第67話:ヘリオポリスに咲く桜(はな)に:余談
尊はエドモントに宣告する。
「私は今……、あなたの筋肉に若干、信号が的確に伝達できないように一部の神経を遮断させていただきました。これを心臓への信号にも使えるんじゃないか、と心配になりませんか。でも、それは私の望むところではありません。私の提案を受け入れるのは可能でしょうか?」
エドモンドは死への恐怖からパニックに陥る。アーニャがエドモンドのパニックに陥った声で目覚める。彼を介抱するために近づこうとしたが、尊はそれを制した。
「いけません。アーニャ、その方から離れてください、危険です。それに、その方の発作はストレス性のもので落ち着きさえすれば問題ではありません。」
アーニャはいつもと異なる尊の表情に驚いた。
「尊さん、この方に"肉体の棘"を使いましたね?」
アーニャは尊に尋ねる。"肉体の棘"とは先程ナノマシンデバイスを脳内に送り込んで人を制するヌーゼリアル王家に伝わる秘術だ。エンデヴェール家では単純に「聲」と呼んでいる技術に、尊が独自のアレンジを加えた技である。
「ええ、仕方ありません。大事なものは守らないと奪われますから。」
尊はエドモンドに背を向けるといとおしそうに桜の幹を撫でた。
「エドモンドさん、この桜という樹は手入れが大変なんです。虫もつくし、病気にもなりやすい。めんどくさがりのアマレク人は、400年も前、この街を手に入れると、この樹を躊躇うことなくすべて斬り倒してしまいました。その時、誰もこの樹を守れなかったのです。この街も、死の街にしたのは彼らです。そして、ここまで戻すのに200年を要したのです。あなたも、来年も再来年もこの花の美しさを愛でたいとは思いませんか?」
今度は言葉を口にする。明らかな恫喝だった。
「勿論だ。決して口外することはない。アマレク人は取引先であって、友人というわけではない。私もアマレク人の環境破壊に無頓着なところを支持しているわけではないんだ。実際、この桜だって私だけの秘密の場所で、部下にさえ教えていないんだ。私にとってもお気に入りなんだ。」
エドモンドは必死だった。無論、彼らの秘密をアマレク人に漏らすつもりは彼にもなかった。しかし、それを明確に担保することができるだろうか。
「では、あなたはなぜご自分に光学迷彩をおかけになられたのですか。」
「身の安全のために部下が渡してくれたものだ。君たちが来ているとは思ってもみないし、まして、テラノイドとアマレクの間のいざこざに首を突っ込むつもりは毛頭ない。」
尊の問にエドモンドは正直に答えた。
「わかりました。この"肉体の刺"はただの保険です。これを解く方法は2つあります。一つは、私から5万km以上の距離を取りますと自然消滅します。それで、すぐにこの星を離れることをお勧めします。」
尊の薦めにエドモンドは頭をふる。
「いや、大事な取引があってね。そういうわけにもいかない。」
「そうですか。もう一つは72時間が経過すれば自然消滅します。しかし、気をつけてください。72時間の間に"テラノイド"、"ヘリオポリス"、"逃亡奴隷"、"不知火尊"。この4つの言葉を使わないでください。一つでも使いますと、自動的にあなたの心臓が停止します。」
尊は危険事項を説明する。言葉によって反応するプログラムのようだ。
「大丈夫です。あなたが私を告発しようとしない限り、無用な言葉ですから。」
尊としては、完全に信用は出来ないが、あまり追い詰めてもかえって逆効果になりかねない。エドモンドはふらふらと立ち上がる。アーニャがお茶を注いで彼に渡す。彼は一瞬躊躇ったがそれを飲んだ。とてもおいしかった。
「いや、死ぬかと思った。」
エドモンドが一息ついてそう言ったが、
「いえ、あと3日は危険ですから気をつけてください。」
尊に釘を刺される。エドモンドがふと河川敷に駐機したフライングモービルに目を止めた。
「ところで、あれは、あなたのものですか。」
「あれ、ですか?」
エドモンドは頷いた。アマレク人との取引で最も高値の取引になるのはこの星の先住民族の残した発掘品である。これほど完全な形で発掘され、実際に運用できているフライングモービルはエドモンドも初めて目にしたのであった。
「彼女の実家の所有物です。」
エドモンドが機体の紋章を確認する。どこかで見たことがある。
「これは……」
エドモンドは手帳を確認する。ヌーゼリアル星の王家、エンデヴェール家と出た。なぜ、こんなところで。随分前に、リゾートに出掛けた王族が行方不明になり、懸賞金がかけられていたはず。しかし、そんなことを今切り出すのは得策ではない。なんとか、彼らとのパイプを繋いでおいて、利益に結び付ける必要がある。
「閣下。」
「か…閣下?」
面食らう尊にエドモンドは畳み掛ける。
「あなたは…その…代表者なのでしょう?これから閣下はアマレク人政府と交渉する必要があるのではありませんか」
エドモンドとしては、"人類解放戦線"を名乗る以上、独立交渉の可能性が高い、と計算していた。そして、アマレク人側は"テロリスト"との交渉を拒むに違いない。対等な話し合いをするためには当然、第三国の口添えが必要だろう。
「相手をテーブルの前に座らせるのは容易なことではありますまい。そのお手伝いが出来ますよ。無論、ただではありませんが。」
尊は、今一番の悩みの核心を突かれ、苦笑した。彼も様々な修羅場を潜り抜けてきたのだろう。フェニキア人は戦争のさいにはどちらの側にも深くは肩入れせず、双方とも商取引をして利益をあげて来た。アマレク人からは「コウモリ」と陰口をたたかれてきたのだ。護衛体技で傘使い(コウモリ)と呼ばれた自分たちと重なる。
「わかりました。いずれ依頼することもありましょう。」
尊は、自分の名前を呼ばないよう彼に"いましめ"をかけていたことを思い出す。それで"閣下"なのか。
エドモンドも、これまでテラノイドたちを"奴隷民族"と侮っていたことを恥じていた。もともと、先住民族が去った後、小惑星が衝突して生物が住むには適さない星となったこの惑星を根気強くテラフォーミングしてきたのは、このテラノイドたちだった。現在は奴隷民族の地位に甘んじているものの、決して侮るべきではなかったのだ。その証左にアマレク人の廃棄都市をここまで回復してみせた。
エドモンドは尊に握手を求めた。自分も様々な修羅場を潜り抜けてきた。今回も上手く行かせてみせる。命懸けではあるが、テラノイドの指導者とパイプが出来た。
エドモンドは尊たちを見送ると、踵を返して軌道エレベーターに向かう。人生何があるかわからない。美しく咲き、美しく散るこの"桜"の樹を産み出した"テラノイド"たち。もしかすると彼らの手には先住民の"遺産"があるかもしれない、そう思うとエドモンドは自然と笑みが湧いてくる。自分が手にしたのは富の源泉かもしれない、そう思うと顔が緩んで仕方ないのだ。部下たちはご機嫌な上司を訝しそうに見ていた。
「桜、綺麗でしたね。」
うっとりとした表情でアーニャが思い返した。
「そうですね。実は神殿にも桜の樹はあるんですよ。でも、綺麗には咲かないんです。あそこは地下だから、ちゃんとした寒い冬が無いですから。桜の蕾は厳しい寒さを経験しないと綺麗には咲かないんです。」
尊が説明を加える。
「でしたら、きっと、テラノイドの皆さんも大丈夫ですよ。」
アーニャが尊の頭を撫でながら言った。
「だって、ずっと辛い冬のような時代だったんですもの。きっとキレイに咲きますわ。この、桜みたいに。」
「でも、散るのも早いんですよ。」
尊がアーニャの例えにクレームをつけた。二人は可笑しくなって笑ってしまった。
「また、来ましょうね。」
アーニャが尊の腕に自分の腕を絡ませた。
「ええ、なるべく早いうちに。」
尊の言葉には別の意味が含まれていた。




