」

ローレンさんが咳ばらいをしてから言ったので、食卓は笑いに包まれた。


「尊さん、ブリ子がごめんなさい。どうしたのかしら、あの子?今まであんなことなかったのに。」

その夜、寝室でアーニャが尊に詫びた。


「いいえ、気にすることはありません。ブリ子ももう10歳です。幼女こどもから少女へと成長しつつあるのでしょう。……もしかすると、私がブリ子の好き嫌いを知っているのにあえてニンジンを出したのが彼女の気に障ったのかもしれませんね。後で私もブリ子に謝っておきますから。」


 もう初めて会った時から4年が経つ。あの時3人は6歳、4歳、2歳だった。もう10歳、8歳、6歳でタラ子でさえ、初めて会ったブリ子と同じ歳になった。全く今までのかかわり方が通じるわけはないのだ。尊は彼女たちの成長に一抹の寂しさを覚えながらも喜ぶことにしていた。


[星歴997年 5月2日]


 次の休日、尊はブリ子一人を連れて実験農場の視察(見学)に向かった。

「ブリ子、この前はブリ子がニンジンを苦手なのを知っていたのに、デザートに使ってしまいました。ごめんなさい。でも、ブリ子もそろそろ貴婦人レディへとなるころなので、大丈夫かな、って思っていたので少し残念でした。」

ブリ子は黙ってうなずく。


「ブリ子、今回は『視察』であって『見学』ではありません。違いは判りますか?」

ブリ子は黙って首を振る。

「ブリ子は今日はただの『ブリ子』ではありません。ブリジッド・M・エンデヴェール王女殿下として、皆の働きを観察して褒めてあげなければなりません。まあ、でも固く考えないでくださいね。ブリ子は思いっきりいい笑顔でいてください。それが皆の励みとなるのです。いいですね。」


 農場では場長の案内で一通り見学した後、二人とも作業着に着替えて収穫作業の体験を行う。その対象はくだんのニンジンだった。でもニンジンを引き抜くのはブリ子にとっても新鮮で楽しい経験だった。ブリ子はあの泥と青臭さが混じった、あの嫌いな臭いに包まれながら汗をかいた。最初は表情が硬いブリ子だったが、次第に表情も明るくなっていった。


「お兄ちゃん、なんか私汗臭い。シャワー借りたい。」

作業を終え、元の服に着替えたブリ子の要求に尊は首を振る。

「そんな時間はありません。でもいいものがあります。アーニャが、この香水をつけるように、あなたへと預かってきたのです。」

ブリ子は受け取ると、それをつける。

「わあ、お姉ちゃんの匂いだ。」

ブリ子の喜びように尊も目を細めた。


 そのあと昼食が出される。そこにはなんと、ニンジンがグラッセとしてお皿にどんと鎮座ましましていた。ひるんだブリ子は尊を見上げたが、尊は首を横に振りみなを見るように勧めた。みんなが自分に期待して注目していることがブリ子にも理解できた。


「ブリ子がニンジンが苦手なことは伝えてあります。苦手な人にも食べやすいよう工夫を凝らしてくださったようですよ。一口だけ、お試しなさい。」


 ブリ子は意を決してそれを口にした。イメージしたのとはずいぶん違う、まあ、やっぱり多少は苦手な味ではあるが。


「美味しい…」

 何度もかみしめる。食べられない味ではない、という意味のお世辞であったが、嘘ではなかった。それが伝わったのだろう。みんなの顔に笑顔が広がったのである。


「ブリ子、今日は本当に素晴らしい王女様でしたよ。100点満点です。」

帰りの車の中でブリ子が要求したご褒美―膝枕ーをしながら褒め、頭をなでる。

(こういうところはまだまだお子様ですね。でも随分と重たくなったのですね。)


「ブリ子、人類はこれまで、アマレク人にあまりにも奪われすぎて、美味しいもの、よりよいものをつくってしまうことをあきらめていました。だからブリ子の口にあわないものしかなかったのです。それでああやって神殿では、美味しい野菜や果物を作る研究が続けられています。だから、今日のブリ子に、みなさん最高に励まされていました。」


「わたしに?」

「ええ。ブリ子は笑顔一つでみんなを幸せにする魔法を持っています。ですから、それを惜しみなく使ってくださいね。そううれば、神様もブリ子に、ブリ子が笑顔になるご褒美をくださいますよ。」


「じゃあ、もう一つ!」

ブリ子が要求する。

「次の日曜(家族会)はプリンね。ア・ラ・モードなのがいい。」

「わかりました。」


 ブリ子も尊も知っている。いつまでも甘えていてもいいわけではないことを。でも焦らずに一歩一歩大人へと成長してゆけばいい。

 僕たちは家族なんだ。疲れ切って寝息をたてるブリ子の重さを膝に感じながら、尊も目を瞑った。


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