第64話:ヘリオポリスに咲く桜(はな)に 前編
尊にとって情報収集と共に大事なのが、人類の新たな生活の基盤を再構築することであった。
ウインダム(旧ヘリオポリス市街)の跡地は、これまで奴隷状態にあった人類の集団移住先の有力な候補地であった。そもそも、この街はアマレク人が人類から最初に接収した都市でもある。隕石が衝突してこの土地の岩盤を形成していることから、稀少元素を中心に豊かな鉱物資源を産出しており、水資源も豊かであった。また、工業製品を星外へ輸出するための 軌道エレベーターと宇宙港もあり交易にも便利であった。さらに、軌道エレベーターにはエネルギープラントもある。
そして、アマレク人が地球人種を奴隷としたあと、ウインダムはヘリオポリスと名を改め、アマレクの最初の首都としても栄えていた。しかし今から200年ほど昔のことである。
ヘリオポリスの実験施設で密かに行われていた実験で大事故が発生したのだ。「重力子力反応炉」実験に失敗したのである。これは、先住民の持つ技術の中でもさほど難しいのものでもないのだが、宝井舜介が持つベルゼバブの助けが無いとできない技術であった。
炉心が融解し、周囲3kmは消滅、いわゆる小型のブラックホールを作ってしまったのである。そのため、ヘリオポリスは廃棄され、隣の大陸にあるメンフィスに首都を移転したのである。
「アーサー王と円卓の騎士」は放棄されたこの街を再生し、自由を再び獲得した人類が住まう場所として準備をこれまで100年近くの時をかけてアマレク人に対して秘密裏に行ってきたのだ。この星全体の大気をテラフォームするのにかかった時よりも長い時をこの地の再生にかけてきた。
ブラックホールを除去し重力や磁場を安定させるにはかなりの時間がかかったのである。主にこれはこの分野を得意とする棗凛太郎とアザゼルが行った。都市の立て直しは宝井舜介とベルゼバブが担当し、その間の警備を鞍馬光平とルシフェルが、そして大気や水質の回復を尊とベリアルが受け持ってきた。
[星歴997年 4月17日]
尊は、ネーヅクジョイヤに載せられたフライングモービルを借りて、ヘリオポリスの視察に訪れていた。今回はアーニャを伴っていた。始めは突発的な危険性を考慮してシモンと来る予定だったが、桜が 咲いている、と聞いたアーニャが珍しく駄々をこねたのだ。
桜は今から30年ほど前、尊の発案により植樹されたものだった。尊はこれまで映像でしかその光景を確認できなかったが、どうしても自分の目で確かめたくなったのだ。
「ねえ尊さん。私、すごく楽しみ。」
桜にまつわる尊の話を聞いていたアーニャはどうしても、その花が見たかったのである。それで前日、 アーニャは弁当のサンドイッチを用意しながらご機嫌だった。そういえば、最近、アーニャを連れてどこかに出掛けていなかったことに尊は気づいた。四天の思惑通りになるのは腹立たしかったが。
「首席、危険ですよ。アマレクの放棄都市なんて。」
尊たちと時を同じくして、ヘリオポリスの軌道エレベーターを降下する人物がいた。エドモンド・ジェノスタイン、フェニキア人である。
彼らは昔から、銀河系を股にかけ、惑星間貿易で利益をあげる民族である。
「大丈夫だ。私は何度もここに来ている。」
エドモンドは部下達の反対を押しきって廃棄都市に降りようとしているのだ。
「ご覧ください。こういう地球人種たちのテロ組織とかが潜んでいるやもしれんのです。」
部下達の一人が尊とバラクの手配写真を見せる。
「問題ない、ヤツラに用があるのは"イナゴ"どもだけだ。」
フェニキア人は、取引相手であるアマレク人のことを陰で「宇宙イナゴ」と呼んで蔑んでいる。緑色がかった肌もさながら、なんといってもアマレク人は、いくつもの可住惑星に入り込んでは環境と資源をイナゴのように食い潰してきたのである。
「彼らの作る製品は美しいが、その製法はそうとは限らない。」
フェニキア人は、アマレク人と取引する時には、いつでも軌道エレベーター上部の宇宙港で取引を済ませ、たとえ招かれたとしても、降りて地上を見ようとはしなかったのである。破壊された痛々しい自然の姿を見せられるのは気分のいいものではなかった。
「一人で大丈夫だ。なあに、何かあったらすぐに連絡するさ。」
強硬なエドモンドに部下達はついに折れた。彼らはペンダントを渡す。
「どうしても、とおっしゃるならこれをお使いください。"光学迷彩"で身の安全をお守りください。よろしいですね。」
「ああ、ありがとう。遠慮なく使わせてもらうよ。」
エドモンドは外に出る。春の日射しが眩しい。エドモンドが環境センサーで大気を調べると「安全」とでた。ここの重力磁場は徐々に回復している。もう突然真空状態になることもないため、ガスマスクは必要なさそうだった。彼は目当ての川岸へと足を向ける。今年もあの花は美しく咲いているだろうか。彼は待ちに待った瞬間を期待しつつ歩き始める。その足取りは軽かった。
一方、尊はフライングモービルを河川敷に着陸させた。二人が降りると春の爽やかな風が吹き抜ける。川の両側には件の桜の樹が満開の花を咲かせていた。
「やはり、まだ見ごろでしたね。来てよかったですね。」
「そうね、見て尊さん。うわあ、すごくきれい! すごい、話で聞いていたのよりずっと、キレイ」
アーニャは初めて見た桜並木におおはしゃぎであった。ミーディアンの住まいであった「学校」にも桜は植えられていたが、これほど多くの樹が一斉に花を咲かせると、格別である。
彼女は時折の風に舞い散る花びらを追うように、軽やかなステップで踊る。桜の樹でできた花のトンネルはそれはそれは見事であった。
尊は、アーニャの作った弁当を持って、嬉しそうなアーニャを見守っていた。尊は、自分がマクベイン家の庭に植えた桜に思いを馳せていた。あの桜は、今年も咲いただろうか。植えてからかれこれ10年は経つ。きっと樹も大きくなって、見事な枝振りに沢山の花を付けていることだろう。マリアンも今、それを見ているだろうか。尊は物思いに耽りながら、桜の花を見てはしゃいだ幼い頃のマリアンの姿にアーニャの姿を重ねていた。
エドモント・ジェノスタイン氏初登場です。ちょいちょい登場します。




