第66話:ヘリオポリスに咲く桜(はな)に 後編
[星歴997年 4月17日]
春の麗らかな日射しの中、上空で響く雲雀の声が尊をも微睡みに誘うが、尊は二人を見張るような気配に気付いた。尊はアーニャを起こさないように自分のブランケットを枕としてアーニャに当て、起き上がった。尊のシャツをぎゅっと握っていたアーニャの指がほどける。
「覗き見とは感心しませんね。どちら様ですか?」
尊は人の気配を感じると、銃をぬいて身構えた。尊としては侵入者の想定はしていなかった。というのは街の周囲にはすでに、アマレク人によって物理的に封鎖されており、外から人は近付けないはずだからである。
「ベリアル!」
尊はベリアルに周囲をスキャンさせる。すると、そこには光学迷彩を施した人物が潜んでいた。
「そこにいるのは分かっています。姿を現わしていただけませんか?」
エドモンドは周囲を見回す。当然のことながら自分以外に誰もいない。しかし、普通の人間に光学迷彩を見破れるのだろうか。
「あなたのことですよ。」
尊がエドモンドの足元に発砲する。光学迷彩が通用しない。恐らく温度感知されているのだろう。
足元に発砲され。慌てたエドモンドは無様な姿勢で、草むらに転がった。尊がゆっくりと近づいてくる。彼の傍らにかがみ込むと、エドモンドが部下から渡されたペンダントのスイッチをきる。ゆっくりと彼のまとった光学迷彩がはがされていった。
「いやあ、覗くつもりは毛頭ありませんでした。お二人があまりにも素敵だったので、そう、映画のワンシーンを見てるような気分で見とれてしまったのですよ。お気を害されたら謝ります。できれば、銃を収めてお話できませんか? せっかくの美しい花の下なのですから。……今年も綺麗に咲きましたね。」
動じているのかいないのか、エドモンドは屈託のない口調で尊に語りかけた。壮年の男であり、肌の色からしてアマレク人ではない。また、流暢な標準語を使う。でも、テラノイドでもない。
「あなたは何者ですか?」
尊の問いに、
「とんだお邪魔虫になってしまいました。申し遅れました。私はエドモンド・ジェノスタイン、フェニキアの商人です。こちらが名刺です。実は私、大の"廃墟マニア"でしてね。こうして廃墟を見て回るのが好きなんです。ところが、3年前、この美しい花に出会ったんです。私はすっかりこの花の魅力の虜になってしまいましてね。毎年この季節になるとここを訪れるのですよ。ところで、この花の名前はなんというのでしょうか。」
寝転がったままエドモンドは桜の枝振りを見上げ、はらはらと舞い落ちてくる花びらを見つめながら尋ねる。
尊は名刺にちらっと目をやる。
「エドモンド・ジェノスタイン……"首席取引官"殿ですか。」
尊は王の"紳士録"と照合した。惑星間の商取引を生業としているフェニキア人は、自らのセールスマンを全宇宙的に公開しているのだ。信用第一が商売の基本でもあるし、スパイの嫌疑を掛けられないための自衛策でもあった。首席取引官は、惑星ごとの商取引の最高責任者で、駐在大使も兼ねる大物であった。
尊はエドモンドをスキャンして、武器らしいものを持っていない可能性が高いことを確認した。しかしこの場合、武器を持った護衛が近くにいる可能性が高い。
「この花は"桜"という名です。なるほど、仰ることに嘘偽りは無いようですね。それではここへは、軌道エレベーターを降りてこられた訳ですね。」
尊はエドモンドがここに入ることが出来た理由を理解した。しかし、ここが生態的に回復していることを、アマレク人とも商取引のあるフェニキア人に知られてしまったことになる。宇宙港はいまだに生きていて、アマレク人が管理していたため、防ぎきれなかったのだ。
「そうですか、"桜"ですか。なんとも可憐な花ですね。おや、そういえば、あなたとはどこかでお会いしたような……」
エドモンドは記憶を辿る。気がついたエドモンドの顔が青ざめた。つい先程見せられたばかりのアマレク人政府の手配書で見たテロリストの頭目のどちらかだ……。エドモンドは自分が窮地に陥ったことを悟った。
「さて、私の顔に何かついていますか?」
尊は意地悪く尋ねた。
「いいえ、気のせいかと。」
エドモンドは平静を装う。確か、不知火尊。若い指導者だ。下手に刺激してはいけない。エドモンドも心の中で身構えた。
「お気持ちはわかります。実のところ、我々の先祖はこの花が咲くと皆で集まって宴を催す風習を持っていたのです。」
尊はにっこりと微笑む。柔らかそうな物腰だが、どんな牙を隠し持っているのやら。光学迷彩を見破る眼力、ただ者ではないのは間違いない。
「すみません。保険を掛けさせていただきます。ベリアル。」
突然、エドモンドは、昆虫の羽音のような音に襲われた。耳の中に虫のようなものが入り込むのを感じたのだ。当然、エドモンドはパニックに陥る。しかし、虫の気配が頭の中で消える。すると耳の奥で声が響いた。
「失礼しました。」
尊は銃を収めた。
「今、あなたの脳に直接ハッキングをかけさせていただいております。どうでしょう。ここで見たことを一切口外しない、とお約束いただけませんか?」
エドモンドは尊の口元が一切動いていないことに気づく。脳に直接話し掛けているのだ。さっきの昆虫は……、まさか。
「はい、その"まさか"です。あなたの脳内にデバイスを埋め込ませていただきました。なあに、小脳の機能に干渉できるだけです。ご安心下さい。」
尊は、エドモンドの脳内に、さらに直接たたみかける。
「ええ、もちろん。ただ、私はきみたちの敵ではない。」
エドモンドは必死に虚勢を張る。
「おっしゃる通りです。しかし、敵ではないが、味方でもありませんね。あなた方は良くも悪くも商人なんです。この場所について、また我々とここで出会ったことについて、アマレク人に情報を"売って"いただいては困ります。」
エドモンドは姿勢を変えて、腕時計についているエマージェンシーコールを押そうとする。これを押しさえすれば、待機している護衛が駆けつける手筈になっている。しかし、親指が麻痺したように動かない。額に冷や汗がつたう。
「お止めなさい。それは最悪の結果をもたらします。」
「君、一体私に何をした?」
尊がほほ笑む。エドモントは凍りついた。




