第47話:朝帰りって意外にすがすがしい気分になるけど、帰宅した瞬間、それがすべて思い違いだったと思い知るよね。
[星暦996年3月18日]
薄紫に染まった空は日が昇るのを、今か今かと待ちわびているかのようであろ。
大空を羽ばたくかのように空を進む船の名は「ネーヅクジョイヤ」、彼らの故郷に言葉で「夜明けの白鳥」の意味がある。
やがて、東へ向かって飛ぶ船体の後ろから旭光が差し始めた。光は乾いた大地を真っ赤に染める。その美しい光景にクルーたちは、おお、と思わず声を上げた。
まもなく地平の彼方に、旭光を浴びてきらめく大都市が目に入る。「アマレク人による惑星連邦スフィア共和国」の首都メンフィスである。
「船長、間もなくメンフィス空域に進入します。」
操舵士のオズワルドから報告が入る。
船長と呼ばれた青年の名は、シモン・エンデヴェール。今年19歳になったばかりである。まだまだ顔は少年のものであるが、船長たるべく姿勢を正している様には威厳があった。
「モニター。」
シモンが指示を出すと、朝日にきらめく海と、それを背にして林立する摩天楼が、朝日を反射する。
「でかい、街だねえ。」
これまで田舎から出たことのない若者であるシモンは、初めて目にする大都市の偉容にテンションが上がる。
「義兄さん、懐かしいでしょ?」
シモンは艦橋奥の提督席に陣取る青年に声をかけた。不知火尊、まだ、弱冠21歳の青年である。
地球からこの惑星スフィアに入植を開始してほぼ1,000年、尊の民族ー地球人種ーはアマレク人という惑星工業国家に奴隷として囚われていた。
ことのおこりは数百年前にさかのぼる。当時テラノイドとアマレク人はお互い仲良く、協力しあいながらこの惑星でいきていた。この惑星を治めていたスーパーコンピューターシステム「アーサー王と円卓の騎士(King Arthur and Knights of Roundtable)」は、二つの民を養うために「聖杯」システムを用いて彼らに必需品を供していた。
「聖杯」とは人工光合成システムによって、食料を生産したり、カーボンナノチューブを素材に各種日常必需品を生産して供給するセイフティネットである。本来は、入植初期に偶発的な非常事態に陥っても、生存していくためのものであった。しかし、人類はそれを怠惰の理由としてしまったのである。
働かなくても生きていけるという甘えは人類に退廃と停滞の理由を与え、人類はただ享楽的な生活を送るようになってしまったのである。もし、なんでも願いをかなえてくれるランプが無限に存在したら。―しかも、願い事は3つに限定されることはない。
人類は、その恵まれた自由な境遇を自ら学んでより発展するための機会にできるほど、その社会は成熟してはいなかったのである。
一方、勤勉な民であったアマレク人は、その聖杯システムを改良、発展させていく。テラノイドはアマレク人に依存を強めていった。当初はテラノイドに僕のように仕えていたアマレク人であったが、やがて立場が逆転することになる。星歴588年、アマレク人は聖杯のすべての権限を自らのものとし、テラノイドを奴隷とすることを宣言した。人類も抵抗を試みたが、国防すらアマレク人に依存していた惰弱な民はなすすべもなかった。
「アーサー王と円卓の騎士」(以下『王』と略称します)はこれまで何度も人類に対して、怠惰を戒めてきたが、民主主義を盾にテラノイドたちはそれを聞きいれなかった。彼らはアマレク人に唆され、その50年ほど前に、勝手にスフィア王国からの独立を宣言し、「スフィア民主共和国」を名乗っていたのである。
中心となっていたのは惑星移民船のクルーたちの直系の子孫で、キングの支配を厭い、反抗して貴族と名乗ってきた者たちであった。ハイランダー(Hi-Lander)とは、もともと移民宇宙船が、この惑星をテラフォーミングしている200年近い間、静止軌道上にとどまり、スペースコロニーとして増築した部分に居座って地上に降りなかった人々を「高地(High Land)に住まうものたち」と皮肉ってつけたあだ名であった。
彼らは、アマレク人と契約し、食料や必需品、し好品やぜいたく品を供給され豊かに過ごしていたのである。その彼らにアマレク人は契約の更改の際に、ついに代価を求めたのである。彼らが贅沢三昧を続けるために売り渡したものは、同胞であった。
そして彼らは勝手に独立を宣言する。「民主共和国」とは名ばかりの、選挙権・被選挙権が貴族に集中した寡頭政治にすぎなかったのである。そして自分と子孫たちの権利を残すことを条件に星暦588年、アマレク連邦に加盟、保護共和国になったのである。
その際、彼らが譲渡したのは、惑星の南北回帰線上に存在する14基の軌道エレベーター。そしてその天頂部にある宇宙港、惑星防御砲。またその地上部にある地上港。聖杯システムのすべてであった。
驚いた他のテラノイドたちは抵抗を試みたが、すでに銃弾一つすら作れぬという現実に直面する。時は既に遅かったのである。ついに星暦598年、スフィア民主共和国は解体され、テラノイドは完全にアマレク人の支配下におかれる。星暦600年に発効した「労務者法」はすべての人類を彼らが陥っていた「怠惰」から解放した。
つまり奴隷になったのである。
それから400年近く、人類は奴隷の状態に甘んじてきていた。この奴隷状態を続けるためにアマレク人が用いたのは「宗教」である。当時人類は系統だった宗教を持たず、キリスト教をもとにした道徳教育程度が行われていた。
しかし、アマレク人はそれを「地球教」として整備し、教会をいわば役所のような権限を与え、加入を強制したのである。ただ、政府に反抗しないよう、特定の聖職者に権限を集中させないように、平信徒による自治宗教にしたのである。これが「長老制」であった。
人類の居住区は教区によって区切られ、教会によって統治される。教会は政府によって任命された長老団によって支配されていた。そしてその教会を束ね、人類の代表とされたのがGOSEN(ゴシェン、Government Organization of Sphere's Employees Network スフィア労務者ネットワーク統治機構)、通称「統治会」であった。これらは18人の「委員」とそれを支える枢機卿にあたる「援助者」たちによって成り立っていた。彼らはすべて、元貴族であった。