第69話:王子様のユウウツ、という話
「シモンさーん」
一人でぼんやりと、食堂でランチをとっていったシモンが、手を止めて声の主をみやる。ヌーゼリアル人の少年たちである。彼らの親たちはもともとシモンの家に仕えていたが、この惑星に遭難した後に暇を得ていた。しかし、ネーヅクジョイヤの再生、そしてヌーゼリアルへの帰郷への道が開かれたという知らせを受け、再びエンデヴェール家のもとにやってきたのである。
シモンは最初は彼らに「王太子殿下」と呼ばれていたが、なんとかやめてもらったのだ。シモンとしては行動力も思いきりも姉のアーニャには及ばないし、能力も胆力も義兄の尊に遠く及ばない。とてもそんな肩書きで呼ばれるには値しない、そう思っていたのだ。
それでも、かつて尊が自分にどう接していたか思い出しながら、自分より年少の彼らにも接するようにしていた。それなりには効果があったのか、それとも、アーニャや尊のフォローがさらに効いているのか、彼を船長(中心)としたクルーの連携も結束も1年経った今も、順調に成長しているようだった。
「シモンさん、そこの席は空いてるんですか?」
そういえば、今日は姉は尊さんと一緒にお出掛けだったな、シモンはそう考えながら
「うん、空いてるけど。」
と半ば上の空で答えていた。
「俺らご一緒してもいいスか?」
「俺と?」
彼らの方から誘われたのは初めてのことだったので、思わぬ申し出にびっくりしながらも快く承諾した。シモンはともに食事をしながら、少年たちの話に耳を傾けていた。彼らの悩み、コンプレックス、たわいもない噂。久しぶりに気楽なランチをシモンは楽しんでいた。最近、なるべく年長者のもとへ行って教えを請いながらの、まさに勉強会のようなランチが多かったためかもしれない。
「シモンさんは、ヌーゼリアルに帰ったら、いずれは王様になるんですよね?」
「ん?」
少しシモンは考えてしまった。
「どうだろう。もうとっくの昔にオヤジとは別の王様が立てられてるだろうし、正直、帰ったところでどうなるか、わからないさ。だいたい俺はこの星で産まれたんだ。ヌーゼリアルが故郷ってわけじゃない。」
皆の食事の手が止まる。きっと皆も思いは同じなのだろう。しかし、故郷に帰ることができると知った親たちのあまりの喜びように、そうは言えなかったのかもしれない。
「シモンさん。もし、帰ったところで歓迎されないとしたら、どうしますか?」
「んー」
思わぬ問いに、シモンは椅子の背もたれにもたれかかり、天井を仰ぐ。
「そうしたら。まあ、多分そうなるのはエンデヴェールの家だけだろう。そうしたら俺はまたここに帰ってくるね。そして、義兄の国造りを手伝いたい。」
「もし、その時は……。俺たちも一緒に附いていって良いですか?」
「え…?なぜ?」
シモンは心底怪訝な顔をする。
「俺にはなんもないよ。才能も、リーダーシップも。たまたま親父が元国王だっただけのつまらん男さ。」
シモンの本音であり弱音でもある。自分で言って少し情けなくなってしまった。
「でも、シモンさんは公平な人だから。」
「そう、絶対に自分だけ可愛がることもないし、だれにも等しく優しいですよ。」
シモンは自分が心がけていることを口々に褒められて嬉しかった。
「ああ、それね。義兄の受け売りだから。俺が、全く才能がない俺はどうしたら良い、って義兄聞いたことがあって。」
少年たちが食い入るようにシモンを見つめる。
「そしたら、こう言われたんだ。"君には選ぶ権利がある"ってさ。」
「選ぶ権利ですか?」
「義兄は奴隷の経験があって、奴隷にはまったくといっていいほど"選ぶ"権利がないんだってさ。じゃあ、俺も一緒だって思ったんだ。エンデヴェール家に生まれた以上、俺にも将来は撰べない……。義兄にそう言ってやったんだ。
そしたらさ、どんな当主になるかは君が撰べるよね。能力が無ければ、助けてくれる友を選べばいい。頭が悪ければ教えてくれる教師を選べばいい。自信が無ければ、励ましてくれる彼女を選べばいい。あ、ここは笑うとこね。」
少年たちは笑った。
「でも、ああそれもそうだなって納得したよ。だから今、俺は全力を尽くしてヌーゼリアルに親父たち
、そして皆を送り届ける。もし、エンデヴェール(家)が普通の家になっていたら、どっちの惑星で生きるかはそれから選ぼうと思う。」
シモンの決意にみんな頷く。一人の少年は尋ねた。
「もし、失敗してしまったら?」
「そうだね。失敗を怖れたってしょうがないし、まず間違いなく失敗はする。でも、そこで立ち上がるのかふて腐れるか、もう一度前に進むか、後戻りするか、どちらかを選ぶことはできる。これが自由だ。」
食堂が静まりかえる。思ったより大きな声で語っていた。皆の視線がシモンに注がれる。シモンは恥ずかしさのあまり顔を赤らめた。
「……と、義兄が言ってましたとさ、って話。すまん。なんか偉そうに語ってしまって。」
「いや、シモンさん、凄いです。」
「そう…ですよね。私、甘えてました」
「なんか、元気でました。」
口々に語られるのは、見えない『故郷』への不安や家族の期待にに戸惑う普通の若者たちの声だった。
「うん、俺たち、もう少し気楽に行こうよ!」
シモンは、自分の言動が若者たちに大きな影響を与えることに気づき、少し怖さを感じた。そして、自分以上に尊もまた、プレッシャーを感じているのだろう、そう思った。するととても遠くに感じていた義兄の背中が思ったより近くに感じられた。
何よりも、シモンはエンデヴェール家の次期当主という肩書きのせいで皆が遠慮したり煩わしく感じているのではないか、とずっと心配していた。それは全くの杞憂で、皆が自分が予想しているよりもずっと本来の自分を見ようとしてくれていることに感動していた。
「俺、思ったより嫌われていないかもしれない。」
シモンはずっと悩んでいたことを取り下げて良いのかもしれない、と思えた。
ー後日ー
「シモン、最近、何か吹っ切れたようですね。なにかあったのですか?」
尊はシモンの変化に敏感にきづいたようだった。
「大したことはないよ、義兄さん。」
シモンは照れ笑いを浮かべる。
「俺は義兄さんみたいにはなれないけど、俺は俺なりに皆に必要とされていて、それなりに応えてやりたい、そう思っただけ。」
尊はその答えに呆気にとられたのか、しばらくシモンの顔を見つめていた。そして、ニッコリ笑うと、いつものようにシモンの頭を触ろうとはせず、肩に手を置いた。
「もうすぐ一人前の男になりそうですね。シモン。二十歳になったら、父君と3人で飲みましょう。」
尊の言葉はシモンの心に刺さるとともに、背中も押してくれそうだった。心に翼が生えたような感覚だった。
「俺は自由を選ぶ」
訓練、訓練、そして訓練。今の生活は最も自由とは程遠い。でも、これが自由への道と信じて進んで行こう。家族と、仲間と、そしてこの義兄とともに。




